第1章ー1
風邪をひいて頭が痛くて、朝から思わず投稿しております。
熱が下がったら何で投稿したのだろうと思わずにはいられなくなる。多分……
1 女魔王、旅の始まり
漆黒の闇。音も光もない『無』の世界。
永い時を経て闇の中で意思が目覚め始めた。
……ああ、そうでした……私は負けたのですね。と、暗闇の底で魔王は何故ここでこうしているのかを思い出していた。
既に体が無く、体を持たぬ、そう自我のみの魔王は闇の中で復活の時を待った。
そして、動けるような体を得たのは、体が消滅してから丁度二百年後の事だった。
巨大なデーモニ大陸は多くの諸侯からなり、その諸侯をまとめているのがユニバース王家である。が、現王は病気で伏せっていて、その息子である第一王子( ユニバース)が実質的な王代理人であった。と、いってもそれは形だけであり実際は新たな魔王が実権を握っていたのだった。
第一王子( ユニバース)は放蕩の限りを尽くし国内は混乱するかにみえたが、それをうまくまとめたのが現魔王ある。平和維持と称して部隊を駐屯させ、各所で経済活動、インフラ整備、治水事業を推し進めた。荒廃した大陸の再建に乗り出したのだ。
現魔王が大陸を掌握してほどなくだろうか、王都ルドラストームより北に150マイル(240キロ)の所に魔界への出入り口タルタロスゲートがあるが、そこから一人の若者がフラフラと歩き出た。
かつて勇者に敗れた女魔王である。
デーモニ大陸の中央に王国の食料庫といわれる大穀倉地帯サムドラ地方がある。広大な田園は夏の盛りで、遥か先まで緑一面が広がっていた。
どこまでも続く田園のそのど真ん中を通る田舎道に、ぽつりと佇む若者の姿があった。髪の毛は伸ばし放題で線の細い貧相な、しかし目だけはギラギラとした男である。そして、大胆にも逸し纏わぬ全裸であった。
若者はふと空を見上げた。真っ青な空に積乱雲という季節は真夏のど真ん中。じかに照り付ける太陽で立っているだけでも汗が溢れてくる。
その無表情な若者は自分自身のか細い腕、胸、股間にはモザイク、足を見た。
「私が……男ですか?」
魔王は大きなため息をつき首を横に振った。
だが、同時にえもいわれぬ開放感に身悶えする魔王であった。
「裸も悪くないです」
顔を空を見上げて力を込める。しかし、何も起こらなかった。
どうやらまだまだ力は回復していないようですね。でも、この屈辱的な状況でもそれを甘んじて受け入れましょう。私は魔王なのですから。と、自分自身を納得させる魔王に遠くから馬車が近づく音がした。
魔王は再び右手を天にかざし力を込めた。が、何も起こらない。
本当にただの無力な人間ですか……と、落ち込む魔王。
ふいに顔に触れてみた。が、ない。あるハズのモノがなかった。そう、メガネがなかったのだ。
無表情が苦々しい表情に変わった。
この無力な私はいったい何者だというのでしょう? メガネがない。魔王であって魔王ではない。しかし、魔王であることに変わりはないのです。力が戻れば。力さえもどれば……と、いうむなしい思いを繰り返す魔王。すぐそこまで馬車が近づいていた。
いくら眼球に力を込めても何も起こらなかった。魔王はうつむき大きなため息をついた。
「ちょっナニっ! ナニよっ! もう! ちょっとアンタ! 裸じゃないのっ!」
いきなり背後からのかなきり声に魔王は顔を上げ振り向いた。なんとそこには数頭の不恰好な馬に引っ張られた荷馬車。それに乗る大柄な男が興奮し驚きの表情を浮かべていた。身の丈は一八〇センチ以上体重は一三〇キロは下らないであろう大男だった。
魔王は大男をじっと見つめた。サイドを刈り込んだこざっぱりとしたヘアスタイル、几帳面なのか細く丁寧に整えた口ひげ。薄化粧にツブラナ瞳。よくよく見ると人のよさげな顔つきをしていた。
「もうOMGよ! OMG(oh my god略)!」
胸でしきりに十字を切る大男。
「大男よあなたは何者なのですか?」
二百年ぶりに発した声は小声でしかも当然ながら男の声であった。
「ナニモノってただのオカマだわよ! 見てわからない? っていうか大男って言うのやめてちょうだい! アタシは純白のテレコって名前があるのよっ!」
そう言いながら大男は馬車を降りてきた。白いタイツにブカブカの白いフリルのシャツがまぶしかった。確かに純白だった。
「はあ……」
無表情で魔王はその大男をじっくりと見つめた。
