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第1話 デバッグおにいさんが立つ日

その人を知っている。

一人で一万人レベルのデバッグをフィードバックする人を。


その人を知っている。

左腕と右腕、左脚と右脚それぞれの部位が別の生き物のように動き、同時に四つのゲームをプレイできる人を。


その人を知っている。

ただデバッグという行為の為だけに一日五千兆回のボタン押し練習に励み、腹筋、腕立て伏せを20万回セットで行う人を。



その人を知っている───






異世界デバッグおにいさんを。












第1話   デバッグおにいさん、ゲーム世界に立つ。


      *






ここ第二会議室には、本来何人ものデバッガーが招集されるはずだった。

今日は我社のスーパーAAAタイトル、スゴスギファンタジー23のデバッグを行う日なのだ。



確かに、我々のゲームは完璧だ。


プログラマに指示を与える役職となった私の指示書に狂いはなかったし、現にゲームマニアである私がテストプレイを行った時は、これでまだ未完成なのか…? と疑いたくなるクオリティだった。


これではバグなんて見つかるわけもないだろう、そう思えるほどに。


だが、これほどのビッグタイトルだというのに、デバッガーが三人はいくらなんでも少な過ぎるだろう。


「やばい、足の裏痒くなってきた」


中でもそう言いながら靴下を脱ぎ出す童顔の男は、なんていうか一目見れば分かるほどにバカだ。


なんかもう、これで金を払っているという状況が馬鹿らしくなってきた。



ええい、なるようになれ。


「それでは、デバッグ作業を始めてもらいます。内容は簡単。ゲームを一通りプレイし、どこかにバグがないか検証してください。バグはテキストにまとめるように。分からないことがあれば私を捕まえてください。では、始め!」


三人はPCに向かい、ゲームパッドを手に握る。


否、先程の男は、靴下を握っている!


