序ー3
序章が長いよーな気がするのは俺だけか?
大きな男が立ち上がった。勇者アルマスは立ち上がった。そう、ここにたどり着くまで何度も立ち上がってきたのだ。何度も何度も立ち上がってきた。
無言であったが大きな背中は勇気を失ってはいなかった。
その大きな背中を見て他の者もゾンビの様にフラフラと立ち上がる。
「おや、まあ」
大きな背中が一歩一歩、確実に魔王に近づいていった。それを見た邪心龍ウルスラが躊躇なく飛び出した。
「魔王、あんたオイラに殺されるよ?」
勇者アルマスが再び不敵な笑みを浮かべた。
「私が殺される? 死ぬという事ですか? ええ、本当に、まあ、つくづく楽しい方々ですね」
「いや、マジで死んじゃうから。オイラを怒らせた魔王が悪いんだぜ」
「……そこまでしつこいと、はっきり言って不愉快ですよ勇者アルマス」
「なんったってオイラは勇者なんだから。魔王なんてぶっ殺してやるんだ!」
「私を殺すだなんて、ああ、恐ろしい恐ろしい」
魔王は顔を背けた。
「人間風情がぁ! 調子に乗るんじゃあないわよ!」
邪心龍ウルスラの怒号が巨大空間に響き渡った。
勇者に向かって黒い影が襲いいかかる。それは巨大な黒い塊となって勇者アルマスの前に立ちふさがった。
巨大な龍――咆哮するは邪心龍ウルスラである。目がひときわ赤く光り、大きな口を開け息を吸い込み始めた。それを見ていつもは寡黙なアライ・ジ・サムライスウォードが叫んだ。
「アルマス殿至急盾を構え! モトリー殿お疲れのところ悪いが防御陣を!」
アルマスはその声に従い盾を身構える。モトリーはフラフラになりながらもアルマスに向かって「暴風より空気の殻にて我らを守りたまえ」の詩篇を唱え始めた。
「ジョニー殿とブリトラ殿は追撃の準備を大至急」
アライの声に剣聖ジョニー・ディグウィードは静かに剣を抜いた。表情は一見ヘラヘラしているように見えるがその眼光は鋭かった。
魔法少年ブリトラは大きく背伸びをすると、ハジケる笑顔で「うんっ!」と大きくうなずくと、目を瞑り宙に向かって両手で魔方陣を描き始めた。
「タイガー殿は……」と、アライがタイガー・イェンの方を向いた。「言わずもかなか……」
そこには立派な体躯の上半身裸の青年が少しも臆することなく邪心龍を見上げていた。ふと、長い黒髪を掻き上げタイガーはアライに向かって白い歯を見せた。
「タイガー殿は心の赴くまま戦うがよかろう」と、アライがうなずいた。
「無論、はなからそのつもりだ偉大なる(ト)アライ・ジ・サムライスウォードよ」
その時だった――邪心龍ウルスラの口からまるで溶岩の様な炎を吐き出した。
「やらせるかよっ!」
それを巨大な盾をかざし真正面から受け止めた勇者アルマス。その周りをモトリーが仕掛けた防御壁である透明のシェルが炎と熱を弾く。
煙の中から百匹の氷のスズメが邪心龍ウルスラを襲う。魔法少年ブリトラの「氷雀乱舞」
それを跳ね返すウルスラ。氷のスズメが粉砕し空気がキラキラとダイアモンドダスト状態に、氷が屈折して龍の目を奪う。その時だった大きな黒い狼が龍の喉元に噛み付いた。
龍の声が響き渡る。
五人が邪心龍と戦っているその後ろで魔王が無表情で様子を見ていた。
その魔王の前に現れたのは剣聖ジョニー・ディグウィードだった。
「女性をイジメるのはオレの性分じゃないケド、しょうがないよね。わかってくれるとは思うけど」
冷静に魔王を眺める。正直、最初に美しいと感じて自分自身にジョニーは笑ってしまった。相手は魔王なのだからどうかしている。
「あなたが高名な剣聖ジョニー・ディグウィードですか」
