第24話 グッバイ! 安田
「…きっとおかあさまなら」
おねえちゃんは、アタシを担ぐと出口を探そうとする。
「おいおい、俺たちを無視して帰れると思うなよ」
男たちが立ちふさがる。
「どいて!」
おねえちゃんが手を払うようにすると、ドス黒いオーラが光を帰さぬ弧を描いた『なにか』と共に駆け抜ける。
「ぐっ…」
「くそ…」
男たちはたった一撃で倒れる。
どうやらアタシの力はおねえちゃんに引き継がれたようだ。
だが、さっきの黒いものは一体…
アタシの体力はもうじき底をつく。
じきに能力の完全譲渡も済むだろう。
「あともうすこしよ!」
アタシをおぶったまま移動を続け、眼前には瓶に入れられた大量の薬品が棚に陳列された部屋が広がる。
もう目がかすみ、詳しくは見えない。
だが、そこにもサハギンが立ちふさがる。
アタシたちが見た中で最も屈強な男で、一目でリーダーだと分かる。
「おじさん、時間がないの、そこをどいて」
「おいおい、脱走とは解せねえな。逃がすかよ!」
問答無用、男はアタシたちに手を伸ばす。
だが、その手はアタシたちには届かない。
突如、ものすごい轟音と共に天井が崩壊する。
一筋の光がさす。
その光の下に立つのは、おかあさまだった。
「ジゼル…」
アタシを見るや否や、アタシの能力がなくなっていることに気がついたようだ。
おかあさまはその手でアタシに触れる。
すると、身体が軽くなる。
「能力はもう戻らないようね…さて」
母上はサハギンを睨む。
「何か遺言はあるかしら」
「ま、魔王さま! これは人違いで…!」
サハギンはたじろぐ。
「この狼藉、ただでは済まされぬぞ」
ドス黒いオーラがおかあさまから出てきたかと思うと、それらは無数の黒い針となる。
おねえさまの技と同じ、光を返さない黒だ。
「ひぃ! い、命だけは…なんでもしますから! 命だけは!」
男は母上の脚にすがりつく。
「汚らわしいわ!」
宙に浮かぶ無数の針が男の身体を貫いていく。
「ぐ…ぐあああ!ぐああああ!」
「急所は外してあるわ」
おかあさまのその言葉に、サハギンは安堵の顔を浮かべる。
「それでは…命だけは!」
「く、くく、くはは…くははははははは!」
おかあさまは高らかに笑い、続ける。
「この黒い針はイージス。生命を護り、時に奪うもの。我はイージスに我が再び殺すよう命令するまで生命力を与え続けるように命令した」
男の安堵の顔は、徐々に恐怖に塗り替えられていく。
「そう、命令するまで、ずっとだ。すぐに貴様から殺してくれと懇願するようになるだろう」
「そ、そんな! あ、あぎゃ!」
さらに黒い針が刺されていく。
そこに白い影が近づく。
「おかあさま、したのものはすべているへるみなが、しまつしました。」
それはヴィルヘルミナだった。
手には先程イージスと呼ばれた黒い物質でできたナイフのようなものを携えている。
「さあ、帰るわよ」
おかあさまはこちらを振り向く。
「いるへるみな! ぶじでよかった〜!」
「でぜる、ちかい」
おねえちゃんはヴィルヘルミナに抱きつく。
よかった。
おねえちゃんが無事で、本当によかった───
*
「───しっかりしろ! サキュ美!」
意識が覚醒する。
「ここが正念場だ。あのリザード安田さえ倒せば俺たちの勝利になる! 今日のための努力の日々を思い出すんだ!」
思い出した、一週間の猛特訓を。
あら汁修行も、ゲーセンを救うためのクラウドファンディング修行も、架空の少女を使った客寄せ修行も、全て。
疲れからか、やられた感触からか、昔の事も思い出してしまったが、今は振り返るときではない。
「そうですね…囮役、お願いしますよ」
「任せろ! 全一プレイヤーねみみ! お前の相手は俺だ!」
「行くぞデバッグおにいさん! うおおおお横横横!」
「うおおお! 高飛びからの場外からのステージ下潜伏グリッチだ!」
「なに〜!?」
体力の残されていない最高のタイミングで、ここ一週間で発見したグリッチでエリア場外に逃げる。
「今だサキュ美!」
この一撃で、確実に狙い撃つ!
「神の杖!」
超高速の雷撃がリザード安田を襲う。
今度は外さない。
「ぐわああ!」
テレレレッテレー! 勝ち! という効果音が辺りに響く。
「おっしゃー! やったぞサキュ美!」
「やったー!」
練習の成果もあり、勝てた喜びからハイタッチをする。
「く、悔しいがワイの負けや」
リザード安田はデバッグおにいさんに手を伸ばす。
「ああ、いい勝負だった」
二人は互いに硬く握手をする。
「これは鍵や、魔王退治、頑張ってや」
デバッグおにいさんの手には、銀の鍵が握らされていた。
「ありがとう。でもいいのか?」
「ええんやええんや、ワイは元々適当な男やからな。それにしても、魔王四天王五本指に入る実力者のワイを倒すなんてな」
こうして、また一人魔王四天王を倒したのだった。




