第32話 決戦! 魔王パイセン
鉄板に身体を押し付けて、壁を抜け、デバッグルームへと落ちていく。
間違いない、この座標だ!
落ちて、落ちていく。
そして突然床に当たる。
「よお、魔王パイセン」
そして目の前には、魔王パイセンがいる。
つまり、デバッグ成功というわけだ。
「貴方はいつもいつもいつもいつもそうやってどこまでも私を困らせる。いいでしょう。時期尚早ではありますが、ここでこの奇妙な運命も終わりにしましょう」
魔王パイセンはその大きな翼を広げ、戦闘態勢へと入る。
少し遅れて、黒い物質が魔王パイセンの羽を覆う。
「これが私の魔王たる力…イージス! これで貴様を…な!?」
なるほど、『魔王』のスキル書を使ってイージスを装備っとな。
さすがデバッグルームだ、そこら辺になんでもある。
「ええと、こうか。イージス展開! どうだ、似合ってるか?」
黒のスーツに黒マント。
俺の身体を黒く角張ったスーツが覆う。
メニューを見ると、装備欄が全て『イージス』とだけ表記されている。
なるほど、これが魔王の力か。
まさに厨二の権化だな。
「き、貴様! よくも私の目の前でグリッチを…!」
なるほど、あまり気分が良くないようだな。
「さあ、最終決戦だ!」
「死に晒せ! 漆黒の暴風!」
魔王パイセンの羽ばたきにより、漆黒の風が帯電したまま吹き荒れる。
「防げるか…イージス!」
それに対抗し、魔王たる力、『イージス』の盾を全面に展開する。
黒い光を返さない物質が、風を完全に受け止める。
さすがは魔王の力だ。
「まだだ、黒き爪!」
魔王パイセンの翼は肥大化し、三つに枝分かれした強靭な爪となり俺の身体を鷲掴みにする。
「くっ!」
「さあ! くたばれ!」
そして何度も執拗に俺を地面に叩きつける。
タイミング良くイージスを展開しなければ、即死する勢いだ。
突如、俺の身体が地面に固定された状態で叩きつけが止む。
俺は爪と爪の間から、魔王パイセンの様子を見る。
魔王パイセンの腹は裂け、そこから高出力のエネルギーが集まったかのような眩い光が放たれていた。
「これで終わらせる…!」
刹那、腹からビームが放たれる。
「く、耐えきれるか!」
俺は咄嗟に防御体制を再開する。
身体がジリジリと焦げつくのを感じる。
長い間耐えると、ビームは止み、砂塵が舞って視界が悪い状態になっている。
「どこだ…」
俺は慎重に魔王パイセンを探す。
「ふん!」
突如地面から巨大な黒い手が現れ、俺を握りつぶさんとする。
「く、うおおおおおお!」
それを全身に力を込め、踏ん張って耐える。
今度は上空に投げ飛ばされる。
「さあ、死ね!」
下を見ると、魔王パイセンが立っていた。
俺は投げ飛ばされたので、受け身をとるため背後を確認する。
だが、そこには極小の黒い球体、魔王パイセンのイージスがあったのだ。
「はああ! 終焉!」
とてつもない爆風だ。
デバッグルームの壁が次々と破壊されていく。
「イージスが無ければ即死だったな」
だが俺は新たに得た魔王の力によって一命を取りとめた。
「まだ…まだだ…!」
魔王パイセンはまたも何かを仕掛けようとしていた。
だが、そうはさせない。
「次は俺の番だ! うおおお!」
俺は拳に力と力を込める。
そして、解き放つ。
「くらえ! 黒いパンチ!」
黒いイージスを纏ったパンチだから黒いパンチ。
なかなかにイカすネーミングだな。
「…な、なにぃ!? ぐはぁぁ!」
魔王パイセンは後方へと大きく吹き飛ぶ。
そしてイージスを使った面白い技を思いついたので、これで追い打ちをかける。
俺は右手に意識を集中し、イージスを集める。
それを一気にビーム状にして解き放つ!