魔王がメガネの奥で目を細めた。
「まあ~そんな大そうなモノじゃないって。周りが勝手に言ってるだけでさ、へへへ」
伊達男が鼻で笑う。
「それは大変ですね。私も気がついたら魔王になっていました。もっとも、私にはその資格がありましたから。でも、あなたは剣聖の資格が本当にあるのですか? 自身に問うてあると思いますか?」
「さあ~そういうのは興味がないんだわオレ」
「あなたみたいなタイプは最もソレにこだわる。ええ、わかってますとも。図星でしょう?」
「さあね、それはどうだか~」と、ジョニーは言った後に魔王をじっと見つめた。「ああ~それよりもアンタ……」
「剣聖よどうかしましたか?」
「いやねえ、なんつーかオレの初恋の人に似てる気がしてさ。まあ、似てるのはメガネをしていたというだけかもしれないけど、ハハッ」
こんな時に昔話もどうかとは思うが。と、ジョニーは思う。
「それは光栄です」
「まあ、あんたとは正反対の人だったけどね」
「それは残念です」
「そんなのいいんだよ。それよりさぁ~」と、ジョニーは急にモジモジとし始めた。「っつーか、その、なんだ……オレには言ってくれないんで?」
「何をですか?」
魔王は首をかしげた。
「ほら、モトリーちゃんに言ったじゃん? 大陸の王になれって? いや、オレだったらなってもいいかなぁ~って思ってんのよ。剣聖よりも王様が似合うっていうか。そう思うだろ? な? な?」
「ハァ……身の程知らずとはこのこと……」
魔王が言い終わるか終わらないかのほんの瞬間だった。剣聖ジョニー・ディグウィードが魔王の背後に立っていた。そして、魔王の耳元でつぶやいた「隙だらけだぜ魔王ちゃん」
魔王の心臓を貫く剣。ゆっくりと剣を抜きそのまま袈裟斬りをすると勢いよく血が吹きだしメガネが床に落ちた。
「ハァ……まったく……」
ジョニーは大きなため息をつき苦笑いを浮かべた。
「どうしました剣聖? あなたは本当に油断も隙もありませんね」
ジョニーの目の前でさきほど崩れ落ちたハズの魔王が全くの無傷で立っていたのだ。しかも、指先でメガネの縁を押し上げ微笑んで余裕の表情なのだ。
「へえ~効かないんだ?」
ジョニーは素早く魔王から離れた。
「じゃ、これはどうかな?」
ジョニーは尋常ならざる移動速度によって残像が残り、いわゆる分身をしたように見える技を繰り出す。その分身の数はなんと七人。世界でもジョニーだけが可能な神技だった。
「七人ですか……人間でこれほどの技ができる者がいるとは驚きです」
その七人が一斉に魔王に斬りかかりバラバラになる魔王。メガネが再び床に転がった。が、しかし、ジョニーは背筋が凍りつく感覚に襲われていた。
「どうもねえ、こういうのって。笑うしかないよな」
「流石は剣聖です。人間離れした剣技を使うのですね」
何事も無かったかのように魔王がメガネのテンプルを掴んで感心して立っていた。
「へえー本当にオレの技が効かないんだ。に、してもこの感覚はいったい……」
「どうしました?」
平然としている魔王。メガネの奥の瞳は黒から赤に変わっていた。
「この世界はやっぱり面白いぜ。強いやつはまだまだ存在するんだな」
腕を組み感心するジョニー。
「剣聖よ。何故、あなたは私と戦うのですか?」
「ハハッ! そりゃもちろん……」と、言ったジョニーは口を閉じた。
そもそも、なんでオレは魔王と戦っているんだっけ? 初恋のメガネ女に言われた? いや、違うな。ああ、そうだそうだ勇者の野郎に感化されたんだっけな。思えばあの野郎についてきちまったのがオレの運の尽きってワケか。そう思いジョニーは笑い出した。
