奇妙な追放
「アイクヒル、貴様を追放する!」
「えー」
ぼくの前にふんぞり返って偉そうに宣告してきたのは、勇者カーグだ。
死にかけ滅びかけの老害王国が、ようやく手に入れた“救国の勇者”。たしか十七歳で、ぼくよりひとつ年上。でも頭の中身は七、八歳くらいに思える。
「なにを驚いている、無能が。当然の結論だろうが」
「ああ、結論はね」
追放自体は、予想してた。まあ、そうなるよね、とも思う。けど……いま? ここで?
彼の後ろには、満身創痍で虫の息になったダンジョンボスが転がっている。いくらなんでも、もうちょっと時と場所を考えたらどうなんだ。
ぼくらがいるのは、王国でも最難関に数えられるダンジョンの最深部にあるボス部屋だ。
王国に点在するダンジョンのなかでも、“深潭”の別名を持つここは、攻略不能とまでいわれる前人未到の難関だった。
魔物の数や強さも桁外れだが、それ以前に陥穽が多い。大小様々な縦穴のなかには数階層、数十階層ぶち抜きのものまであって、墜死者や行方不明者が絶えないのだ。おまけに飛翔系の魔物が多く、常に視線を上に向けなくてはいけないという嫌らしさもあって、一般の冒険者からは凄まじく嫌われている。
各フロアは広大ではあるけれども、地表から数えて三十階層と数そのものは多くない。ただし五層以下はひとが入っていないため泥や地衣類が分厚く覆り、穴が地面と同化していたりして危なっかしいことこの上ない。
そんな面倒な地形を、ぼくは注意力散漫な勇者パーティに細かく指示を出して、小ガモでも誘導するように必死で導いてきたのだ。当の本人たちは、その恩をまったく感じてないようだけど。
こんな無茶なダンジョンは放置しとければ良いのに、ここのダンジョンボスは現在の王国にとって喉から手が出るほど欲しい“紅玉の魔珠”を持っている。
どうやらこの魔珠、亜人に状態異常をもたらす特殊な力があるらしく、人間至上主義の王国にとっては対外戦争の切り札となるものなのだとか。
身勝手な理屈で周辺国すべてに攻め込んだ挙句、度重なる敗戦と経済破綻で滅びかけたというのに。反省どころか逆ギレで再侵略を画策しているとか、まったくもって度し難い。
それはまあ、ぼくにはどうでも良いことだ。
「おいカーグ、早くとどめを!」
「土魔法の拘束が、もう持たないぞ!」
パーティのメンバーからは、当然の指示が飛んでくる。そらそうだ。ぼくへの罵倒やら能書きやらは帰還後、せめてボスを倒してからにするべきだろう。
彼らに囲まれて悔しそうな唸り声を上げているのは、ダンジョンボスの月追い魔狼。体長十五メートルを超え、咆哮で天変地異を呼ぶという魔物だ。いまは全身に毒が回ったところを切り裂かれ、骨を砕かれて身動きすることもできない。
さすがに苦戦はしたものの、なんとか人的被害は出さずに倒せそうだ。ぼくも可能な限りの支援を行ったが、脳筋の彼らには何もしていないように思えたらしい。
その麻痺毒を弩で打ち込んだのも、魔狼の災厄咆哮を“抵抗”してるのも、自己回復魔法を“妨害”してるのも、ぼくなんだけどな。
「ああ、とどめだ、アイクヒル!」
わざとらしくこちらに笑みを見せた後でカーグが“炎の聖剣”を振るう。なにそれ。本来殺すべきなのはダンジョンボスじゃなくて、ぼくだとでもいいたいのか。いいたいんだろうね。
首を斬り落とされたダンジョンボスが無数の魔力粒子となって霧散すると、ファンファーレに似た音が鳴り、勇者パーティの面々はそれぞれが光に包まれる。
彼らは、ダンジョンボス攻略によって、大幅にレベルアップしたのだ。百二十か百五十か、もっとか。数字は知らない。興味もない。
そしてぼくの身体からは、逆に光が抜けてゆく。
ニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべて、カーグがぼくを見下ろした。
「これで晴れて貴様もレベル1だな、無能め」
次は18時更新!