第22話 姉に優る妹などいないらしい
「よくやったわねジゼル。ベヒーモスを4歳で狩るなんて。きっとあなたは立派な魔王になるわね!」
「はい、おかあさま」
おかあさまはアタシの頭を優しく撫でる。
この世界は、力がすべてなのだ。
おかあさまはいつもそう言っていた。
弱ければ誰も守ることはできない。
常に強くありなさい、と。
アタシは強い。
だが、姉は弱い。
弱くて、愚かであった。
「おかあさま! みて! てすとがかえってきたの!」
姉のデゼルは学園の成績通知表を、おかあさまに手渡す。
「まあ、10点。立派ね」
おかあさまは微笑む。
10点。
10点とは、はたして価値があるのだろうか。
アタシがそう感じたのは、その10点の答案は、100点満点中の10点だったからだ。
「おかあさま、こちらがアタシのテストのけっかです」
100点。
もちろん1000点満点中でも、10000点満点でもなく、100点満点中100点。
満点である。
「まあ! すごいわ! パパにも報告しないとね」
母はおねえさまの時よりも嬉しそうな顔になる。
「ねえでぜるは!? でぜるもすごいのよ!」
姉は満面の笑みで、母に再度テストを見せる。
「ええそうね、偉いわね。おめかししないと…」
母は慌ただしく部屋中を駆け巡り、おめかしをする。
「ねえ、じぜるは?」
「ええ、偉いわよ」
そう言って母は姉の頭を撫でる。
「まま、ありがとー」
姉は愚かだ。
一体母はどんな気持ちになっているのか、想像すらつかないらしい。
勉強だけでなく、運動もできなければ、魔術もできない。
これほど愚かな娘を持って、母はどれほど悲しい気持ちになっているのか、分からないのだろうか。
───一年後。
「ジゼル〜! おままごとしてあそびましょ!」
おねえさまのジゼルは大きな鍋と包丁を持って駆け寄ってくる。
「デゼル、あぶないよ。ほうちょうはあぶない。おかあさまにしかられちゃうよ」
アタシとおねえさまの従姉妹であり、幼なじみであり、親友であるヴィルヘルミナは眉をひそめてそう言った。
「だいじょうぶよ! こうしてまほうでちいさくすれば!」
姉は唯一できるようになった縮小魔法をどこでも披露したがる。
「さすがです、おねえさま」
アタシは姉の頭を撫でる。
「えへへー」
姉は愚かではあるが、笑った顔は人よりも可愛いとは思う。
「さあ、きょうはなにしてあそぼう」
ヴィルヘルミナも可愛い。
白いふわふわの髪の毛は、どこかうさぎのような小動物のような印象を与える。
従姉妹ではあるが、姉妹だと間違われるほどにおねえさまに似ている。
「そうねー。きょうはおそとであそびましょ!」
さっきまでのおままごとのくだりはどこへ行ってしまったのか。
まあ、姉の考えることは、考えるだけ無駄なのである。
「いいですね、おねえさま」
「でも、おしろからでたらいけないっておかあさまが」
この場合のおかあさまとは、アタシとデゼルの母のことだ。
母はとても優しいが、外に出たいと話した時にはそれと同じくらい厳しい。
「だいじょーぶ! おねえちゃんがまもるから!それに、ちっちゃくなれば!」
姉は縮小魔法でアタシたちを小さくする。
「そういうもんだいじゃないかも…うーん」
ヴィルヘルミナは頭を抱える。
恐らく、賊のことを心配しているのだろう。
だが、アタシは強い。
すでに闘技場で成人でも勝てないようなベヒーモスを倒しているのだから。
それだけではない。
模擬戦では上級悪魔とも戦ったことがあるし、勝ったこともある。
だから、その心配をする必要はないのだ。
「だいじょーぶです…アタシがいます」
アタシはにっと笑ってみせる。
ヴィルヘルミナはどちらかと言うとアタシよりおねえさまと仲がいい。
けれど、だからこそおねえさまの身を案じていたのだろう。
「そうだね、ジゼル。じゃあ、こっそりいこう。こっそりさくせんだ」
こうしてアタシたちは城を抜け出したのだ。
*
「われははかいをもたらすもの、ぐりむりーぱー! まいられよ、さいやくのあくまでぜるよ!」
「あたしはさいやくのあくまでぜる! しにがみをたおし、すべてをおわらせるもの! いざじんじょうに!」
「「しょうぶ!」」
おねえさまとヴィルヘルミナは、荒野にてそこらへんで拾った木の棒で模擬戦をしている。
もはや微塵もおままごと要素のない遊びとなった。
「やられたー」
ヴィルヘルミナの手から木の棒が宙に舞う。
「やったー! ふふん、さいやくのあくまにかなうものなし!」
おねえさまは渾身のドヤ顔だ。
しかし、だいぶ日も沈んできた。
そろそろ帰らないと、本気でおかあさまから叱られる。
今まさに始まろうとしていた何戦目か分からない模擬戦を止めようとした、その時だった。
「おいおい嬢ちゃん、俺も混ぜてくれよ」
上半身が魚のように鱗に覆われ、目が見開いた青白いサハギンの男三人衆がどこからともなく現れたのだ。
「あなたたちは、だれ?」
「俺たち? あー、俺たちは友達の少ないかなしいおじさんなんだ。おじさんたちも混ぜてくれよ」
ヴィルヘルミナの問いに、サハギンたちはにこにこしながら答えた。
明らかに怪しい。
「いいよ。おじさんこれ」
デゼルは手頃な木の棒を真ん中の男に恐れず渡し、続ける。
「これでね、きしごっこをするの。おじさんはきし?」
「へえ、騎士ごっこねえ。楽しいよなぁ、力で相手をねじ伏せるのはなぁ!」
突如、サハギンの男はおねえさまの腹部を力任せに蹴りあげる。
「うぐっ…あ…うぅ…いき…が…」
おねえさまは溝落ちをやられて息ができないのか、ぱくぱくと魚のように口を広げ、腹を抱えてうずくまっている。
「デゼル…!」
ヴィルヘルミナは動揺し、デゼルの元へ駆け寄ってしまう。
やはり賊であった。
デゼルは戦闘不能、ヴィルヘルミナはパニックを起こし、敵の近くにいる。
不測の事態ではあるが、ここから対処することは難しくない。
「追従召喚魔法:雷撃───」
アタシは魔法陣からいくつかの雷の球を召喚する。
球は、近い球同士で線を引くように雷が走る。
それを飛ばす!