「後悔していますね?」
「いやいや、後悔なんか微塵もねえーよ。だってアンタみたいな強いヤツと戦えるんだから。つまり、アンタを倒せば俺が世界最強つーワケだよな?」
「そうですよ。仮に私を倒せば人間界と魔界の一番になれるのです。私を倒せればの話ですが」
「楽しいデートになりそうだぜ」
舌なめずりするジョニー。剣を構える。
「処刑は好きではありませんが仕方ないでしょう」
魔王が大きなため息をした。
「さて、どういうデートに――」
ジョニーがそう言った時だった。
「剣聖なにやってんだい! 突っ立ってるだけなんてらしくねえぞ! 右腕はどうしちまったんだよぉーい!」
勇者がジョニーに向かって声を張り上げた。
ジョニーはハッとした。右手の感覚が無かったのだ。というよりも本当に右手が無くなっていた。肩先数センチのところから右手を失っていた。
「!? マジでやってくれるぜ……」と、ジョニーは失った右腕を見つめた。「クソ野郎ども魔王の目に気をつけろ!」
「オマエが気をつけろって! 右腕とられてどーすんだよ! マジメに戦えってーの!」
勇者が叫んだ。
「好きで取られたんじゃねーし! アルマスこれでもマジメに戦ってんだぜ!」
「ああ! 本当に酷い話です。あの人間界最強の剣士である剣聖の右腕が奪われるなんて。大丈夫ですか? 斬られた右腕から血が噴出していますよ。止血待っていてあげましょうか?」
「テメエ!」
「もしかして私の持ってるコレ? 剣聖の右手ですか?」
魔王が奪ったジョニーの右手にキスをした。
「それオレの右腕じゃん?! 返せよマジで!」
飛び掛かろうとするジョニーをモトリーが羽交い絞めにする。
「落ち着けジョニー! これでは魔王の思うツボだぞ!」
モトリーが背後から必死にジョニーを押さえつける。
「待て待て! オレは冷静だぜモトリーちゃん」
「じゃあ落ち着け!」
「オッケーオッケー! 落ち着いてるから! 慌てるなって!」
「だから止血するから暴れるな。いいか、落ち着くんだジョニー」
モトリーは回復の詩篇を唱え止血した。
「いや、マジで愛してるぜモトリーちゃん」
ジョニーがモトリーにウィンクした。
「こんな時に冗談はよせ。決して魔王に隙を見せちゃダメだ」
「固いコト言うなって。ヘヘヘ」
「片手でも戦えるのか?」
「もちろんじゃん。オレを誰だと思ってんだよモトリーちゃん」
「だよね」
「ヘヘヘ、だろだろ~?」
モトリーとジョニーがキャッキャとじゃれ合っているその裏では、勇者が盾となり魔法少年ブリトラ、人狼タイガー、アライ・ジ・サムライスウォードが邪心龍と壮絶な戦いを展開していた。
一進一退の攻防の末に戦いは最終局面を迎えていた。
「南無八幡大菩薩」
アライ・ジ・サムライスウォードが全神経を集中させ渾身の弓矢を放った。
その魂の矢はブリトラの魔法の力により一直線に邪心龍の心臓を貫き内から氷の花を咲かせた。
邪心龍の巨体が一際暴れ崩れ落ち轟音と悲鳴が響き渡った。
それを見て魔王がメガネをズラし青ざめた。
「そんな。可哀想なウル……」ひどく寂しげな表情になる魔王。「勇者よ、いったい私が何をしたというのですか? 私は何でこんな目にあわなければならないのですか?」
「なんでってそりゃあもちろん! えー……そのぉ」と、勇者は口ごもりモトリーを見た。「あれ? なんでだっけ? なあ、モトリーおまえわかるだろ?」
「ったく」と、モトリーは首を振った。「魔王を倒し人間界を開放する。そして、平穏をもたらす。その正義の戦いだろ。つまり、魔王を倒すのが勇者の使命なんだ。それくらい憶えていろ」
