第34話 終わりの始まりの始まり
私は思い出す。
魔王パイセンとして戦った日々を。
私は思い出す。
小学生の頃の夢を。
私は思い出す。
グリムリーパーという少女に倒された屈辱を。
「やっと目が覚めたか」
見知ったような、見知らぬような声で目を覚ます。
目を開くと、そこにはダークナイト山根とスライム川田がいた。
それにしても本当にこっち来てから山根くん態度変わったな。
「ああ、君たちですか」
「パイセン、うちらこれからどうするんですか」
川田くんは深刻そうな表情をしている。
そうだ、鮮明に思い出した。
私はあのグリムリーパーという少女に倒され、ついには管理者権限も取られてしまったのだ。
つまり、本当にこのゲーム世界に閉じ込められてしまったことを意味する。
「川田くん、山根くん。本当にすまない…私のせいで」
「いや、俺はいいさ。要するにこの二本の剣であいつを叩き切ればいいんだろ。そうすれば管理者権限も帰ってくるし、このゲーム世界から脱出できる…だろ?」
ダークナイト山根は言う。
「そうですよ。この桃源郷から正直帰りたくないな〜って気持ちあったくらいですから、私としてはそこまで問題なかったりします」
川田くんもいい子だ。
本当にいい部下に恵まれたな、私。
「ありがとう。ですがやはり管理者権限を取り返さなければ」
私の言葉を山根くんは遮る。
「その前に空を見てくれよ。ここ、どこだと思う?」
晴れ渡る空に、天使のような印象を与える金属生命体が浮遊している。
「ふむ、気候から察するに、人間界でしょうか。それにこのようなエネミーは…」
「残念、ハズレだ。魔界だよ」
「はあ…はい?」
私は唖然とする。
曇ってはいるが、光が差し込み、神秘的な雰囲気になっている空模様だ。
私の知っている言葉を当てはめるなら、天国が一番近い。
「この世界にノストラダムスとやらが産まれていたなら、その予言の日は今日だったらしいな。どうやらあの死神は、管理者権限で強力な魔物で世界を埋めつくしたらしい」
なるほど、作り替えられてしまったのか。
だが、こんなめちゃくちゃな運営をしていては、いつか本当に世界が崩壊するぞ。
ほかの部下を集めて、この事態をなんとかしなくては。
「そういえば、ほかの四天王はどこに?」
「それなんですが…」
川田くんはやや口ごもる。
「怒らないから言ってください」
「それ絶対怒るやつじゃないですか! まあいいです…とりあえず順を追って話しますね」
川田くんの説明曰く、ガイアが敗れてから魔王四天王は壊滅。倒してもリスポーンすることがバレて川田くん、山根くん、斉藤くんを除きみな投獄されたそう。
オチューである斉藤くんはモンスターを無限に生成できる能力を持っているので、それで前線で一人対抗して我々を逃がしてくれたそうな。
「つまり増援は絶望的…ということだ」
「そうなりますね…」
山根と川田は意見が合致しているようだ。
ガイアの勇姿を思い出す。
あの勇姿に報いるためにも、私はどんな手でも使う。
「いえ、増援ならまだ希望はありますよ」
「…まさか」
「いいのか? あんたが一番それを望まないって思ってたんだが」
二人は私の顔を覗き込む。
「ええ、言ったでしょう。どんな手でも使うと」
そう、背に腹はかえられないのだ。
「この勝負、どんな手を使っても勝たなければ」
この事件には私に大きな責任がある。
それを果たさなければ。
*
──魔界 魔王城 玉座の間──
「くたばれ! 魔王!」
魔族たちは魔王を倒すべく、玉座へと駆ける。
「お前のせいで…家族が…! 外に浮いてるアレに見つかったら最後…そんな理不尽が許されるかよ!」
