愚者 悟られず仕掛ける
黒島は考える。
この世界に本当に必要な人間は誰かを。
そして、それが俺か白島の2択だったらどちらだろうかを。
考えた上で白島が生きるべきだと普通誰だって思うだろう。
対して相手にされないような袖とピカピカでみんなを惹きつけてやまないタキシードだったらとてもわかりやすい。
とにかく有象無象凡百より性能の良い方をとる。
そして、今回は服ではない、人の命である。
黒島か白島、俺かアイツである。
正直にいって、俺なんかが最初勇者で良かったのかと何度思ったか。
まぁ、実際あまり思う時間さえ無かったとは思うのだが。
そのあとにどん底に落とされた俺の気持ちをわかって欲しい。黒島は悩み悩む。
そして、問題はその後だ。
もし、俺が愚令に沿って勇者殺しをするのなら。
そもそも俺がアイツを殺せるのかと。
アイツは特別だ。
もっと何か特別なスキルを持っているかもしれない。
聖剣生成だけな訳が無い。
そんなやるやらないより出来る出来ないが浮かんでくる。
だが、そうやって自分の出来なさに考えを自分が卑屈になるように考えるたびに自分とは言えない声が囁く。
勇者をも凌ぐ強さを有すると。
卑屈にもなれない。
だが、アイツに勝てる気もしない。俺の手元にある「鑑定」、「収納」、「念唱」これらを駆使してどうにか勝たねばならない。
幸い、アイツには個人的に目をつけられていない。
そして「念唱」、一瞬目を瞑れば無詠唱と同じ効果を得る。
あとは火力、つまりは武器だ。
今は武器を得なければいけない。
実践できなかった矢先に武器ももらえていない。ナイフ、ナイフさえあればひとまずは。
そう思った黒島は、わざわざ個室から離れたところにいる兵士に武器庫の場所を聞いた。
兵士は黒島を勇者と勘違いしているようで、ナイフの感触を確かめたいと嘘を感知する仕様のうらをかくように練習のためという言葉を濁した。
これが騎士団長であればおそらく勘付かれていたであろうが兵士だ。嘘が続く限りどうにでもなる。
早速武器庫に忍び込んだ俺はそこら辺にかかっているナイフではなく、木箱の中に入っていたより量産品のナイフ二振りくすねた。
これは当分はメインフェポンになるだろう。リーチは短いが投げやすく、力も入れやすい。
木箱を覆っていた布も頂戴する。返り血を防ぐために。
その他の高そうな金属片を少しあさる。
不自然ではない量を持つ。路銀に交換するためだ。
その際に1つの指輪が落ちていた。
黒島は思わず、その指輪の輝きに目を囚われていた。
その指の宝石はアメジストのような紫色を放っていた。何か効果があるかもしれない。
それを鑑定すると黒島は黒い笑みを浮かべ、武器庫を去っていった。
兵士に素振りから戻った旨を伝え、個室に到着。
まずは、この後の状況を簡易的に整理する。
早くしなければ、アイツは寝てしまう。鍵がかかってしまう。
よって、今すぐ用事を装い、あいつの部屋をノックする。
用事なんて勇者のことで少し情報交換がしたいとか適当にでっち上げてそしたら開けてくれるはずだ。
ハリガネを使って開くなんてスキルを持ってからやってみるべきだ。時間はかけられない。
それだけ、やるにしても時間を伸ばせばタイムリミットは減るし、この辺の警備も厳しくなるだろうし、不確定要素が増える。やるなら今だ。
多分、聞き耳スキルなんてここで発動してる奴なんていないだろう。しかし、それは入ったら用無し。
あの個室は防音のような作りだったと思う。白島と話してた王様が言ってた。
勇者を手足として迎えようとした割にはいい個室を用意するじゃないか。豪勢はここまででいい。
壁と床は音がなりやすいから音を立てないように。
そう締めくくって俺は「収納」でナイフを二振り隠し、指輪も収納していく。
相手の「鑑定」対策。表には何も持っていない。完璧な制服姿、表立ったあやしさはない。
あとは俺のペテンが通用するか否か優男。
俺はもう止まらない。止まらないんだ。
これが実戦訓練後なら、レベルが上がっていたなら勝負はなかったかもしれない。
ある意味で、少し試してみたくなった自分がいる。葬り去る。
そういえば、あいつを殺すか殺さないかで迷っている時、やけにもう殺そうという思考が頭を占めていたような気がする。そんなにやる気だったのか俺は。
楽しくはない。でも、やらなくてはいけない。やるべきではない。でも、やらなくては俺が死ぬ。
そして、俺は自分の個室のドアを開ける。
アイツのスペックを俺の後出しで徹底的に封殺する。俺の覚悟が始まった。