「んーと、つまり魔王を倒すのが勇者の使命ってやつだ!」
「勇者よモトリーに言わされてるだけではないのですか?」
「違う! オイラの本心だってマジで!」
「では、魔王に問おう! 何故に人間界を支配しようとするのか?」
モトリーが杖を魔王に向けた。
この数百年でおびただしい血が流れているのだ。魔王が執拗に人間界に干渉してきて日々犠牲者が後を絶たなかった。
「その問いに答えましょう。私がいなければ人間など殺し合い騙し合い憎しみ合うだけの生き物ではありませんか。私が恐怖で支配することによって愚かな人間達を導いてあげているのですよ。それがわからないモトリー・アスラムナインではないでしょう?」
「それは詭弁に過ぎない。アナタはただ人間界を恐怖という闇で支配するという、自分自身の欲求を満たしたいだけです」
「人間は恐怖が無ければ生きていけないのです。苦しみが無ければ生きている実感もわかないでしょう。私が支配しなければ怠慢、自堕落がはびこる愚かな世界になってしまいます」
「そんなことは決してない。人間はそんなに弱くは無い。仮にそうであっても、アナタの勝手な介入はいらない。人間は人間の手によって治められるべき。そうでなければいけないんだ!」
「私がいなければあなたたちは存在しない。勇者も生まれてこないのですよ。きっかけを与えてあげたのは私。それでも不必要といえますか?」
「勇者がいない世界こそ僕たちの望む世界なんです。ボクの家族も先生も殺された。こういう時代だからこそ勇者があらわれなくてはならないんだ」
「モトリー・アスラムナイン……人間に生きているという実感を与えてあげてるのに……ええ、そうですとも私の苦労なんて愚かな人間たちにわかりましませんとも。ええ、そうですそうです!」
魔王は初めて怒りに満ちた表情をした。暗黒のオーラを纏い真っ赤な眼光が鋭く勇者達を睨み付けた。
「魔王の目に注意!」
アライ・ジ・サムライスウォードの叫び声が響き渡った。
「うおぉおおお!」
しかし、そんなコトもお構いなしに魔王に突撃する勇者アルマス。それに続くジョニー、そして大狼のタイガー。それぞれの表情はまるで幼稚園でお遊戯をする子供のような純粋な笑みを浮かべていた。
後方ではモトリーとブリトラもしきりに詠唱し始めていた。
「こうなれば成すがままよ」
アライ・ジ・サムライスウォードはズリ落ちたメガネを右中指で押し上げ苦笑いを浮かべた。そして、大太刀ネネキリ丸と共に魔王に突っ込んでいった。
そのアライ・ジ・サムライスウォードの背後から勢いよく無数の光の矢が放たれた。モトリー・アスラムナインが頭上に巨大なミラーボールのようなものを作り出し四方八方に光の矢を撒き散らしたのだ。
ドンドンという大地を揺るがす爆音とともに巨大な亀を召喚したブリトラ。その亀の甲羅の上で魔方陣を宙に描くブリトラの姿が煙に包まれまばゆい光に照らし出されていた。
さながらフロアはクラブやディスコの様な光景ともいえなくはない。しかし、そのバトルは始まったばかりであった……
っていうワケで魔王と勇者と五人の仲間たちの戦いはここでお仕舞い。
結局は七日七晩という死闘の末に勇者アルマスと五人の仲間たちは魔王を討ち果たし、魔王の魂は体から離れ闇へと消えましたとさ。と、いう物語ですが、もちろんそれでは終わらない……
200年後――人間界に魔界から一人の若者が降り立った。
この者こそ、あの勇者アルマスと五人の仲間たちに敗れた女魔王であった。




