序ー2
練習作品
長い沈黙の末に余裕がなせるのか魔王が口を開いた。
「おやおや、あなたたちようやくたどり着きましたね。待っていましたよ」
見た目は若くても五百年以上は生きている。その声は優しくも厳かというのだろうか、心に直接響いてくるようだった。それは、やはり『女神』なのではないか? と、緊張し完全に足がすくみあがり金縛りにあったように動けなくなっていた。いや、ただ一人を除いては。
勇者アルマスである。固まる五人をキョロキョロと不思議そうに見ていた。
「私のメガネはどうです? 素敵だと思いませんか? 伝説的な刀剣師に特別にあつらわせた一品ですよ。金剛に特殊な魔法を封じ込めて、色はまるで柘榴石のよう……あ、これ美しいでしょう。 苦労したんですよこの色を定着させるの」
「はあああ? やいやい、ねーちゃんのメガネ話なんかちぃ~っとも興味なんかないんよオイラたち」
勇者アルマスがぶっきら棒に言い放つ。
「メガネこそ至高です」
勇者の言葉を無視してドヤ顔で宣言する魔王。
「はぁあメガネえぇ!? ねーちゃん頭わいてんじゃねーの!?」
その乱暴な物言いに、魔王の横にいた護衛の女が一歩踏み出した。
邪心龍ウルスラである。頭には大きな角の兜。全身黒に統一した姿は立っているだけで威圧感が半端ない。黒光りするビスチェ&タイトスカート&ロングブーツ。そして大仰なマントといういでたちは魔王よりもよっぽど魔王っぽい雰囲気をかもしだしていた。
ウルスラが勇者を鋭い眼光で睨み付け何かを言おうとした、その時だった。魔王が左手をかざしそれを制した。
「はん! なんだいなんだい! やろうってんなら今すぐにでもやったっていいんだぜメガネのねーちゃん!」
広大なロイエの間に馬鹿でかい声が響き渡った。魔王に負けず劣らずの声を勇者アルマスが繰り出した。その声で五人の仲間たちは我に返った。
それは無表情だった魔王でさえも驚きで一瞬だが目を見開いたほどだった。
「威勢だけはいいようですね」
不意に魔王は微かな笑みを浮かべた。どちらかというと不快な方の笑みであった。
それを見てウルスラの表情が一変した。勇者達に睨みをきかせていたが、慌てて魔王の方を向き跪いた。
「魔王様! ここはやはりわたくしめが!」
「いいえ」魔王はメガネの向こうの冷たい目つきでウルスラを見た。「ウルよ下がりなさい。この方々は苦労してやっとこの舞台に辿り着いたのですよ。そう、舞台の幕は上がったばかりです。久しぶりに私は楽しんでいるのです」
「しかし魔王様……」
魔王はウルスラを無視してが立ち上がった。それを見るや勇者以外の五人は身構えた。
「ええ、この者たちに見せてやりましょう。そう、恐怖というものがなんなのかをです。それがこの方達に対する礼儀でしょう」
魔王は両手を広げ眼を瞑り顔を上げた。それは、まるで哀れなこのごくつぶしども私の強さに腰を抜かすなと言わんばかりの傲慢な仕草と見て取れた。
「少しは成長して強くなりましたか勇者アルマスとその仲間たち? 私は強いですよ」
「ここまで来たんだぜ! オイラたちはつえーぞ! ハハハハハ!」
ロイエの間まで辿り着いた初めての人間という自信からだろうか、威勢よく勇者は高笑いをした。
「では、あななたちに少し先の未来を見せましょうか」
魔王はギロリと眼を見開いた。メガネの奥では先ほどの青い瞳が黒く変わっていた。その黒い瞳から不意に闇の波動が放たれた。六人を悪意を含んだ暗闇が襲った。
一瞬だった。ゴツッというにぶい音がして不敵に笑う勇者の首が床に転がった。ばっと胴体から血が飛沫となり溢れ出す。
呆然と立ち尽くす五人もなすすべなく胴体から頭が切り離されていく。
そこいらで飛沫が舞い大量の血が床を流れ鉄臭さで満ち満ちていった。
「うわぁあああああ! オイラのクビがぁああ!」
勇者が頭を抱えて叫んだ。恐怖と混乱で錯乱した。
それは他の五人も同じだった。自分自身の死の瞬間を覗いてしまったのだ。
闇が六人を包んでいきその存在を消そうとしていた。
「ウルよ、一件落着です」
メガネの縁を優雅に押し上げ勝利を確信した魔王が、強張った表情の邪心龍ウルスラにうなずいた。魔王のその表情は相変わらず氷のように冷たかった。
ウルスラは「流石でございます魔王様! その強さ神にも勝るかと!」と、叫ぶと頭を深々と垂れた。
それを見て魔王も満更ではないのか口角を上げ微笑んだ。が、それもつかの間だった。
闇が飲み込む中で必死に立ち上がる若者が一人いたのだ。
「んん? 闇に支配されても恐怖に抗う者が? 気のせいでしょうか?」
魔王は首をかしげメガネを外し目を細め、やはり間違いないその姿を確認すると再びメガネを掛けた。。
闇に飲み込まれそうになりながら両手で杖を掴みブツブツと何かを呟く若者。と、その杖は光を放ち始めた。
純白の法衣を着たモトリー・アスラムナインであった。
「みんなこんな安っぽいまやかしに騙されるな! あれは未来でもなんでもない!」と、天に向かって叫んだ。「僕たちの未来はこの戦いにかかっているんだ! だから、みんな立ち上がれ! 立ち上がるんだ勇者アルマス!」
