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三題噺

なんかもうタイトルとか思いつかねーや、えぇい、どうにでもなれ!

作者: てこ/ひかり

「ちょっと、そこの君」

「何ですか?」


 道端で不意に呼びかけられ、金田は立ち止まった。

 二人組の若い制服警官が、険しい表情で歩み寄ってくる。金田は内心舌打ちした。


 こんな真夜中に、早くバイトに行かなければいけないというのに、どうやら職務質問のようだ。何だか急に居心地悪くなって、彼は思わず身を強張らせた。パトカーや警察官を見ると、何も悪いことをしていないのに、妙に胸騒ぎを覚えるから不思議だ。この間の歩きタバコが見つかったか、それとも速度違反でもバレたのか。


 警察官の一人が、肩からぶら下げたトランシーバーで、どこかと連絡を取り合っていた。もう片方が手帳を開き、金田の横に立った。肩幅が大きく、非常に威圧感のある男だった。


「これ落としたの、君だよね?」

「へ?」

「これだよ、これ」

 警察官が金田の後ろを指差した。そこには、先ほど彼がこぼした『愚痴』や『弱音』が散らばっていた。


「ダメじゃないか!」

 もう一人の、背の低い方の男が、甲高い声を上げた。痩せぎすだが、その眼光は獲物を狙う蟷螂のように鋭く、金田の一挙手一投足を見逃すまいと神経を尖らせている。


「こんなところに、勝手に()()こぼしちゃあ!」

「す、すみません」

 金田は頭を掻いた。

「君、名前は? 知ってるよね、ウチの県は条例で、弱音をこぼしちゃダメって決まってるって」

「はい……」

 免許証を見せると、警察官はまたトランシーバーでどこかに連絡を取り始めた。会話の途切れ途切れに、『条例』とか『違反者』という言葉が聞こえてくる。これから”減点”されるのだろうか。金田は急に目の前が真っ暗になった気がした。


 『弱音禁止条例』。


 20××年。公の場で愚痴や弱音をこぼすことは、聞いている者の精神に不快な思いをさせるとして、近年全国の都道府県で取り締まりが強化され始めた。


 きっかけは都内で『家事・育児で疲れている妻に、夫が思わず仕事の愚痴をこぼしてしまう』という凶悪犯罪が起きたからだった。これに憤った全国の主婦・主夫層が立ち上がり、『♯愚痴・弱音をこの世から追放しよう!』という運動が盛んになった。


 子供が怪我すると危険だから、公園の遊具は撤去しよう。

 魚が可哀想だし、残酷だから、池で釣りは禁止しよう。

 犯罪者の部屋にあった漫画やゲームは、よく分からないけど危なそうだから、発禁にしよう。


 それと同じような感覚で、愚痴や弱音もまた、最早気軽には発言できる時代ではなくなってしまったのだ。

 

「早く、拾って」


 警察官が、道に散らばった金田の愚痴を足蹴にした。暗い夜道では、屈強な二人の影が余計に怖く見える。自分の愚痴を覗き込まれて、金田は急に恥ずかしくなって顔を赤らめた。


「何々……『仕事に行きたくない』って? そんなもん、出勤前は誰だってそうだろ。別にわざわざ公の場でこぼさなくたっていいだろう」

「『月曜日は休み明けで憂鬱だ』ぁ? あったりまえだ、定年前のうちの親父だって、同じこと言ってらぁ」

「すみません……」


 警察官が顔を見合わせ呆れ果てた。金田は慌てて自分の弱音や愚痴をかき集めた。無意識のうちに、金田の口からこぼれ落ちていた愚痴や弱音は、あっという間に両手一杯になってしまった。

「じゃ、これからは決して、誰にも弱みを見せず、気丈に振る舞うように」

「はい……あの」

「何?」

「点数は引かれないんですか? 交通違反だと……」

「いやぁ」


 すると、警察官二人は急にまごつき、気まずそうに顔を見合わせた。


「点数を引くと……なんていうかさぁ」

「そうなんだよ。書類の手続きが面倒臭いっていうか……その」

「え? 今面倒臭いって言いました?」

 金田が驚いて顔を上げた。警察官二人は慌てて首を振った。


「それって、もしかして”弱音”では?」

「いやぁ! 違うよ。これはその……つまり、『ペーパーレス化』だよ」

「『ペーパーレス化』?」

「そう」

「書類の手続きが面倒なんじゃなくて! 書類の作成を省くことによって、地球の環境に貢献しているんだなァ、僕たちは」

「……ちょっと言い訳が苦しすぎません?」

「全然! 全然言い訳なんてしてないし!」

「あぁ。これは言い訳じゃなくて……『言葉の洗濯』だね」

「確かに。『言葉の洗濯』。汚れちまった言葉を都会のオアシスが洗い落とし、綺麗にする。素晴らしいことじゃないか」

「言い換えてるだけじゃないですか! なんだかんだ取り繕ったって、結局中身は言い訳なんでしょ?」


 背の高い方が咳払いして、二人が金田に覆い被さるように迫ってきた。

「君ねぇ。君だって、わざわざ点数引かれたくねぇだろ? これは君のためでもあるんだよ」

「ご、ごめんなさ……」

「これはちょっと、お灸を据えて上げないといけないかなぁ……」

「ひぃい……ッ!」

「ちょっと」


 すると、今度は後ろの方から、また別の二人組がやってきて、金田たちに声をかけてきた。年配で、その二人もまた、同じく制服を着た警察官であった。先に金田を職質していた若い二人が、やってきた応援組を見るなり、弾かれたように背筋を伸ばした。


「アッ先輩! ご苦労様です。どうしました?」

「うむ。先ほどここら辺で、『言い訳禁止条例』に違反している二人組がいると、通報があってな。お前ら、どこかで見かけなかったか?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 星新一の短編を読んだ事を思い出してしまいました。何か「条例違反」て題目でありそうで。楽しく読ませていただきました。
[一言] 面白く読ませていただきました。 でも、こんな条例は嫌だな。 私、すぐ捕まっちゃう(笑)。  文のノリがいいですね。
[一言] 面白いです。 こんな世の中になったら、イヤやけどw
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