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ノアシェランの不思議な窓  作者: ゆずりお
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オバサン、異世界に転移?する。

素人小説ですが宜しくお願いします。



今日で45歳になった私には、2つ年下の夫と16歳と14歳の娘がいる。

誕生日がめでたくて嬉しいと思う様な歳では無いけれど。


「四捨五入して50歳、おめでとう。」


と、小馬鹿にして笑いながらも。

私の誕生日には、毎年お手製のローストビーフを作ってくれる専業主夫の夫は愛しているし。


「お母さんおめでとう~」


「ふわ、お母さん。おめでとう」


朝起きた2人の娘が、寝ぼけ眼のままお祝いの言葉を挨拶代わりにしてくれた時は、自分がとても幸せな人生を送れている事をつくづく実感したものだ。


日中は平日の慌ただしい業務のルーチンワークをこなしながら過ごし、夜には夫の作ってくれたローストビーフに舌鼓を打つ。

最近お腹周りが増幅傾向なのを気にして、ケーキは娘達に多めに食べて貰って、とても幸せな心地で眠りについた。


そして大きな揺れの後に続いた激しい衝撃に、驚いて目を覚ます。


最近は報道で大きな地震が多発していたし、このマンションを購入した時には、いつの日にか大きい地震が来る事も予想出来ていた。


だから嫁入り道具の大きなタンスなどは、子供部屋と夫婦の寝室を避けて一つの部屋に纏めて置いたし。

私達が寝ている間に地震が起きても、身体の上に致命的な物体が落ちて来る危機は無い筈だった。


それなのに気がつけば呼吸するのも難しいほどの圧迫感に、呻き声すら挙げられないでいる。


すぐ隣りで寝ている夫の姿すら、コンクリートの壁に阻まれて見えない。

普段であれば丁度彼が寝ている場所そのものの場所だ。

その事が私に大きな不安と、別れの悲しみを否応無しに伝えて来る。


暗闇の中。

そう、目を凝らしても見えにくい程の暗闇の中で、辛うじて私の顔の周囲だけを避けて降り積もっている物がコンクリートだと分かったのは、細かい隙間を縫う様に漏れている日の光が、灰色の分厚いコンクリートを照らしていたからか。


まだ購入して10年しか経っていない。

しかも耐震性のうたい文句が一つの売りだった物件だったのに。


私は突然に訪れた不幸に、泣き出したい気分で怒りを大声でぶちまけたかった。


身体を圧迫し続けている重みのせいで、激しい苦痛と息苦しさの中、それでも一番私の心を苛んでいるのは、少し離れた場所にある子供部屋への不安。


例え私一人が奇跡的に生き延びることが出来たとして、その後を思えば絶望しか見いだせない。


もし一言でも夫の呻き声が聞こえたのなら。

もしほんの僅かでも、子供部屋から娘達の声が聞こえてきたなら、私は渾身の力を振り絞って、全ての苦痛を耐えられただろう。


今はただ、止まる事を知らない涙を流しながら、指先一つ動かせない苦痛と圧迫感の中で、気絶するかの様に眠りと覚醒を繰り返すだけ。


恐らく。

このマンションが余程の不良物件でない限り。

これほどのダメージをマンションが受けたのなら、周りにある建物が到底無事とは思えなかった。

周りも同じ状況か、下手をすればもっと大きな被害を受けているのかも知れない。


不幸中の幸いは、私の身体が布団に包まれているお陰で、まだ2月の寒い季節で外気に曝されていても、寒さは差ほどでは無いことだろうか?