モトリーは杖を振り上げ声を張り上げた。金髪の美丈夫の凛とした声が、寺院の鐘の様にロイエの間に響き渡った。闇の中にあって勇気と希望が湧いて来るような癒しの声をモトリーは持っていた。
「ほほう、恐怖に……」魔王は感心した様に何度もうなずいた。「人間にも骨のある者がいたということですか。でも、そうでなければなりません。退屈してしまいます」
「もう、アナタの好きにはさせない! 今日をもってアナタの支配は終わりを告げる!」
モトリーが魔王を指差した。その眼差しは何事も恐れない真っ直ぐな正義の瞳をしていた。
「ウル、聞きました? 私の支配が終わる? ホント楽しい事。その言い回しに胸躍らせてしまいます」
魔王のメガネの向こう側で呆然と立つウルスラに流し目をしクスクスと笑いだした。
ウルスラはというとモトリーを見てただただ驚き目をパチクリするばかりだった。人間に魔王様の闇の力に支配されない者がいると驚いていた。
「勇者アルマスがアナタを倒す!」
「勇者アルマス? その勇者というのはそこで床を舐めている中の誰かの事ですか?」
魔王が鼻で笑ったその先に五人が床でうつ伏せになってもがいていた。
「でも、まあ、私はその心意気を気に入りましたよ。あなた名前はなんというのですか?」
「僕は大賢者であるマスターシム最後の弟子であり、スタリン・アスラムナインの息子モトリー・アスラムナイン」
「ああ、城塞都市オンスロートの頑固な城主スタリンの息子ですか。それにメガネのマスターシムの弟子とは……」
「父も師匠もそして家族もアナタに殺された」
「運命とはかくも面白いものなのですね」
「面白いかどうかはわからないけど、その行為のせいでボクがここにいて、最後にアナタはこう思うでしょう。父とマスターシムさえ殺さなければ私は倒されることは無かった。勇者と仲間たちが現れることはなかった、と……そう後悔しながら消滅するんだ魔王!」
「それがどういう意味でもってそうなったのかもっと考えなさいモトリー。何故、今、ここで私の前に立っているのかを……」と、言い魔王は大きく頷いた。「はい、わかりました。そういうことでしたら、モトリーを大陸の王にしてあげましょう。だから、私を見逃してくれませんか?」
魔王が悲しそうな表情を浮かべモトリーを見つめた。
「なっ!?」
モトリーが虚を付かれて一瞬のけぞった。
「えっ!? ま、魔王様!?」
これには邪心龍ウルスラも驚きを隠せなかった。
「私も死にたくはないですから。だから、モトリーが大陸の、人間の王になれと言っているのです。その代わりに私を見逃してくれませんか。悪い話ではないでしょう?」
「な、何を言っているんだ!? 断る!」
「き、貴様! 魔王様からの最上級の誘いをいとも簡単に断るとは! この愚か者め!」
ウルスラが拳を振り上げモトリーを睨みつけた。
「ウル、いいのです」
右手をかざし制する魔王。
「しかし、魔王様!」
ウルスラは食い下がった。それは本来は自分に与えられるべきモノであり、それを軽々と放棄する人間に対しての怒りだったのだろう。両こぶしを握り唇を噛んでいた。
「ええ、いいのですよウルスラ。中にはこういう人間もいるのです」
魔王は無表情でウルスラを直視した。ウルスラは頭を下げ一歩下がった。
「本当によいのですねモトリー?」
「無論断る! 当然だ! 僕は王になんかに興味はないのだから。今はアナタを倒すことしか興味はない」
「やはりマスターシムの弟子でスタリンの息子ですね。彼らと同じコトを……だから、と、いうよりはマスターシムはメガネが似合う男でしたから。私以上にメガネ栄えする者はこの世に存在してはなりません。ええ、だから彼を消すしかなかったのです」
「メガネが似合う? たったそれだけで先生を?」
「そういうことでしょうね」
その魔王の言葉を聞きアライ・ジ・サムライスウォードがこっそりとメガネを外したのを魔王は見逃さなかった。
「アナタは大丈夫ですよ」
再び何事もなかったかのようにメガネを掛けるアライ・ジ・サムライスウォード。
「そんな理由でシム先生を……許さない。絶対に許さない……」
モトリーは俯き胸を押さえつぶやいた。
「許さない……ですか。なるほど、迷いがありませんね。では、仕方ないです。マスターシム同様消えてもらいます……」
魔王がその目に力を込めるとメガネが光った。六人を取り囲む闇が渦巻き始めた。
「人間という生き物は恐怖によって支配されるべきなのです」
「人間は恐怖などに決して屈しない!」
「黙って消滅しなさいモトリー・アスラムナイン」
「アルマス!」
「まったくもう、悪あがきはよして私の前から消えなさい」
「立てぇえーーーーーーーーー! 勇者アルマス!」
モトリーは勇者に向かって怒鳴り声にも似た叫びを放ち、杖に全身の力を込め魔王の闇を打ち消した。渦巻く闇を杖がどんどん飲み込んでいった。師であるマスターシムの形見の杖『ビター・スウィート・シンフォニー』が闇の力を吸い込み封じたのだ。
まるで芋虫のようにロイエの間を、苦しみながら這い回っていた勇者がその声を聞き動きを止めた。その場にしゃがみこむモトリー。尋常ではない汗をかき呼吸が乱れている。
「ハァハァ……終わりにさせるんだアルマス……そして、みんなも……」
見るからに疲労困憊のモトリーは声を振り絞った。