「そんなに見つめないでちょうだい! ちょっと恥ずかしいでしょ!」
大男が満面の笑みを魔王に投げかけた。が、その目だけはチラリチラリと投げかけてくるだけだった。魔王の身体は華奢で小さかったが目力だけは失われていなかった。いや、魔力は完全に失われていたのだが、大きな眼瞳と力強い眼光だけは魔王の時のままであった。逆を言うと今の魔王には目だけしかなかった。それ以外は貧粗というほかなかった。
「……あなたはオカマだというのですか……」
オカマとはなんでしょう? ええ、オカマが何かわかりませんが、ここで反論などしてごらんなさい。この大男に犯されてしまいます。私が男であったとしても戦場では関係ありませんから。そもそもここは戦場なのですか? と、思いを巡らせながらもオカマということで納得するしかない非力な魔王であった。
「アンタ、オカマに偏見がある?」
魔王がオカマが何なのか考え神妙な表情になったからだろう、オカマは笑みから一瞬真顔になった。
「偏見ですか? いえ、ありませんよ。ええ、ありませんとも。オカマ大いに結構です」
と、オカマがなんだかよくわからないが言わざるを得ないような迫力をオカマに感じた魔王であった。
「だよねぇ~」
テレコがニコニコしながら馬車から降りてきた。
「当たり前です。だって私は心の広い女ですから」
平然と元魔王は言い切った。間近に見るオカマというテレコは魔王より三回り、いや五回り分は大きかった。そして、そのオカマが魔王を見て驚いていた。
「ちょっとアンタ! 今、『女』って言ったわよね?」
「……ええ、言いました。それがなにか?」
「アンタ、『女』、なの?」
「もったいつけるまでもなく私は『女』です」
「じゃあ、なんでソレがついてんのよ? なんでそんな立派なモノがついてんのよ!?」
テレコは魔王の(モザイクのかかった)股間を恥ずかしそうにチラチラ見ながら頬を赤らめた。
「これはその……」
魔王は自分についているモノを見つめ呆然とした。そう、どう転んだって男だったのだ。
「いやいや! いいのよ! いいのよ! アタシたち仲間なんだから! 大丈夫よ! 大丈夫だから安心してちょうだい!」
「本当に私は女ですが、現実的には男のようですね……ええ、そのようです」
「心は女で体は男。性同一性障害つまりトランスジェンダーってヤツだわね」
「まあ、あながち間違ってはいませんが……」
「で、あればアタシたちは同志よ! 同志えーっと……アンタ名前は?」
「魔王です」
「同志魔王! アタシ、純白のテレコは本日この時間より互いが生を全うするまでアタシたちは同じ道を行く仲間よっ」と、言うと「おお、神よ我等を……」と、ブツブツ言いながら両指を組んで額で祈り始めるテレコ。
「テレコそれは、ええ、その、つまり同志というか……」
そう続けて魔王は言いよどんだ。
その意味を判断し、無理も無かった。恐らくは勘違いをしている。
そう、立場が違うと無表情で立ち尽くす魔王。
「マオじゃなく私は魔王なのです。この大陸を恐怖で支配する闇の帝王なのです」
「ちょっとナニ言ってんのよ! 冗談は裸だけにして頂戴!」
「いえ、本当なのです。本当に魔王なのです。話を聞いてください」
「わ、わかったわよ話ならいくらでも聞いてあげるわよ」
魔王はテレコというオカマに何故こうなったかのいきさつを話した。魔王が勇者と五人の仲間たちと戦い敗れた話をした。それを真剣にテレコは聞いていた。時折、「う~ん……」と、うなっては「そうね、そうね」と、自分自身を納得させていた。
「わかりました?」
「むずかしいわね。でも、わかったわ。あなたは魔王なのね」
「ええ、そうです。私は魔王です」
「とかいう冗談はやめてちょうだい!」と、テレコは大笑いした。「でも、まあ、そういうコトにしてあげるわ!」
「はあ……」
魔王は自分の体を見て、これで魔王だというのも説得力がない。と、思った。
「それよりちょっとは自主規制しなさいよ!」
テレコは魔王の下半身をチラチラと見て顔を真っ赤にさせていた。
「はい? 私? なんでしょうか?」
「んもぉ! 魔王ちゃんたらっ!」
テレコは馬車の荷台に何かを取りに行った。
「魔王ちゃんとりあえずこれを着て。ちょっと大きいかもだけど。昔、若いときに着てたのよ。もう、今じゃ小さくて着れないけど」
魔王はテレコからサイズの大きな青色のなワンピースを受け取った。
「男なのに着るのは女物なのですね……嫌いじゃないですが」
