愚者たちの輪舞
ダンジョンボス討伐の褒賞として、地上への転移魔法陣が現れる。勇者の背後に。ぼくが飛び込むには遠く、下手に動けば聖剣を抜いたままのカーグが斬り掛かってくるだろう。
位置取りまで考えての追放宣告か。お飾りの勇者も、こんなときに限ってちゃんと役目を果たしてる。
「で? これからどうするつもり?」
ぼくは可能な限り、穏やかに冷静に話しかける。
ダンジョン最深部でレベルリセットされた亜人の混血孤児の追放。生かして帰す気があるとは思えない。考えなしの寄り合い所帯とはいえ、相手は勇者パーティ。いまやレベル1の支援職に、身を守る術があるかどうかは微妙なところだ。
「全員一致で、貴様の追放は決定している!」
「それはもう聞いたよ。帰還魔法陣の前でわざわざ宣告するってことは、ぼくを帰還させる気はないのかな?」
「当たり前だ。これはダンジョンボスを倒した、栄えある“勇者パーティ”のための帰還魔法陣なのだからな」
「へえ」
王国政府が人間至上主義の正義を貫くとしたら、だ。最難関ダンジョンを踏破し亜人討伐の成果達成した勇者パーテイに、“人間もどき”が含まれていては外聞が悪い。
それはわかる。問題は、ここで大人しく逃がしてくれるかだ。置き去りだけなら嫌がらせにしかならない。ぼくも“足手まとい”のいない単独行動であれば地上への帰還くらいできる。雑魚だけ削ってレベル上げをしながら、罠と戦闘を避け続ければ良いだけだ。ゆっくりのんびり行こうとも、二日もあれば戻れる。
この計画を考えた者たちがそれを理解していて、ぼくの能力を王国への脅威と考えてるなら、確実に殺しにくる。自分の推測が正しくないことを願うのは初めてだ。
「荷物を出せ。すべての返還を要求する」
「いいけど、本気でいってる?」
ぼくが空間魔法の“収納”で持ってきたパーティの荷物を、ここで引き渡せというのだ。
それはかまわない。レベル1に戻って魔力不足から急速に容量が圧迫され、さっきから腹の底がどんよりと重い。腹パンどころか、ちょっと走っただけで吐きそうな膨満感。むしろ、さっさと吐き出したい。
「お前の持っているものは、栄誉も物資も褒賞も、何もかも、得るべき者が得る」
「渡すのは、全然かまわないよ。そんな能書きなしでも、もともと返すつもりだし」
持てるのであれば、好きなだけ持っていくと良い。
預かっていた物資を“収納”から出し、周囲にどんどん放出していく。整理整頓もされず分類もされず、中身も用途も不明な大量の木箱や樽や袋や筒が、ぼくとカーグの間に溢れて見る間にうず高く積み上げられていった。
半分ほど出したところで、ようやく気持ち悪さが弱まってきた。一辺二十五メートル弱はあるボス部屋の隅が、いまや廃品倉庫のように物で埋まっている。その光景に、パーティメンバーは皆あんぐりと口を開けて固まっていた。
天蓋付きのダブルベッドまで出てきたのには、ぼくも呆れたが。
「……これ、わたしの」
“癒しの聖女”ミネルが、困惑した顔でベッドを見る。他のパーティメンバーと同じく、周囲から持て囃され崇め奉られるのに慣れた彼女は増長し高慢になって、癒されるには程遠いが。
「ああ、たしか最初にパーティを組んだ頃、預かったものだ。何度も返そうとしたのに、いつか使うからって言い張ったのは“聖女様”だよ?」
彼らが高難易度ダンジョンに潜り始めたのは、勇者パーティに選ばれてからだ。つまり、最初からぼくが支援職として参加していた。そのため高位冒険者が当然のように身につけているはずの常識――長期遠征になる場合の荷物の整理整頓とか、可能な限り軽く小さな品を選ぶとか、そもそも持ってゆくべきかどうかを選択するとか――そういう最低限の常識さえないまま、ここまできてしまったのだ。