「え、なに。もう始まってるの?」


なんというか、彼を見るだけでこの世の嫌なことの八割は忘れられそうだよ、ほんと。


人事はなにをやっていたのか。


「おい、瀬川くん。アレはなんだ。明らかに人選ミスだろう。我々の叡智の結晶を触りたがる人間はいくらでもいるんだ。もっとこう───なんとかならんかったのか?」


つい強気の口調で部下に当たってしまう。


「そう言わないでくださいよ先輩。私も最初はそう思ったんですけれどね、何せ彼はこの業界でこう呼ばれる存在なんですよ」


後輩の瀬川はわざとらしく、タメを作る。



「デバッグおにいさん。そう呼ばれているんです」



デバッグおにいさん。聞いたことがある。


それは、1人で一万人クラスのデバッグを行うと言われているスーパーデバッガーだ。


そんな人物がデバッグ作業を行ってくれるというのなら、我々も喜んで快諾していただろう。


だがあれは違うだろう。


どこからどう見ても違う。



ヒョロヒョロともやしのような外見に、覇気のない顔。


アレは誰が見ても分かる。


アレは、デバッグおにいさんではないのだ。


「おいおい、笑わせてくれるなよ。アレに何ができるっていうんだ、まったく…」


男は息を吸い込む。


「よし、やるか」


男の声が聞こえると、突然当たりが暗くなる。


いや、暗くなったのではない、顔に何かが着いている。


美しきシチサンメガネのこの私の顔にだ。



「ぐぉっ!なんだこれは…」


私はそれを引き剥がす。


それは、青いデニム生地だった。


何かがおかしい。


部屋の温度が急激に上昇していくのを感じる。



空気が違う。


まるで全細胞がフル動員で震えているかのような身の毛もよだつ感覚。


件の男の席には、童顔のヒョロガリはなく、そこには───


筋骨隆々。デバッグのために生まれた戦士のような顔つき。


ボクサーパンツにタンクトップ。そして糸目のデバッグおにいさんがいた。


「ふんすっ! ふんすっ!」


恐ろしく速いコマンド入力、俺でなきゃ見逃しちゃうね。



次々とテキストファイルに文字が打ち込まれていく。


そう、まるで気の置ける友達にメッセージを打ち込むかのように、バグが記述されていくのだ。


「ウッソだろ…」


私も、隣のデバッガーも、物見遊山で見に来た社員たちも、誰もがそれをただぼうっと眺める他なかった。



───フィードバックは、信じられない結果に終わった。

私の担当だったソースコードには、100を超えるバグが見つかったのだ。


中にはゲームの進行にも影響する、致命的なバグもあった。


なぜ誰もこれほどのバグに気が付かなかったのだろう。


「ね、先輩。彼を採用して正解だったでしょう。それにしてもすごかったですね…」


「ああ、そうだな…」


もう、ただ唖然とする他なかった。


私は彼に負けたのだ。


悔しい。



あの冷酷無比なデバッグに勝てるだけのコードを、ゲームを、世界を、作り上げたい。


「…くっ、なんだこれは。私の手が震えているというのか」


ルーチンの作業ばかりをこなしていたからか、ゲーム会社に就職して久しく忘れていた感覚だ。


怒りからの震えなのか? 悔しさからの震えなのか? 分からない。


きっと全てなのだ。


私の全てを以てあの男に勝ちたいと、そう拳が、私の魂余すことなく、その全てが、そう吠えているのだ。






     *






デバッグおにいさんの朝は早い。


朝五時に起床すると、まずは走り込み。


五時四十分に帰宅すると、特製スムージーとバナナを摂取する。


六時から七時までゲームを嗜んだ後、三十分目を休め、在宅で依頼されたデバッグを行う。


その後もう一度目を休め、仮眠を取り、鶏のささみを中心とした高タンパク低カロリーを徹底した食事を取り、作業現場に向かい、デバッグ作業をする。


この徹底した生活すらも、全てがデバッグのためなのだ。


デバッグおにいさんこと三分一所おろちに取っては、デバッグは命であると言い切って差し支えない。


青春も、何もかも、デバッグに注いだ人生だった。


「単位、か…」


ふと大学の学生証が目に入る。


一体、これがデバッグの何の役に立つというのだろうか。



今日のデバッグは手応えがあった。


大手ゲーム会社の大きなIPの最新作、とにかくクオリティの高い作品だった。


だが、ゲームが大きければ大きいほど、プログラムスパゲッティに介入しやすいのだ。


今日の成果は普段の3倍ほどといったところだろう。



今日はすこし疲れているらしい。


これもデバッグのため。今日はもう寝よう。


そして俺、三分一所おろちは眠りについた。






     *






───夢を見た。


それはデバッグの夢。


「やたらリアルだな。VRモノかあ」



気がつくと自分は、中世ヨーロッパのような市場の真ん中にぽつんとただ一人立ち尽くしていた。



「さて、まずは」


唐突ではあるが、焦りはない。


なにせデバッグだけが人生なのだ。


だから俺の見る夢は全てデバッグの夢であり、これもそのひとつなのだ。