多くの魔物がヴィルヘルミナを囲い込み、今にも襲いかかろうとしている。
ヴィルヘルミナは動じない。
脚を組み、頬杖を突き、くだらないと言わんばかりの冷めた目をしている。
魔王城はすでにほぼ崩壊し、天井はなく、金色に晴れ渡る空には無数の殺戮機構が浮かんでいるのがさらに神々しさを強調しているなか、唯一綺麗に残されている玉座に鎮座する。
「お、俺はオチュー斉藤。元魔王四天王の五本指にはいる男だ。ここでお前を倒さないと…。に、逃げ切ることは難しいか…」
ヴィルヘルミナは魔王四天王と名乗る外から来た別のものに目線をやる。
「破壊…する…」
彼女は人差し指を向ける。
その指で空間をなぞると、それに沿ってすっぱりと辺りが真っ二つに切断される。
崩れ落ちる。
「あ…が…」
「ここまでかよ…」
「すまん…魔王パイセン…課長」
たったそれだけで反乱軍は敗れ去り、崩落した瓦礫に埋もれていく。
僕は…これで正しいのだろうか。
「お父様。さぞ懐かしいでしょう。この絶対の力が」
真魔王ヴィルヘルミナは僕に語りかける。
「やめてくれ。僕は君のお父様なんかじゃない。僕の娘は誓ってジゼルとデゼルだけだ」
「ふふ…ふふふはははは…それでも、この力の前では余の側につくのですね」
気分が悪い。
彼女はにやにやと僕を見つめる。
その視線が、気持ち悪い。
だが、同時に心地良さをも感じるのだ。
「そうだ、ジゼルとデゼルが住んでいるところ、破壊してあげましょう。きっと破壊して、破壊して、破壊すれば、ここにも戻ってくるでしょう」
「…」
その彼女の閃きに、僕は答えられない。
「破壊…する…。ふ、ふふふ。ふふふふははははは…!」
僕は…どうしたら…。
*
「短い間だったが、本当にありがとう」
本当に、ただただ短かった。
このゲーム世界に飛ばされて、色んなことがあった。
だが、その時が一瞬だったと感じさせるほどに、充実していた。
今までの日々を思い出す。
アリ子と出会ったこと、魔界に行ったこと、投獄されたこと、ゲーセンで特訓した日々、そしてみんなで強力して大迷宮を突破し、魔王を打ち倒したこと。
そのどれもが輝かしい思い出だ。
だけれど、帰るにはまだ少し早い気がした。
やり残したことがあまりにも多いのだ。
近日製品版が出るようなので、それで復帰もできるが、ログアウトできる状況とそうでない状況では大きく差がある。
緊張感が違うんだろうな、きっと。
だが、いつまでも後ろを向いているわけにもいかないだろう。
俺はデバッグおにいさんだ。
止まない雨はないし、覚めない夢もないのだから。
俺は昨日覚悟を決めたのだ。
今日うだうだするな、俺。
「デバッグおにいさんがいなくなると、寂しくなっちゃいますね」
「ええ、本当に。早く戻って来なさいよ」
「…またゲームしようね、デバッグおにいさん」
「ついでに向こうで新しいおつまみ考案してきてくださいね」
みなが思い思いの言葉をくれる。
ありがとうな、アリ子、サキュ子、サキュ美、エル子。
「さて、そろそろ魔王パイセンが来るはずだが」
約束の時刻からやや超過しているが、まあ誤差の範囲内だろう。
「遅いですね…」
そろそろアリ子も我慢の限界と言った感じだ。
そろそろ来てくれないと困るぞ、魔王パイセン。
その時だった、それが降りたのは。
きんと除夜の鐘を甲高くしたような長い音が辺り一面に鳴り響く。
「なんだ…この音は」
音が鳴り止み始めた時になって、その音がどこから発せられていたのか気がつく。
空だ。
空にそれはいる。
「生体反応ヲ感知。───排除ヲ開始シマス」
体長約20メートル。
無数の白金の針で垂直に何度も打ち込んだような、不気味なそれは異音を放ちながら空に浮かんでいた。




