落ちてきたもの
ぼくらは魔物の死体と武器を素早く手早く回収して、崖の縄ばしごまで戻る。
「ねえネル、人喰い鬼は美味かったけど、大岩熊は?」
「わからない。仕留めたひとなんて聞いたことないし。冒険者なら知ってるかもしれないけど」
「だよね」
残念ながら、ぼくは知らない。こんな“ダンジョン最深部のさらに奥”ならともかく、あんな化け物が人里近くに出るわけがない。単身で活動していた中堅冒険者なので、あまり大物の討伐経験もない。
森林軍猿に至ってはそもそも王国に棲息する魔物じゃないみたいだし。どこの生き物なんだか。
「森林軍猿は美味しそうじゃないね。硬そうだし、食べるとこ少なそう」
「うん。とりあえず持ち帰って、カイエンさんに訊いてみよう」
呑気な会話をしながら縄ばしごを乗り継いで崖の上まで出る。集落の方から誰か走ってくるのが見えた。
「アーシュネル! アイクヒル!」
あれだ。初めて会ったときは人狼かコボルトかわからなかった、犬系獣人女性のイーフル。明るいところで見ると、どうやら人狼みたい。艶々した毛並みとほっそりした口吻の形、改めて見るとけっこうな美形だ。最初に会ったときはボロボロの瀕死状態だったからな。
そして人狼の特徴なのか、走る姿がすごく凛々しくて優美だ。いまはどうでも良い話だけど。
「どうしたの?」
「亜人の、集団が溢れ出したの。転移魔法陣から」
「「?」」
よくわからないので、ぼくとネルはイーフルの後を追う。途中でいくつか折れた棍棒やボロボロの剣が転がっているのが見えた。あちこちに血溜まりも。
「ねえ、イーフルこれ!」
「大丈夫、それゴブリン。みんな倒した。誰も怪我してない」
ぼくの質問に、人狼少女は前を向いたまま答える。こともなげに、何の感慨もなく。
「みんな、って。何体くらい来たの?」
「えっと……三十ちょっとかな」
イーフルはあっさりと答える。そりゃオークに比べれば弱いけれども、三十以上ともなれば、主戦力のネルがいない集落では本当に仲間を守り切れたのか不安が残る。
ぼくが目をやると、ネルは走りながら微笑んだ。
「たぶん、あたしと同じように、みんな変わったんだと思う」
「そうね。アーシュネルほどじゃないけど。変わったわ」
先導していたイーフルは、振り返りもせずに答えた。なんだか、心のなかに葛藤があるみたいな感じ。その理由は、よくわからない。
「本当に、驚いた。自分の爪が、ゴブリンを群れごと切り刻んだときは、唖然としちゃった」
「すごいね」
「あなたがそれをいうの、アイクヒル?」
わずかに足を緩めて、ぼくを振り返る。ちらりとネルに目をやって、視線を落とした。
「こうなった理由が何なのか、わからないほど馬鹿じゃない。あなたは、何者なの」
何者って……“守護者”なんだけど、説明に困る。たぶん、ふつうのひとはそんな職業を聞いたこともないと思うし。何をする職業かといわれてもまた説明しにくい。人間至上主義の総本山である“聖女教会”以外では、ステータスを見ることもできないのだから、亜人は一般に自分のステータスを知らない。職業を意識することもない。
「みんなを、“守護る者”、かな」
「わからない」
「そうだろうね。でも、ぼくも自分の力を全部を理解してはいなくて」
「ちがう。わからないのは、あなたの能力じゃない。それは疑いようもない。わからないのは、あなたが……あなたの、その力が」
イーフルは背を向け走り出す。集落が見えてきた。
「わたしたちを、どこに向かわせようとしているのか」




