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第51話 針の穴を通す

「うーん、もう朝か…」


眠い目を擦る。


アリ子は俺を起こしてくれなかったのか…。



俺は歯を磨くため、洗面所へと向かう。


寝巻きを着た俺を見てハッとする。


「ここはもう異世界じゃないんだな」



"ゲームクリア、おめでとうございます!"



アリ子の言葉を思い出す。


そうだ、俺はゲームをクリアして、帰還を果たしたんだった。



いかんいかん、クリアしたゲームにいつまでも囚われちゃいけないな。



そう思い、スムージーを作る。


俺は人差し指を空間にかざし、メニュー画面を開く。


「あれ、メニューが開かない。グリッチのし過ぎが祟ったか…」


そうではなく、ただ単にここが現実だということを忘れていたことを思い出すのに数秒を要した。



俺は時計を見る。


いかん、もう16時だと。


そろそろエル子も帰ってくる。



「アリ子、洗濯物手伝ってくれ…」


ベランダに出ると、そこにはひとり暮らしの男一人分の洗濯物が干してある。



くそ、いかんいかん。


行動すればするだけあのゲームの影響が現れてくる。



忘れなければ。


忘れなければならないが、楽しかった記憶が鮮明に思い浮かぶ。


特にアリ子だ。


彼女はいつもふとした時に傍にいて、寄り添ってくれていたことを実感する。



俺は…。


俺は部屋の端に小さくなった。


喪失感が凄まじいのだ。


そう考え込んでいた時だった。


インターホンが部屋に響く。



一体どちら様だ。


「はいはーい。なんですか」


俺はインターホン越しに会話をする。


「ふむ、随分元気がなさそうなところすみませんが、迎えに上がりましたよ、デバッグおにいさん」



声を聞いただけで分かる。


魔王パイセンが、家の前にいたのだ。






     *






魔王パイセンの乗る黒い高級車に乗せられ、ただ無言で公道を走る。


「…デバッグおにいさん、アリ子さんについて貴方に黙っていた重大な話があります」


「…なんだ」



突然語りかけてくるものだから、とりあえず聞き流す。


「アリ子さんは貴方の他のギルドの面々とは違い一般のNPCです」


「ああ、やっぱり」



だから出会った時、ありふれているだとか、そういった印象を受けたんだ。


そう一人で納得する。


「ですので、彼女だけは復元ができません」


「…は?」


ちょっと待ってくれ。


復元ができないだって?



だって、みんな記憶は元通りになるんだろ。


そんなはずは…。



「これを受け取ってください」


魔王パイセンは一つのUSBメモリーを差し出す。


「これは…」


「その中には、アリ子さんの一生分の記憶が保存されています」


「じゃあ、なんで復元できないんだ?」


「記憶は肉体に紐づいたものです。ユニークNPCであれば簡単に紐付けできるのですが、一般NPCでは、顔のシワ、その細部に至るまで合致しないと復元ができないのです…。よって事実上不可能、と」


「そんな…」



俺は落胆する。


アリ子は戻ってこないのか…。



「ですが、不可能を可能にするのが貴方の得意分野でしょう、デバッグおにいさん」


「何を言って…」


俺の言葉を遮るように、魔王パイセンは続ける。



「つまり、不可能に近いことですが、万が一奇跡的に肉体のデータを見つけることができれば、復元は可能ということです。これは貴方にしかできない大仕事だ。そしてタイムリミットは今日。やれますね」


やるかやらないかではない、やらねばならない。


絶対にアリ子を取り戻す。


「もちろんだ。その仕事、やらせてくれ」



「結構、ではこれを持っていきなさい」


魔王パイセンは今度は小型のイヤホン型の端末を俺に投げつける。



「これは…」


俺はそれを言われる前につける。


すると、そこには驚きの光景が広がった。



「やっほー、元気してる?」


後部から聞こえる声に振り向く。


「サキュ子!」


それだけではない、サキュ美、エル子もこの場にいる。


面々が後部座席に乗っているのだ。



「デバッグおにいさん…いじけるの、ダサい」


「あらあらまあまあ」


サキュ美とエル子はイヤーな笑顔を浮かべる。



「こいつら、初めから全部聞いてたな…」



だが、めちゃくちゃ嬉しい。


こいつらとまたすぐに再会できるなんて。



「貴方には彼女たちと行動してもらいます。きっと役に立つことでしょう」


「当たり前だ、俺の仲間だぜ」



だが、ここにはアリ子がいない。


それじゃダメなんだ。


それじゃスーパーデバッガーズにはなれない。



「さあ、着きましたよ」


魔王パイセンに促されて車から降りると、眼前には巨大なビルがそびえ立つ。


あっちの世界にはこんな建物なかったな…。



「お、魔王パイセン、待ってましたよ」


「待たせてすみませんね。あとこっちで魔王パイセンはやめてね、身バレしちゃうじゃん…」


「あっ」


めっちゃ懐かしい会話を聞いたな。



つまりこのメガネの天然パーマの男が瀬川クンか。



「ン、ンつくしい!」


いかにも高級そうなシャツをきたフォーマルな装いの金髪の男は…まああのユニコーンだろうな。


「ちょっと大久保くん、声抑えてくださいよっ」


メガネにベレー帽、画家って感じのオーラを放つ女は、どことなく変態のオーラも滲み出てる。

間違いない、こいつがあのスライムだ…。


「既に他の面々は工作を開始しています。私とデバッグおにいさんは本社最上階、サーバールームに侵入。このハードディスクを差し替え、USBからアリ子さんの記憶データを挿し込んで、後はアリ子さんのデータをサルベージするだけです」


するだけとは、簡単に言ってくれるな。



「大丈夫ですわ。わたくしたちがサポートします」


エル子の頼もしい一言に緊張が和らぐ。


「さあ、行くか」


「社会人としてどうかと思う最後の作戦を、始めましょう」


俺たちはビルへと挑んだ。






     *






「デバッグおにいさん、こちらです」


「ああ、今向かう」


俺たちはすんなりとエレベーターでビルを昇る。



どうやら四天王の工作が上手くいっているらしい。



扉が開くと、サーバールームに到着する。


「ここが…」


部屋は暗く、ただコンピューターの信号を知らせるランプだけが輝いている。



「さあ、モタモタしている時間はありません、ハードディスクを…」


魔王パイセンは慣れた手つきでハードディスクを換装していく。



結構犯罪慣れしてるなこいつ…。


「次にこのUSBを挿し込んで。よし。ではデバッグおにいさん、そこに座ってください」


魔王パイセンはオフィスによくある転がる椅子を指定する。



「いいのか、俺は休んでて」


「いえいえ、これから働いてもらうんですよ。もちろんスーパーデバッガーズの面々にも」


「ほう」


魔王パイセンの説明を受ける。



どうやらこのままゲームのように意識を飛ばし、アリ子を探しに行くようだ。


「では、準備はよろしいですね」


「ああ、始めてくれ」


「では、リンクスタート!」


いや、ちょっ、その掛け声はちょっとまず───


気がつくと、真っ暗な世界に俺たちは立っていた。


次回、最終回です!


たった1話、されど1話。


どうか最後までお付き合いくださいませ。

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