3.暗殺者、メイドになる
暗殺失敗から一時間後――
「うん、やはり似合う!」
「なんでこんな……」
私はなぜかメイド服に着替えさせられていた。
フリフリのスカートは短くてスースーする。
「俺の見立てに間違いはなかったな! 可愛さ十割増だ!」
「……」
ブラム・ストローク。
この男、あれから本当に私を放置してメイド服を選んでいたらしい。
帰ってくるなり何着か見せてきて……
「どれがいい? 俺はこっちが似合うと思うのだがどうだ?」
とか聞かれて、呆れた私はため息をついた。
どういうつもりかさっぱりわからない。
一先ず殺すつもりはないらしいから、そこは安心して良いだろう。
可能ならすぐにでも逃げたいところだけど……
私の首には赤い首輪が付けられている。
ただの首輪ではなく特殊な魔道具らしい。
「これ外してくれよ」
「ん? それは駄目だよ。だって君、それを外したら逃げちゃうじゃないか」
首輪の効果で、私はこの男から一定距離まで離れることが出来ない。
離れすぎると何かが起こるとかではなく、単に行動の範囲が制限されているだけだが、今の私が自由に動けるのはこの屋敷の敷地内だけだ。
加えてこの首輪をつけられた相手の命令には逆らえない。
「で、私をどうするつもりだよ」
「どうするって、さっきも言っただろう? 君は俺のメイドにすると」
「……本気で言ってるのか?」
「もちろんだ」
私は彼の目を見つめる。
仕事柄、相手が嘘をついているのか私にはわかる。
本気で言ってるのか……
「わかってるのか? 私はお前を殺すために雇われた暗殺者だぞ」
「当然知っているさ。何せ一度、首をスパッとやられているからね~ 鮮やかな切り口だったからか、そこまで痛みはなかったな」
彼は自分の首をさすりながら話している。
やはりあの時の攻撃で、彼の首は切断されていたようだ。
感覚は間違っていない。
それでも今、彼の首は綺麗に繋がっている。
傷跡は残っておらず、まるで初めから斬られていないかのように綺麗な首元だ。
「これだけの手際の良さだ。さぞ優れた暗殺者だったのだろう」
「……そんな私を生かしておいて、無事で済むと思っているのか?」
この首輪の効果で、彼の命令には逆らえない。
だけどそれは一時的なものだ。
仮に殺すなと命令されても、一定時間経てばその効果は消える。
つまり、私がその気になれば、いつでも命を狙うことは出来てしまう。
「私への依頼はお前を殺すことだ。その依頼はまだ継続中だ」
「問題ないよ。君に俺は殺せない」
「……」
「そう睨まないでおくれ。別に君がって話じゃないよ。誰も、俺の命を奪うことは出来ない。そんなこと……俺自身にも出来ないんだから」
自分自身にも?
「どういう意味だ?」
「何でもないよ。雇い主のことが気になるなら、いっそ俺に雇い主を変えてしまえば良いじゃないか。もちろん雇うのは暗殺者としてではなく、俺のメイドとしてだが」
「そんなことが許されるわけないだろ」
「許されるも何も、暗殺が失敗した時点で君は用済みと判断される。あの雇い主なら間違いなく見捨てるよ」
この口ぶり……
彼には私の雇い主が誰かわかっているように聞こえる。
「狙われる理由はハッキリしている。もう何度も経験してきたから、今さら驚きもしない。そもそも誰も、俺を殺せないから無駄なことだ」
「……」
「あーそうそう。君は一応死んだことにしておくよ。生きていると知られたら、口封じのために殺される可能性がある。俺はともかく、君が危険にさらされるのは困る」
「……本気で言ってるのか?」
「何度も言わせないでくれ。俺は本気だよ」
この男は本当に、私をメイドとして匿おうとしている。
意味がわからない。
どんなメリットがある?
少なくとも私には、私を傍に置くメリットなんて見つからない。
ましてやメイドとしてなんて……
「何で私なんだ?」
「それも言ったはずだ」
「殺したほうが早いだろ」
「馬鹿だな~ そんなことをしたら勿体ないだろう?」
「勿体ない?」
「ああ。せっかくこんなに可愛い女の子を見つけられたんだ! 傍におきたいと思うのは、男としては当然だと思うけど?」
彼の目は嘘をついていない。
私のことを本気で可愛いと言っている。
そんなの……ありえないだろ。
「さて、話はそろそろ終わりだ。さっそく一つ、仕事をしてもらおうか」
「仕事?」
「ああ、メイドしての初仕事だ。たっぷり俺を癒してくれ」
彼はニヤっと笑う。
さっきまでとは違い、男のいやらしい目つきだ。
私は何となく察する。
これから何をされるのか、否、させられるのか。
暗殺に失敗し、捕まってしまったのだから仕方がない。
そういうあるだろうと、覚悟はしてきたつもりだ。
「では命じる!」
私はこれから毎晩、彼に奉仕を――
「俺の肩をマッサージしてくれ」
「――は?」
命令に逆らえない私の身体は勝手に動き、椅子に座る彼の後ろへ回る。
絶好の暗殺角度。
両手は首元へ伸びるも、そこからモミモミと肩をもむ。
「いや~助かる! 最近書類仕事ばかりで肩が凝っていたんだよ」
「……」
肩を揉みながら、私は困惑していた。
え?
私……何させられてるの?
ブクマ、評価はモチベーション維持につながります。
【続きが読みたい】、【面白い】と思ったら評価☆☆☆☆☆⇒★★★★★を頂けると嬉しいです。
よろしくお願いします。