愚者 勇者手向ける
負けたはずの白島は笑みを浮かべていた。
黒島の考えていた最もアイツらしいかつ、こんな時まで相変わらずなあいつらしいやり方ではあった。
しかし、正義の観点では、一応勝負という形で勝ち残った黒島がなんとも悪で、白島が正義と思われてしまうばかりであったのだ。
それも、あいツの普段の行いから出る紳士の如きプラス値。
誰かが教室でふざけていて白島にぶつかった時、白島が「次から気をつけたらいいと思わないか?」と言っただけで周りの目の色が変わった。
みんなあいつを心からいいやつで紳士で尊くてまるで神のようだと思っている。
うちの担任が白島に対してなにも言えない。
自分が持っている担任の権限を行使するよりも圧倒的に白島派閥の、クラスの報復が怖いからである。
そんなスーパースターは俺の手、すなわち黒島の手に堕ちた。
もちろん、黒島は愚令を解除するために白島の命を奪う訳だが、もし、自分だとバレたらというクラスの集中リンチにこの異世界で、肉体的にも精神的にも耐えられる余地はない。
担任は未遂であっただけで元からない人望をひとクラス分潰しただけだ。
黒島は人望どころか常にそのことだけはバレないようにする必要があり、ふとした時に考えに出てしまって、それを読み取る能力がこの世界に、またはクラスのやつにあるとしたらこれ以上のピンチはない。
しかし、現実に戻ればまだ殺す前であり、誰にも知られていない。
ならば、こいつの言葉を信じて、命を委ねさせてもらう。ほんの数時間だけ。
タイムリミットもあと半分と少しか。ならば、コイツに聞けるだけの情報とその中で何とかこの個室生活から抜け出す準備が必要である。
しかし、この怒りを抑えねばと黒島は白島にやけくそな感じで恨みがましく言った。
「白島、お前はわざと負けた。絶対だ。
お前ほどの完璧野郎は俺が何を出すかだって洞察力と反射神経でどうにでも出来た。
そしてどうにもした結果負けを選んだ。
お前は分かってたんだろ。
俺が普通に戦ってもお前に負けるわけないって。
もし物理的に、正攻法で戦ったら流石に手を抜いてることが分かっちまうからな。
お前はそうしない為に運と言った。案を強調した。
運勝負なら仕方ないって言い訳つくもんな。
くじ引きであれば、作為的な面よく見せなければいけないだろう。
そしてなかなかいい案が無くてこれだ。
俺はお前の性格を知っている。
それは学校だけのものじゃなかった。
お前が帰りに捨て猫を空き地で他に見つからないように育てていたのを見たよ。
でも、お前は部活があって、なかなか面倒も見れず、その捨て猫は死んだ。
それをお前は団地にお墓を作った。俺たち高校生にも出来すぎた墓をな。
そして、わさわざ、初めて子猫とあったアスファルトのところに花向けをするのはお前くらいだよお人好し。
今回は俺を殺せなかったって?でもさ、こっちからしたら関係ないな。
何故なら俺も罪悪感を負うからだ。
だから今回のお前の優しさに救われたようなもんだ。
ありがとう白島。友達になれるような気はしたよ。
約束通りお前を殺す権利をもらう。
最期に何か言っておきたいことはあるか。」
すると白島は急に影が射したような表情で少しうつむきながら言った。
「そうか、捨て猫のアレを見られていたのか。
なにも知ってない訳じゃなかったんだね。
寧ろクラスのみんなよりかは僕のことを知っててくれた親友と言うべき存在だったかもしれない。
悔しいな、友達になれそうだったのにな。
そんなこと言われたら、もう負けてよかったなんて口が裂けても言えなかったよ。
ぅっ、僕が優しかったのはもとより君を本当の意味で殺そうと出来なかった僕はここね死ぬにふさわしいね。
そして、んっ、くっ、、ぁありがどぅっ。よくぞっ、ぼぐをぉっ、だおしただんだぁっ。
みんなに、、お別れできないのも寂しいけれども、学校のうちで君と仲良くなれなかったのが1番の後悔だったと優しくあり続けた僕の飾り気のない本心だよ。
あとさ、これは君が知っているかはわからないけど、僕って意外と用意周到なんだ。
そこの机の引き出しに手紙が2通入っているんだ。
1つは元の世界の妹へ。1つは七瀬ことりさんへ。
実はさ、ここだけの話、ことりさんのこと好きだったんだ。
他の女の子みたいな褒めちぎるとかじゃなくて勉強で素で僕と張り合ってくれてるような気がして。
もうここまで言うとラブレターな感じがするけどちょっと違うんだ。
中には、「僕のことを忘れないで。」って書いてあるんだ。
僕はお世辞でなくても身なりはいい方だと思ってた。
でも、それだけじゃあの子には届かないかもって。
だから、敢えて君との距離を置くと言うようなニュアンスの手紙なんだ。
彼女なら頭がいいから必ず紐解ける筈だ。
もう一つの妹への手紙は、、君が持っててくれ。
少し無理なお願いかもだけど、元の世界で妹に渡してほしい。
中身は残念ながら君にも教えられない。
シスコンだって言われるかもだけど大切な妹なんだ。
確か、君の家から近いコンビニの茶色いログハウス的な雰囲気が出てるお店があるだろう?
そこだからさ、ほらっ今察したでしょ?お願いだよ。
でさ、一言兄はお前のこと大好きだって伝えて欲しい。お前に対する優しさで学校だってやってこれたんだってね。
…ふぅ、少し話しすぎたかな。今日限りだから許してよ。
さて、君にももう一度言っておくよ。ありがとう。仮面の僕を剥いでくれて。
来世でまた会えるかもね。それじゃ、君の手で終わらせてくれないかな。」
そう言って白島が黒島を見るとそこには無言で涙を流し俯く黒島がいた。
黒島はケッ、と嫌そうに、ここまでやっといて用意周到じゃなかったらなんだよと心の中でぼやく。そして、
「ああ、最高に胸糞悪かった。お前なんて嫌いだ!大っ嫌いだ!
言いたい事ばっか言いやがって。殆どもう願望じゃねーか。
いいよ、最高のお人好しに勝てなかったってことで全部引き受けてやるよ。
そして、お前を終わらせる。」
そうして黒島はナイフを取り出し、白島の細く白い首の側面辺りに刃を当て、かつ斬り飛ばさないようにと花向けの気持ちでありながら構えた。
そして、一瞬で部屋から退散し、返り血を浴びないようにベッドのシーツを被ると最後にこう言う。
「最後にこれだけは言っておく。クラス委員お疲れ様。大好きだ、親友。」
そう言って、ナイフに力を入れ喉を切り裂いた。
手に感触は残ったが、そのまま振り返らなかった。
お互いに伝えたい言葉と欲しい言葉が合致したのだ。
交わす言葉はもう不要だった。
とはいえ、もう片方は何も語らない。
こうして、2人の勇者による1人の勇者殺しは闇に覆われた。