第38話 HEAT OF BEAT〜夜更け前〜
「ふむ、ここですか」
都市の中枢に、次元の転移門が開いている。
魔物が現れているのは、真魔王が直接召喚しているのか、転移門から魔物を垂れ流しているかの二択だ。
転移門の閉じ方を知っているのは、私こと魔王パイセン率いる開発チームくらいだろう。
「この魔石を使えば閉じるでしょう。ですが…」
敵の数が多すぎる。
多数の機械仕掛けの天使は威風堂々と空を飛んでいる。
それをじっと見つめ、ダークナイト山根は二本の剣を握っている。
「ああ、嫌いだぜ、こういうの。戦場はこんなにも醜いっていうのに、何故だか昂って仕方ねえ。ああ、不愉快だ。不愉快過ぎて…切り倒すしかねえよな!」
ダークナイト山根は抜刀し、金属のマングローブを駆け抜けていく。
「…加速する! はぁぁぁあ!」
目まぐるしい速度でコアを砕いて回る。
だが、天使も負けず劣らずの速度で増殖を繰り返す上に、転移門から次々に現れる。
「くう〜。帰れ〜。砕けろ〜…!」
スライムの川田クンは出てきた天使を押し込めたり、触手を伸ばして頑張ってコアを砕くなどしている。
天使の数は目に見えて減りはしていないが、それでも転移門にたどり着くには充分道が開けた。
「では、突入と行きましょうか」
私は魔王の力イージスで防壁を築き、一気に突貫する。
それを阻止しようと、束になり防壁となり、天使は行く先に立ち塞がる。
だが、それが何になるというのだ。
「イージス!」
私は魔王たる強大な獣の手を召喚し、それで道を拓く。
「開く魔石があれば閉じる魔石もある。そしてこれは閉じる魔石。さあ、閉幕ですよ」
魔石を放り込むと、時間差で巨大な引力が生じる。
それが止むと、転移門は完全に消失する。
「さあ、反撃開始ですよ」
手始めにイージスからビーム状の砲撃を放つ。
そしてそのまま薙ぎ払う。
「イカロス、ですね」
多数の金属は爆風に飲まれ地へと墜落していく。
「ふ、俺も負けてられないな!」
「ぴーっ(こちらも)!」
この勢いならば、殲滅に時間はかからないだろう。
さあ、私の魔の軍勢と機械の軍勢、根比べと行きましょうか。
*
「サキュ子、やれるか」
「ええ、任せて」
サキュ子はサキュバスなので、日中の回復力が無いに等しい。
だが、ここは出し惜しんでもらってる場合ではないのだ。
サキュ子は空を覆い尽くす天使に向かって特大の魔弾を放つ。
すると雲は避け、大気は真空となり、目に見えない大爆発が身体に襲いかかる。
これに耐えて、俺たちは一気に村へと駆け抜ける。
「おかあさーん! おとうさーん!」
中でもアリ子は誰よりも速くシキナキを操り駆けていく。
まあ、実家だもんな、無理もない。
多少は危険だろうが、その気持ちを止めるのは難しいだろうな。
「ここです! 着きました!」
目の前には、そこそこ大きな建物が眼前に広がる。
さらに柵が繋がっている。
耕された土から鑑みるに、ここが畑だろうか。
なるほど、農家なのだろう。
それにしては他の家に比べて大きい。
そんなことを考えていると、家から人が出てくる。
「お、アリスじゃないか!」
「おかえり、アリス」
アリ子の家から白髪のガタイのいい男性と、ふくよかな体型の婦人が現れる。
となると、彼らがアリ子の父親と母親か。
「紹介します、お母さんとお父さんです!」
まあ、だろうな。
「アリス、今はそれは後だ。アレからとりあえず逃げないとな」
アリ子父は空を指さす。
そこには、こちらを赤く照らす天使が漂っていた。
「そうだな、話はあとだ」
俺はイージスの鎧に身を包む。
それに続き、各々が獲物を構える。
「な、なんだなんだ!?」
アリ子父は困惑しているようだ。
無理もないか。
「俺たちはアリ子のギルドメンバーの者だ。たった今より、この防衛ラインを死守する」
俺たちが来たからには、思い通りにはさせない。
それを思い知らせてやるのだ。
「流石に無茶だ! いくら俺の自慢の娘のギルドとはいえ…」
アリ子父が心配になる気持ちも分かる。
正直、この量では完全勝利とはいかないだろう。
だが、俺にはできることがある。
「心配するな、俺の名はデバッグおにいさん。不可能を可能にする男の名だ。行くぞお前たち」
