第48話 俺は仲間が欲しい
「…っ! イージス!」
「破壊…する…」
一撃受けたら即敗北。
これほど理不尽で燃える戦いもない。
ヴィルヘルミナを倒せば、全てが終わる。
世界を終わらせはしない!
あたしは次々に幻術を作りだし、それをデコイにして鎌の攻撃を避ける。
というより、そうしないと一撃貰っただけで負けるのだ。
念には念を入れまくるしかない。
だが、いかんせん魔力が尽きてきた。
「…?」
ヴィルヘルミナの足元がもつれる。
どうやら魔力が切れそうなのは、あたしだけではなくヴィルヘルミナも同じようだ。
それもそのはずだ、この大出力の鎌を振るい続けて、魔力が無尽蔵に続くわけがない。
再び鎌が降る。
それを万能防御術式、イージスで受け流そうと展開を試みる。
「イージス! …っ!?」
しかし、運の悪いことに魔力が底をついていたようで、イージスは起動しなかった。
まずい、このままでは。
なにか策を考えなければ、そう考えているうちに、鎌は眼前に迫る。
もう避けきれない。
そう確信した時だった。
「…」
鎌は消えた。
そう、ヴィルヘルミナも魔力が底をついていたのだ。
互いの不測の事態に、一瞬時が止まる。
だが、状況を理解して先にアクションを起こしたのはヴィルヘルミナだった。
ヴィルヘルミナはその勢いのまま踏み込んで拳であたしの顔面を殴りつけた。
「きゃあ!」
あたしは勢いよく吹き飛んでしまう。
だが、受け身はしっかり取り、体勢を立て直す。
またもヴィルヘルミナは攻撃をしかけようと飛び込む。
そこにカウンターの蹴りを溝落ちにお見舞いし、呼吸が出来なくなったところに顎めがけてフックを繰り出す。
ヴィルヘルミナは一瞬脳震盪を起こし、白目を剥くが、とっさに意識を呼び戻して執拗に顔を狙ったストレートを放つ。
「ヴィルヘルミナ!」
「デゼル!」
差しては引いて、引いて差して。
肉弾戦によって互いの身体は疲弊していく。
あたしの顔は無様に膨れ上がり、対してヴィルヘルミナは肺に酸素を送るために肩で必死に大きく息をしながら、顔面蒼白になっている。
あたしはふらつく足をぐっと抑えて踏み込み、ヴィルヘルミナの胸ぐらを掴み、頭突きを食らわせる。
幾度となく繰り広げられた殴り合いのその先に、ついにはヴィルヘルミナが強烈な脳震盪を起こし床に倒れた。
あたしの身体も限界などとうに超えている。
だが、彼女に止めを刺さなければならない。
彼女は倒さなければ、決して止まることを知らないのだ。
それがいやでも分かってしまう。
彼女がどれほどママを尊敬していたのか。
こんな結末はあんまりだ。
どちらにせよ、世界かヴィルヘルミナ、どちらかを消し去らなければ事態は収束しないのだ。
あたしはサキュ美が好きだ。
パパもママも、ヴィルヘルミナも。
もちろん、デバッグおにいさんも、出会ったもの全てが好きだ。
だから、自分の気持ちを捨て置いて、今ここでヴィルヘルミナを始末するのだ。
あたしは馬乗りになり、無抵抗になったヴィルヘルミナの顔面を何度も殴りつける。
「なんで…どうして!」
最初はか細い首を絞めようと思ったが、それほどの握力はもう残されていない。
「…っ。…っ」
鈍い音が玉座の間に響く。
拳を握ることもできなくなったその掌で、何度も殴る。
悔しい。
あたしがしたかったことは、こんなことじゃない。
ただ一発あれば充分だった。
それでヴィルヘルミナが屈服して、あたしの言うことを聞いてくれればよかった。
だが、ヴィルヘルミナの意志はきっとそんなことでは揺るがないのだ。
自分がヴィルヘルミナにとって、『その程度』であることが、悔しい。
世界を変えられるだけの力がないことが、悔しい。
───悔しい、悔しい、悔しい。
「…うああ…うああああ!」