文にでたらめなルビを振るノリに合わせて───
「法則を正す唯一の方法!」
黒々としたビームが直線を描き、魔王パイセンを焼き尽くす。
「ぐああああ!」
俺はさらに力を込め、威力を増す。
「はああああ!」
焦土と化したデバッグルームに倒れる、魔王パイセンに寄る。
膝をつき、もう戦う力を残してはいないようだ。
「よもやこれほどとは…。条件も同じ、何なら私の方がステータスは上だというのに…全く」
「魔王パイセン、お前は…」
翼は焼き切れ、無残な姿になった魔王パイセンを見下ろす。
「すみません、ひとつ…よろしいですか?」
「ああ、なんだ」
魔王パイセンは俺に質問をする。
「この戦いは、楽しかったですか?」
「ああ、楽しかったぞ」
魔王の力も手に入ったしな。
「嘘…ですね。全く。貴方はこの戦いの中では1度たりとも笑ったりはしませんでしたよ」
そう言われてやっと意図を理解する。
そうか、この男がこの世界を作ったのだと、やっと理解する。
魔王パイセンは続ける。
「私はおもしろいゲームを作ることが夢だった。ですが、おもしろいゲームとは完璧でなければならない。貴方はいつも私から夢を取り上げ、遠ざけていたように感じていた…」
気持ちはわからなくもないがな。
「だから貴方に挑みたくなったのです。このゲームの世界で、おもしろいと言わせるために。ですが、貴方は最後の戦いですら笑わなかった…」
俺にははっきりと言える。
「それは違うぞ」
自信を持って、はっきりと言える。
「…」
魔王パイセンは何も言わないので、続ける。
「お前は何か勘違いをしているようだが、この世界は面白いぞ。アリ子がいて、サキュ姉妹がいて、エル子がいる。プレイヤーが何でもかんでもゲームデザインの通りに楽しむと思ったら大間違いだ」
「…」
「グリッチだって、本当にそのゲームが好きじゃなければその意味にすら気が付かないもんだ。知らんゲームでSSRを引いたって嬉しくないのと一緒だろ。お前はその…考えすぎなんだよ」
「…」
魔王パイセンは俯いたまま、何も話さなかった。
いや、話せなかったのだ。
なぜなら、その瞳は涙を流していたのだから。
「魔王パイセン、俺は自信を持って言えるぞ。『おもしろかった』って!」
そうだ、これほどに童心に戻りのめり込んだのは久しぶりだった。
もう二度とない経験だろう。
「ふ…慰めは結構ですよ。本来は私を倒した者に管理者権限を与える予定だったのですが…貴方に私を倒す気がないようなので、私が管理者権限でログアウトを行います。後日私から迎えに行きますので、どうかそれまでやることを済ませておいてください」
そうか。
俺の冒険は、もう終わりなのか。
楽しかった。
本当に楽しかった。
「ああ、分かった」
「言い忘れてましたが、実はこのゲーム、新作のベータテストなんです。近日このデータを引き継いで稼働しますから、いつでも遊びに来てくださいね」
そうか、それならいつでもアリ子たちに会いに来れるんだな。
安心したぞ。
「ああ、ありがとう」
「では、私はこの辺で。後日会う日を楽しみにしてますよ」
そう言い残し、魔王パイセンは消えた。
「さあ、帰ろう」
目の前にはボタンが置かれている。
あの口下手な魔王パイセンが残したものだろう。
これを押せばクリア扱いとなって、脱出できるとか、そんなところだろう。
俺はボタンを押した。
*
気がつくと、そこはマオパイ大迷宮の入口のある草原だった。
「おかえりなさい! デバッグおにいさん!」
「おそかったわね」
「…ねむくなってきた」
「ところで戦利品はいずこに?」
みんなが待っていた。
やはり帰るべき場所は、ここだったのだ。




