プロローグ 死者
「おい!何故こんなことに!これは由々しき事態だ」
「ほんとよ!厳戒態勢を敷いてちょうだい!早急に」
王様と王女の怒気と焦りを孕んだ声が聞こえる。
そう、俺たちは昨日、異世界から転移した。
俺たち担任を含めたクラス21名は教室ごと謎の魔法陣に覆われて気がついたら異世界に来ていた。
そこからのシチュエーションは予想通り、王様と王女が現れ、流れ通りのステータス確認とこの異世界の現状を知った。
曰く、魔物が跋扈しているということ。
曰く、それは、魔族の仕業であること。
曰く、魔族および魔族を統べる魔王の討伐を求めることを開幕早々と言わんばかりにまくし立てた。
俺は異世界のお約束かな?と思ったが、クラスメイトには何もピンとこなくて震えている奴ら、状況が状況で周りを警戒する奴ら、そして、クラス全員の前に立ち、クラスを諌める者がいた。
そいつは、白島優希という。
いわゆる、クラスで女子にはモテモテ、ハイスペック超人、クラスの中心とまで言わしめる。
もちろん、男子の嫉妬の的ではあるが、そんなのは子猫を鳴らすように受け流される。
むろん、そんな男が今回もみんなの前で雄弁を放っている。
「みんな、焦ることはない。自分たちには特別な力があるんだ。今日のところはみんな混乱しているから、実戦とかそういうのは断ってみるよ。」
そういって、王様と王女に交渉を始めた。
まったく、主人公はああいうような奴がやるんだと見せられた気分だった。
女子も「頼りになる〜」とか「優希様〜」とか煩い。その通りだけども。
その後、巧みなる交渉術によって、実戦訓練はなしとなった。
むしろ人の上に立てる器だとかなんとか王女に褒められてたじゃねーか。そうか。
それからもやはりみんな沈黙を纏って個室に入っていった。
ベットに洗面台、トイレ、クローゼットとまぁ、一人暮らしには困らねーなという部屋に入っていった。
異世界の初夜はみんながビクついて更けていった。
そして今に至る。みんなは寝静まったであろう夜が明けたら、王様と王女のオペラ声がサイレンのように深刻な事態だと告げに来た。
つい今朝のことだ。
そのサイレン声とやらで眠気が飛んで怒気を孕んだ俺だが、外はどうやらそれどころでもないらしい。
何も知らないようなふりをしてみんなが集まっている白島の部屋に集まる。
するとそこには首を頸動脈を切られて明らかな出血死を遂げている白島優希の姿があった。
みんなが騒然としている。そりゃそうだ。
元の世界では女子からの人気者、文武両道ハイスペック超人、クラスのまとめ役であり、異世界では勇者だと。
もはや評価が三巨頭を飛ばして四大制覇という人間が非戦にして、自室で殺されている。しかも個室でだ。
しかし、もっとやりようはあっただろうに、白島も。
部屋の中に目立った外傷はない。
ふと、女子連中の方の様子を見てみると、
女子が涙を流したり、怒りを露わにしている。
実はうちの女子も割と強いんだぜ?といってもわからないか。
勇者の次に「聖」とつく職業のものが強いという王様達の指示を仰げば、分かるかもしれない。
そんな女子たちの報復には遭いたきゃないね。
そして、反対に男連中はというと、
いつもは、嫉妬の目を向ける奴らも唖然としている。
強いと疑って思わない奴が2日目で謎の出血死を遂げているんだ。
所詮そんだけのもんよ。野次馬二流だ。
クラスの男はどいつもこいつもクズと根性なしだと心の中でぼやいた。
みんなはまだ白島の遺体の側にいる。瞑想やらなんやら弔いをしたがっている奴がほとんどだろう。
しかし、俺にはそれをやる理由も謂れもない。
目の前の死を見届けた俺は再び知らんぷりをして自室に戻っていった。
正直、今の気持ちは恐怖だった。
改めて思う。
異世界とはいえ初めて手を染めるその気持ちが。立ち止まる大切さが。
なくなっていく、手になじんだ感触。それは徐々に慣れていく。本来やってはいけないことだとしても。
でも、証拠がつかない。そう。個室にあった弱点はそれだ。
贖罪はない。哀れだとは思う。
お前は完璧超人故に、本来正解だった個室を選んだ、それがお前の運の尽きだ。
……ふぅ。でもひとつ言っておく。
お前は人誑しで、みんなを笑顔にして、憎いやつじゃ無かったよ。
俺はこれを隠していく。
誰にも弱みは見せられない。
俺も運が悪い。
ぶっちゃけ、お前より追い詰められているのだから。
だからよ、お前をやっちまったことは墓場まで持ってく。俺が、俺がやったってことを。この黒島恭弥が。