何度も何度も、かつての面影がなくなるまで打ち付ける。
だが、まだヴィルヘルミナは呼吸をしている。
今のあたしの力では、一体あとどれほど打ち付ければいいのだろう。
やめてしまいたい、やめてはならない。
その時、うっすらと願ったのだ。
───誰か、助けて。
この過酷から逃げ出したい。
もう、親友を傷つけたくない。
誰か、誰か助けてはくれないか。
心の底から、本気で願った。
この命をかけてもいい、誰か───。
───自分の幸運なところは、そう言った願いがよく通じることだろう。
流石は困った時はコネで何とかすることで有名なジゼル様だ、と自分を心底侮蔑し、嘲笑した。
「何やってんだサキュ子」
聞き覚えのある声だった。
不可能を可能にする超人、デバッグおにいさんがそこにはいた。
*
「何やってんだサキュ子。いつまでも来ないと思ったら…」
サキュ子は魔王パイセンに画像で見せてもらった通りの魔王ヴィルヘルミナに馬乗りになっている。
両者全身ボロボロだ。
何があったかは知らないが、何が起こったかは想像できる。
サキュ子の涙を見れば一目瞭然だもんな。
「サキュ子お前、ちょっとそこどいてろ」
「やん」
俺はサキュ子の首根っこを掴み、ヴィルヘルミナから退かす。
ちょっと子猫みたいで可愛いなサキュ子。
「…」
ヴィルヘルミナはボロボロの身体でとうになくなった天井を眺めている。
「サキュ子、これがお前のしたかったことなのか?」
「ちがう…ちがうけどぉ…」
きっと世界の命運と親友の命を天秤に乗せて測っちゃったり、色んな感情でグチャグチャになってたんだろうな。
そこは複雑すぎて理解できないはずだし、理解した気になってはいけない。
だが、彼女が矛盾を孕んだまま突き進んできたことは顔を見れば誰だってわかるぞ。
「ああ、もう喋るな。俺に任せろ」
俺はまず回復ポーションをサキュ子にかける。
回復には時間がかかるだろう。
そして、現在持ち合わせでは最後の一本となったエリクサーをヴィルヘルミナにかける。
「ちょっ…あんたバカなの…!」
「バカって言うな! 俺はデバッグおにいさんだぞ」
治療してやったんだから文句言うな!?
「だってそいつは、世界に破壊をもたらす者、魔王ヴィルヘルミナなのよ」
「ああ、知ってるがそんなこと。流石に俺をバカにしすぎだろ…」
いや、結構長いこと行動を共にしたサキュ子にボロクソに言われてちょっと凹む。
いや、割とガッツリ凹んだ。
「じゃあなんで…?」
「だってサキュ子、お前が苦しそうだったからに決まってるだろ」
「…っ! だって…だってぇ…!」
サキュ子は俺の足に某変態触手スライムのように絡んでくる。
いや、動けないが。
「ちょっ、サキュ子お前」
「づらがっだよおぉぉ。親友の顔なんて平気で殴れるわけないじゃない…。うぐっひぐっ。せかいが、ほろんじゃうとおもったがらぁああ…。うわあぁぁあん。ヴィルヘルミナがしんじゃうとおもったらぁ…」
安堵したのか、思いの丈が支離滅裂で整理されないままサキュ子の口から溢れ出す。
やはりそうだったか。
まあ概ね予想通りだったが。
「ああ、分かったよ。後は俺に任せておけ。さて、魔王ヴィルヘルミナよ。ひとついいか?」
魔王ヴィルヘルミナは先程の死にかけの態度はどこへやら。
ピンピンして鎌を構えて突っ立っている。
「…良い。回復措置に免じてひとことだけ。ただし、本当にひとこと。一度質問でも終えたら、世界を…破壊する」
その破壊するってフレーズめっちゃ無理やり使うじゃん、気に入ってるのか? と口に出しそうになるが、ぐっと抑える。
だって言ったらそれで発言権消費しちゃうからね。
だから、気を取り直して、考えてひとこと告げてやる。
「ヴィルヘルミナ、今日からお前は仲間になれ!」