ダンジョン内では簡易ベッドで我慢してもらっていたけれども。たった三日の攻略で毎日数回の“浄化”と“回復”、夜は“防壁”付き個人天幕(夜通しの見張りは、ぼく)まで要求するような連中は、周辺国と戦争になったら前線でどうするつもりなんだろうか。
そこまで考えて、もう知ったことではないと思い直す。
「これで半分くらいかな。全部を出すと、まだ二頭立て馬車で二、三台分くらいある。この際だから、全部返しておこう」
本当は、もっとある。“収納”の中身を簡単に選別して、役に立たなそうなガラクタと自分では使い道のない彼らの私物を集中的に吐き出す。冒険者仕様の毛布とか携行食とか、使えそうなものは取っておこう。収納してから一回も出してなかったし、搾取された報奨金の代わりだ。
「そこに“戦士様”の甲冑を出しておくよ。こっちの木箱は服と靴……と、なんだこれ、魔導書か? そこの山は“賢者様”のだ」
荷物の選別に気を取られた演技を続けるぼくの背後で、地面を踏みしめる音がした。どこか別の場所では、詠唱を始める声も。
やっぱりね。積み上がって視界を塞ぐ物資を遮蔽にして脱出しようと思っていたのに、回り込まれて囲まれたみたいだ。せっかちな話だ。ぼくがレベルアップするのが、そんなに怖いのか?
「おおおぉ……」
背後からの攻撃を軽く躱して足元に予備の甲冑を転がす。突進する勢いのまま魔導甲冑の“絶対防壁”に弾き飛ばされた巨漢ダッドは大きく宙を舞ってダンジョンの床に激突した。
自分の予備装備に吹っ飛ばされるっていうのもおかしな話だ。兜の面頬を歪ませているが、たぶん死んではない。
「おのれ!」
木箱の陰でぶわりと魔力光が吹き上がった。頭を下げて飛び退ると、目の前で剣先が空を切る。炎が軌跡の後を追って、積み上げられた水樽と酒樽を粉々に吹き飛ばす。超高温の斬撃で派手な水蒸気が上がり、周囲を白く覆い隠した。
「勇者の剣を、避けただと⁉︎」
あんだけ詠唱が長ければ魔物だって避けるだろう。その上、ご丁寧に叫び声で攻撃するのを教えるだなんて。攻略前の訓練で伝えたぼくの忠告、なんにも聞いてなかったんだな。
水蒸気に隠れて円を描くように左後ろに回り込むと、死角から分銅入り革帯を渾身の力で振り抜く。服の上から腰に巻いていたものだが、誰も武器とは思っていなかったようだ。
「貴さ、まぶッ⁉︎」
先端に重量のある分銅を仕込んだそれは、ふつうの人間が無防備に食らうと簡単に死ぬくらいの威力はある。
相手が“無敵の勇者様”とはいえ、顎下に叩き込まれたとなれば無事では済まなかったらしい。振り向きかけた姿勢のまま脳を揺らされ、カーグは意識を失って前のめりに倒れる。
わずかに胸の奥が温かくなって、吐き気と気怠さが急に消えた。レベルアップしたのか。
試しにステータスを確認してみたら、意外なことにあっさりと表示された。“鑑定”は上級魔法のはずなんだけど……
・名前:アイクヒル(16)
・職業:守護者(レベル3)
・HP:22/30
・MP:30/30
・スキル:“看護”
・習得魔法(初級):“収納”“浄化”“防壁”“窃視”
……あれ? なんか知らない名前の初級魔法がある。ステータスが見られるようになったってことは、“鑑定”の下位互換か。“窃視”っていうのはあんまり印象が良くないな。
“戦士”と“勇者”を倒したことで破格の経験値が得られたのかと思ったら、レベルはたったの3だ。数字の上がり幅はさほど大きくない。ふたりを殺してないからか、それとも彼らの力はそれほど大きくないのか。
「おおおおおのれぇッ!」
水蒸気が風魔法で吹き飛ばされ、その奥に杖を構える“賢者”エーカムの姿があった。向かってくる単細胞なら捌きようもあるが、守りを固めた敵にこちらから距離を詰めるのは難しい。砲台特化の魔導師に対して、いまのぼくは対処能力がない。
参ったな。これ、下手したら死ぬかも。
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