「きっと似合うわよ!」
「テレコ」と、魔王は相変わらずの無表情でテレコを見た。「裸のままじゃ駄目でしょうか?」
「ちょっと! ナニ言ってんのよっ! アタシを誘ってるつもり!?」
「いえ、わかりました。着ます。着ますとも」
「アラ、残念ね」
魔王はワンピースを素早く着た。が、ブカブカだった。
「若い子は何を着ても平気なの。似合うから。でもね、年をとると似合わなくなってくるものなのよ。ね? 体がねえ、わかるでしょ?」
「はあ……」と、魔王はテレコの太った体をマジマジと眺めた。「わかりますよ、多分ですが……」
「ちょっと! 恥ずかしいでしょ! そんなに見ないでよっ!」
「だいたい年をとるって、テレコおいくつなのですか?」
「アタシ? いくつに見える?」
魔王はイチイチ厄介な男だと思いつつ「四十」と答えた。
「いやっ! なにソレ! ちょっとタンタ! いい加減にしなさいよ! アタシはまだ二十五歳よ!」
いずれにせよ私からしたら子供ですね。と、内心思いつつ魔王は「すいません」と、作り笑いをしてごまかした。
「魔王ちゃんはいくつなのよ? 十八くらいかしら?」
「私ですか……」
勇者に倒されてから何年経ったのでしょう? あの時で五百歳なのですから。魔王は少し考え「正解です」とテレコに答えた。
「やっぱりねえ。少し間があったのは気になるけれど」
「ところでテレコはどちらへ行こうとしていたのですか?」
「北の街フロストバイトよ。フロストバイトには聖剣の守護者ブリトラちゃんがいて――」
「ブリトラですって? 生きてらっしゃるのですか?」
「ちょっともぉ~魔王ちゃんナニ言ってんの!? ブリトラちゃんはピンピンしてるわよ!」
「そうですか……」
確かにあの亀に乗った少年であれば生きていてもおかしくないでしょう。
魔法少年ブリトラはあの時まだ十二歳だったのだ。
「で、テレコ何故フロストバイトに向かうのです? の、続きはいったいなんです? 理由があるなら教えてください?」
「魔王ちゃん、よく聞いてくれたわね! 今年で魔王討伐二百年になるのは知ってるわよね?」
「二百年ですか……」
あれから二百経っていたのだ。魔王は急に風を激しく感じた。夏だというのに肌を通り過ぎる風が冷たく感じた。わずか数十日に感じた闇の日々は二百年であったのだ。ではブリトラの年齢は? 本当に生きているなら二百十二歳になる。普通の人間ではとっくに死んでいる年齢だった。
「そうよ二百年よ。でね、激アツなのがあの街の岩に刺さった聖剣がまだ抜かれていないのよ。この百数十年間よ? 信じられる?」
「はあ……」
「でねえ、その聖剣を抜くことが出来れば勇者になれるらしーのよっ! もしかしたらアタシが抜いて勇者になっちゃうんじゃないかって思って! もう! 私が勇者になったらどうしましょ!」
顔を赤らめてソワソワし始める大男。
「勇者になれるとは? アルマスはどうしました? あの者こそ勇者でしょう」
「もうアンタ! ナニ言ってんのよっ! アルマスちゃんなんてもうとっくにいないわよっ!」
「いないとは死んだという事ですか?」
「そうゆ~コ・ト・よ。寝ぼけないで!」
「アルマスが……そうですかアルマスが……」
人間でありながら臆することなく魔王に戦いを挑んだ男。
元気印百パーセントで何があっても死ななそうな男。
激闘を生き抜き魔王を打ち倒した男。
その勇者がもうこの世にいない。二百年という月日を人間は生きられない。虚しさと哀れさで胸が一杯になる魔王であった。
そして、なによりも痛感したのは人間という生き物の弱さだ。
非力ですぐに疲れるし腹が減る。そしてなによりも何もできない。本当になにもできなかった。こんなことは魔王時代ではなかったことだった。
「テレコお願いがあるのですが……」
「なにかしら?」
「一緒に旅の共をさせてもらえないでしょうか? フロストバイトまででけっこうですので……」
まず、ブリトラに会ってみる。
そして、無力な魔王が力を取り戻すまで必要なことは、とにかく生き延びる。それだけだった。その為には誰だろうとどんな手段だろうがかまわない。そういう事だった。
「いいわよ! いいわよ! 一生一緒でいいわよ! 共にフロストバイトと目指すわよマオちゃん!」
「ありがとうございます」
魔王はテレコが向かっているという北の街『フロストバイト』を共に目指した。そこにいるブリトラに会いに。