みな各々の返事をし、吶喊する。
「さあ、全力全開、出し惜しみはナシだ。覚悟しろ!」
───俺達の戦いは、金属片がひとつも残らなくなるまで続いた。
*
───お前で最後か。
俺は最後の天使のコアを打ち砕く。
無数にも思えた天使だったが、確実にコアを砕いて回れば、時間こそかかれど倒せない相手ではないようだ。
最も大事なのは、種を撒こうとしている個体の鉄骨片は全体的に下に固まってくるので、その前に倒すということだろう。
「終わったな」
「はぁ…はぁ…はい」
アリ子は肩で呼吸をしている。
「これが…ランナーズハイね…ひぃ…ひぃ…」
サキュ子の表情がどことなくとろんとしているのはノータッチで。
それにしても、本当に強いな、天使と呼ばれる魔物は。
「やったのか…本当に」
アリ子父は終始驚いていたな。
それほどに刺激的な一日だったのだろう。
「すまんな、家までは守ることができなかった…」
ギルドハウスとは異なり、アリ子の家を守り通すことは叶わなかった。
背後ではアリ子の家だった何かが灰色の塵となり舞っている。
「いえいえ、守っていただいた方にこれ以上何を望めと…」
アリ子母は苦虫を潰したような表情になっていた。
そりゃ家が燃えれば、思うところもあるよな。
「お礼は結構だ。もしそちらが良ければ俺たちのギルドハウスに避難するってのもアリだ。どうするか」
俺はアリ子の両親を俺たちの居住区画に非難させる予定だった。
だが、その提案にアリ子の両親は首を横に振る。
「大丈夫だ、俺たちの身は俺たちで守る」
それを聞いたアリ子は表情が怒りに満ちていくのが分かる。
「こんな…こんな状態で何が守れるんですか」
アリ子は家を指さし、続ける。
「今回のことは命がかかってるんです! そういう強がりはいくらお父さんとお母さんでも見過ごせませんよ!」
アリ子母は口を開く。
「な、なんだってぇ!」
怒気の篭った腹から発せられた声に、つい怖気る。
「あいたっ!」
あとついでにアリ子の頭をグーで殴る。
…かなりいい音がしたぞ。
「黙ってりゃぺらぺらと。あーそうかい、貧弱で悪かったわね」
「母さん、もうその辺に」
「あんたは黙らっしゃい」
制止に入った父は母の勢いに圧倒されてしまった。
「アリス、手を出しな」
「…は、はい」
アリ子はおじおじと手を母に差し出す。
「本当に大きくなったね、あんた。あんた本当は私たちに構ってる場合じゃないんだろ? さっきの戦いぶりを見ればわかるよ」
「おかあさん…」
そう、アリ子はもう『スーパーデバッガーズ』の一員なのだ。
打倒真魔王ヴィルヘルミナを掲げた仲間なのだ。
だからこそ仲間の親に危険が迫れば助けに行くし、その後のケアだって欠かさない。
それがどれほど遠回りになろうと、俺はそうするし、アリ子もそうしたいだろう。
だが、それを拒絶されてしまえばそれはもう仕方のないことになる。
今現在、両親の保護の失敗は仕方のないことになった。
「私は絶対行かないからね」
「…だそうだ。母さんは気が変わるのが早い。早く行ってしまえ」
アリ子父もそういうのであれば、もう本格的に仕方のない。
「そうですか…。分かりました。わたし、行きます」
「ああ、そうしてくれ」
「すぐ戻ってくるんじゃないよ」
両親はアリ子の提案を飲まなかった。
「アリ子の両親に頼みがある。時期に騎士団がここまで来るはずだ。それまでに人を集めておいてくれ」
「ああ、任せておけ」
俺の提案はすんなり飲んでくれた。
「行こう、アリ子」
「はい…はい!」
アリ子の目は目標を捉える。
ただ一点の曇りもない瞳はさらに純度を増す。
さて、帰って戦いの支度をしよう。
一刻も早く真魔王を討たなければ、犠牲者が増えるばかりだ。
俺も他人事ではいられないだろう。
俺もまた決意を新たにした。
決戦の日は近い。
いや、近くなければならない。
俺は仲間を通してこの世界の人物は生きているということを痛感した。
仲間のため、そしてなによりデバッグのため、俺は戦う。
俺は丘から世界を見下ろす。
辺り一面は焦土と化した。
だが、まだ希望は消えていない。
俺がいる。
俺は仕事を完璧にこなしてみせる、ただそれだけだ。