民家の一軒一軒を触り、メッシュに当たり判定が付いているか確かめていく。


「なるほど、ここだな。っと…その前にメインクエストのフラグを回収しておかないと詰むかもしれない、それっぽいのを探すか…」


情報収集なら酒場、と思うかもしれない。


だが、ゲームで初手酒場というのは以外にも少ない。


そして初期位置の市場は大分発展している事から鑑みるに、まずは宮殿に向かうのが正解だろう。


当たりを見渡すと、すぐに宮殿は見つかった。


さ、向かうか。



「ちょっとそこな方! お時間よろしいですか!?」


宮殿に向かい始めたところ、女性の声が聞こえたので振り返る。


そこには、絹のように滑らかな黒髪を持つ美少女が俺を見つめていた。


「はい、何ですか?」


「シキナキ、シキナキを見ませんでしたか?」


「ひであき?誰だそれは」


「ひであきではありません! シ・キ・ナ・キ! 脚竜のシキナキです! 白い脚竜です!」


「まさゆきだか、きゃくりゅー?だか知らないけれど、俺はここに来たばかりで分からないな」


「そうですか…では…」


「ああ、ちょっと待って欲しい」


「はい?」


恒例のアレをしなくちゃな。



思考回路に電撃が走る。


建物のメッシュは理解した。だが次はキャラクターのメッシュと当たり判定について調べる必要がある。



俺は名前も知らない黒髪の彼女の乳を揉む。


それと同時に、俺の服が弾け飛び、筋肉が膨張し、目が鋭くなるのを感じる。


「ふむ…」


「きゃっ…」


柔らかい。だが柔らかいだけではなく、その中にも弾力やハリを感じる。

モデラーとスクリプトを組んだ人に敬意を表したい。


「いいモデリングをしているね。では次は後ろを…」


「へ、変態〜!」


女は大きな悲鳴をあげる。


「こら! 暴れるな! デバッグしにくいだろうが!」


「や〜め〜て〜」


その声を聞き、衛兵が駆けつける。


「そんな馬鹿な! 俺はデバッグをしているだけのおにいさんなのに!」


「パンツタンクトップの男が女の胸を公共の場で揉んでいたら事案だろうが!」


「くっ! 反論の余地がない!」


しまった。


この世界は美しくも残酷だ。


この過酷な世界を生き延びるためには、ひとまず逃げるしかあるまい。


「とっ捕まえろ!」


「こうなれば…」


俺は開けた道を横に向けると、深く深呼吸をする。


「秘技、バニーホップ!」


助走をつけてジャンプ。そして視点を右、左と交互に変えていく。


このゲームエンジンは世界的にシェアの高い『いつもの』だということは分かった。


そしてこのゲームエンジンの汎用コントローラーでは、着地をすれば慣性が消えるが、横を向いている際はバグにより慣性が乗る。



それを応用して、超加速する!


「な、なんだあの奇妙な移動方法は!」


「くっ追いつけない!」


俺はみるみる衛兵を引き離し、逃げることに成功した。


「くそう、まるで俺が性犯罪者みたいな目をして…俺はデバッグおにいさんだぞ…」


あの小娘め…


「いや待てよ。確か脚竜を探しているとかなんとか…」


もしかしたら最初のクエストだったのかもしれない。


お詫びという訳では無いし、微塵も申し訳ないとは思ってないが、とりあえず脚竜を探してみてもいいかも知れない。


お詫びではないが。







     *


───にて


闇だけが支配する世界で、我々は語らう。


「魔王パイセン、ついにデバッグおにいさんが現れたようです」


「ああ、見たとも瀬川クン。よくもグリッチを使ってくれて…このバグ無き新世界で! あの男、デバッグおにいさんを分からせるしかあるまい。出番ですよ、最高傑作の悪魔にして完成形。───よ」


「ええ、一撃で何のドラマも面白みも与えずに終わらせてしまうけれど、それで構わないのね?」


「ああ。ただ、注文を一つだけつけるとするならば…出来るだけ屈辱的なので頼みますよ」

彼女は自信家ではあるが、それに適うだけの実力者だ。

単純にステータスも高いし。


「ねえ、それはそれとして、代償のブツは用意したのかしら」


「ああ、これでいいか」


「ええ、確かに受けとったわ。たーくさん搾り取ってあげる♡」


悪魔にも多様性ってのがある。


だからまあ、サキュバスがマヨネーズで喜ぶこともあるよな。



???

種族:サキュバス

ジョブ:サキュバス

LV.99

HP:8430

MP:1200

魔力:840

力:630

知力:1040

防御力:650

魅力:1380

素早さ:700

運:220


特殊技能:魅了、夢の侵食、変化、透明化、暗視、精気吸収、幻術

種族特性:闇夜に蠢く者(闇夜で素早さ、魅力、魔力、知力に補正がかかり、HPとMPが自動回復速度が上昇するが、日中では逆の補正がかかり、さらに一切自動回復せず被回復量が減少する。屋内では無効)、蝙蝠の爪、飛翔、眷属作成


初投稿です!よろしくお願いします!

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