「おいおい、当たらねえなあ。もうちっとスピード出る技を披露しねえとよ」
真ん中のサハギンの男は後ろに下がる。
いいや、これで狙い通りだ。
宙を漂う電撃の球をおねえさまとヴィルヘルミナの近くに向かわせ、線で繋ぎ、ドーム状にして敵から守る。
「ほう、賢いな嬢ちゃん。だがよ、これで1体3になったわけだがよ、どうするんだ?」
確かに男の言う通り、人数不利ではある。
だが、アタシの力ならばやれるはずだ。
「追従魔法:火球…」
アタシは一切の動作なしで火の球を精製し、サハギンに連続発射する。
「ふん、またのろまな球かよ。こんなの余裕で…」
もちろん、のろまな球ではない。
それなりの速度で射出されている。
それを意図も容易く避けれるような口ぶりだが…
「ぐはっ!」
アタシの追跡魔法は常軌を逸した追従性能を誇る。
後ろの一人の男が倒れる。
「避けられんのなら!」
後ろにいるもう一人の男は球をギリギリまで引き寄せ、しゃがみ回避をすることで球を地面に激突させ、火を消す。
だが、アタシは元よりこの展開が狙いだ。
アタシは人差し指に意識を集め、電撃を練り上げる。
「超雷撃波…!」
一瞬。
着弾まで、一瞬である。
「ぐはぁ!」
電撃は細胞の細部に至るまで響き渡り、苦痛と恐怖を刻み込む。
幾度となく痙攣したのち、二人目のサハギンは倒れる。
残るは一人。
「やるな、ガキ。さあ、正々堂々タイマンと行こうぜ」
「…」
やつの口車には乗らない。
まずは火球を射出、やつの回避の隙に今度は雷の追従召喚魔法を展開。
逃げ道を少しずつ、確実に潰して行く。
「ちぃ、これまでか」
男は大きく体勢を崩す。
勝負あった。
再び人差し指に意識を集中させ、雷撃を練る。
さあ、究極の一撃をくらえ…!
「ライトニングバー───」
「なんてな!」
男の体勢はブラフ。
しかし、それも織り込み済みだ。
自分の周りに展開していた警戒用の魔法陣を正面に展開する。
自分は防御に間に合わない他の魔法陣を破棄し、一点に集中する。
これならば、防ぎ切れるどころか、やつを倒してもお釣りがくる、
「魔法陣発動───」
「させるかよ!」
これで今度こそ勝ちを確信した。
アタシは全力で雷撃を展開───しようとしたその時、アタシの頭は真っ白になった。
なんと男は、左手でおねえさまを鷲掴みにして盾にしていたのだ。
「おねえさま…!」
そうか、おねえさまたちを包む雷撃による守りを解かせ、盾にするために一か八かの接近戦を仕掛けたのか。
だが、その男の行動よりも、自分は自分の行動に驚いた。
愚かな姉など、この男共々貫いてしまえばいい。
この状況では、仕方のないことだ。
おかあさまでも、おとうさまでも、誰でも咎めないであろう。
だが、アタシの心は言うことを聞かなかった。
「解いたな、守りを!」
防御のための魔法陣のそのすべてを、破棄してしまったのだ。
「きゃああ!」
男の右手はアタシの喉元を掴み、締め上げる。
「…ったく。やべーガキだ、こいつ」
「く…っ」
少しずつ、確実に意識が遠のいていく。
少しして、倒れていたサハギンの男二人が起きあがる。
「うーん、頭がクラクラするぜ」
「まったくだ」
その二人を見た首を掴んでいる男が、指示をする。
「おい、残りのガキを持ってアジトにずらかるぞ」
「あいよ。俺はこのピンクのガキを持ってくぜ」
「じゃあ俺はあの白い方を…おかしいな」
意識が朦朧として、会話が頭に入ってこない。
「おい、あのガキはどこへいった!」
「知るか、そこらへんに…」
「おい、うしろだ!」
「あのくろい…イフ…」
「やべー……イージ…」
瞬間、ぷつりと意識が途絶えた。