それでも一度火事が起これば、生きたまま焼け落ちるのだろうから、それがどこまで幸いなのか大きな疑問だけど。


とても恥ずかしい話、何度も寝て起きてを繰り返し。

今では目を開ける力も無くなって来た事で、この状態になってからどれだけの時間が過ぎたかのすら分からない。


人の声や物音も聞こえなければ、サイレン一つ聞こえて来ないこの異常性は、救助が現れる可能性が低いことを示している様だったけれど。

夫や娘達の安否が絶望的な私からすれば、どうでも良い事だった。


そう。

出来ればこのまま死なせて欲しいぐらいだ。

夫が作ってくれたローストビーフに舌鼓を打って、ケーキの飾りに細かい喧嘩をする娘達に苦笑しながら仲裁した。

あの日を、最後の思い出として逝きたい。


何かと四捨五入して50歳と私を小馬鹿にして笑っていたシツコイ夫に、軽く苛立ちながら過ごした幸せな誕生日の記憶が最後だなんて、なんて幸せな事だろう。


出来れば振り袖を着た娘の成人姿を見たかったし。

嫁いで行く彼女達を送り出してあげたかったけれど。

たった一人残されるぐらいであれば、そんな未来は必要無い。


身体の痛みが眠りを妨げるせいで、途切れ途切れに覚醒するのが鬱陶しい中、どうやら私は簡単に死ねそうに無いらしい。

不本意に身体に蓄えている栄養と、持ち前の頑丈さを恨めしく思う。


それでも次第に身体の痛みと、喉の渇きが、飢えが。

次第に人間らしい思考を私から奪って行く。


舌を噛んで死ぬほどの度胸は無い癖に、望んでもなかなか死ねないことへのジレンマ。

泣き叫ぶ事すら出来ない圧迫感の中で、繰り返す細かい呼吸。

もう目から涙すら零れない癖に、垂れ流すしかない汚水はチョイチョイと出る。


寝返りが打てないので有れば、せめて背中の下の床が凹んでくれないものだろうか。


私たちが暮らす階層がこれほどダメージを受けているのに、床にあたる下の階層に何もダメージが無いとか理不尽過ぎる。


そんな風にぼんやりと思った頃、圧迫され続けている後頭部と背面が少しづつ楽になり。

段々と地面に沈み込んで行く様な、不思議な感覚を味わった。


もう瞳を開ける気力も無いせいで、空想の中で砂浜に寝転がったまま波を受けている姿を連想する。


実際には私の下の階層が崩れて来たお陰なのかも知れないけど、それにしては平均的に身体の後面全体が沈んで行くのが不思議だった。


いくら理屈を知りたいとしても、もうこの苦痛が和らぐので有れば謎のままで何でも大歓迎だ。

たった一人では生き残りたく無いけれど、かと言って何時までも苦しみたくない。


早く死にたいと思いながらも。

それは苦痛から逃れる為の逃避でしか無い。


夫と娘達が生きている事が大前提だけど。

好き好んで死にたい生き物は居ない。

自殺が出来る人間は、それだけ生物学的には病気なのだろう。

生きようと努力するのが、生物に限らず生き物の正常だ。


だから段々と痛みが和らいで行く中で、次に欲したのは水だった。


顔に当たっていた冷気すら感じなくなり。

空気の布団の上に寝ているかの様な暗闇の中。

私はひたすらに開かない目を閉じて、水が欲しいと願っていた。


すると初めて私の顔に光が降り注いでいる感覚がする。


今までは顔を横に向ける事すら不可能で、視界の端っこから隙間光を見るのが精一杯だったのに、真上から当たっている。


そして感じる水の湿っぽい匂い。


薄く、糸の様に薄く辛うじて瞳を開けて見れば。

コンパスで円を描く様に、私の目の前の空間に円い窓が開いていた。


コンクリートの壁に囲まれていたのに、何だコレはと驚く余裕も無い私は、その丸い円の向こうに有る揺れる物体をボンヤリと眺るしか出来ない。


もう恐ろしいまでの圧迫感は無かったけれど、押し潰され続けた私の身体は指先一つ動かせ無かったからだ。


丸い円の向こうに太陽の光が当たっており。

時々風で揺れている水面が目の前に有ることが辛うじて理解出来ただけで。

内臓に損傷が有った場合に飲水をする危険性も思い付かなければ、水道では無いどこかの水を飲む危険性すら頭に浮かばず。


ただ水が飲みたい、と、

渇き切って動かすことも難しい唇を薄く開いた。


すると目の前に有る。

30センチ程度の丸い窓の向こうから、揺れていた水面に糸の様に細い水柱が立つ。


掃除機で水を吸い込むかの如く。

細い細い水の糸が丸い窓を超えた瞬間。

一ミリ程度の小さな丸い水滴となってフワフワと漂い、渇き切った私の唇でピチョンと跳ねて染み渡った。


宇宙船の中で水をわざと零し、それにパクッと食いついている宇宙飛行士の姿を連想する現象だけど。

今の私にはそれを不思議がる事よりも、もっと水が飲みたい欲求で埋め尽くされていた。


そうすると今度は3センチ程度の水玉が窓を通過して、目の前に迫って来る。


先ほどの潤いで引き連れた渇きが癒やされたのか、震えながら開いた口の中に、自分から水玉が踊り込んで来た。


けれどもそれを直ぐに飲み下す力が、私には無い。

だからしばらく口の中に水を含んで、乾き切った歯と舌を潤す。


今すぐゴクゴクと飲み干したい欲求はあったけど。

その最初の一口が、予想以上に大変で。

染み落ちるかの様な僅かな雫を、岩の塊を飲み下す気分で喉を動かした。

        

すると不思議な事にせる事も無く。

胃に落ちるまでの僅かな道の途中で、粘膜に染み込む感覚をボンヤリと感じる。


すると残りの水分を飲み下す気力が、僅かながら回復した。


現金な物で、水分が胃に落ち着く感覚を感じる前に、強烈な渇きに襲われてしまい。

次々と窓から渡って来る水玉を口に含んでは飲み込んで行った。


「はぁ…」


そして喉の乾きが落ち着いた頃。

口の中に残った優しい甘みの余韻を感じながら、久し振りに穏やかな微睡みに落ちて行く。


まだ飲み干せなかった水玉が辺りを漂っていたけれど。

私の欲しい気持ちが落ち着いた事を感じたかの様に、丸い窓が静かに閉じて、完全な暗闇が辺りに訪れた。


意識が完全に沈むまでのホンの僅かな時間に、胃や粘膜から吸収した水分が、頭のてっぺんから足のつま先までの細胞に染み渡って行く感覚を感じたけれど。


それと比例してズキズキとした痛みが静かになって行く事実に、そう言えば喉が乾いて水が欲しいと思ったのと同じぐらいに、痛みを和らげて欲しいと願った事をボンヤリと思いながら眠りについた。


だから丸い窓を閉じた向こう側にあった、大きな葉っぱの上に光輝いている水溜まりには全く気がつかなかったし。

更に言えば、それがとても貴重な錬金術の素材になる代物であった事も全く想像すらして居らず。


更にもっと言えば、人生を揺るがす大きな問題に気がつく事すら、死にかけていた私には不可能な出来事だった。








登場人物:45才 おばさん 主人公

43才 夫 専業主夫

16才 長女 高校生2年生

14才 次女 中学2年生


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