Episode-3
仕事場はいつものように複数の織機の規則的な音が響き渡り、手織りをする者達の談笑の笑い声が、はぐれた雲のように時折聞こえてきた。シーナも織機で仕事に精を出していたが、話の内容に自然と耳が傾いた。どうやら今朝やって来た旅人の話のようだ。歳の近い三人組が話している。
「今朝早くに人が来たみたいよ」と織物円屋当主フィムスの長女レイスが尖った顎をつんと上げて言った。
「魔法使いだってさ」次女のベリスが二重顎を震わせて続く。
「えー! すごーい! 見たの?」ベリスと同じ十五歳のおべっか娘ティルニーが大げさな声で言う。ティルニーは東にあるシルヴィアンス王国との国境近くの辺境の地にある、ワームティン村から最近嫁いで来たチルニーの娘だった。
「ひと目ね。なんでも、村の畑焼きをしてくれるらしいわ。朝早く来て、もう仕事に取り掛かってるって話よ」
「えー! レイスはいつも情報早いからすごい! 魔法使いとは話した?」
「なにそれ、すごいってどういう意味? 贔屓されてるって言いたいわけ?」
「ち、違うよ、ごめん。そういう意味じゃなくって……」
「お姉ちゃん魔法使いは? 見たの? どんな人だった?」
「村の外の畑に行くところしか見てないからそこまではわかんない。誰とも挨拶すらしないで出て行ったわ」
「何か訳ありなのかも?」宙を見上げてベリスが言う。それに続いてティルニーも考え込むように宙を見上げた。
「後で見に行こうよ」いたずらな笑みを浮かべて、レイスが提案する。他の二人は楽しそうに忍ばせたような高い笑いをして賛同した。
シーナも行きたかったが、仲間に入れてもらえないことはわかりきっているし、入れて欲しくもない。無関心を装って手を動かし、杼を行ったり来たりさせてせっせと働いた。だが、それも続かないことはわかっていた。視界の端で三人がこっちを見ている。もう間も無くこっちに来る。そう考えたのと同時に、三人が近寄って来た。
「ねぇ、シーナ」レイスが甘えたような一段高い声で話しかけて来る。同じ歳の男達に何かを頼む時の声だ。シーナは手を止めると、顔と体を向けて笑顔で応えた。
「どうしたの?」
「あのね、針で指を刺しちゃって今日はもうできなさそうなの。だから、本当に悪いんだけど、続きやってもらってもいいかな? ベリスもティルニーも、繊維をとる過程で手を怪我しちゃったみたいでできないんだって。シーナは優秀だからさ、頼んでもいい?」微笑んでいるが、目には焚き火の残った灰ほどの温もりも感じない。まるで石ころでも見ているような目つきだ。ベリスは爪の先を見ながら口元に笑みを浮かべている。ティルニーは申し訳なさそうな顔だ。
シーナは怒りが膨れ上がるよりも早く諦めが蓋をした。ここで拒否すればこの場は凌げるが、毒のような仕打ちが後からくる。四年前の仕打ちはひどかった。十二歳の時だ。レイスがあまりにも畑を耕す作業の手を抜いていたものだから、注意したことがあった。レイスはその時何か悩みを抱えていたようで、散々泣いた。レイスの母親であるフィムスはわたしを叱った。レイスは円屋当主の娘であり、周りの大人にも甘やかされ、強気になった後、わたしを穀物の収穫道具をしまう倉庫に、それも種植えをする風の季に閉じ込めた。当然、使わない道具の倉庫に人が来ることはない。二日間、飲まず食わずどころか、狭い倉庫の中、自らの糞尿の上で朝を迎えた。流石に心配になったのか、様子を見にきたレイスは微塵も悪気を見せずに嘲笑した。あの恐怖による口止めは絶大な効果を発揮し、一星期はレイスの言いなりだった。それでも勇気を振り絞って大人に相談して見ると、面倒を押し付けられた顔をして「村長に言ってみなさい」と突き放された。村長自ら母親のフィムスに注意をしてくれたようだったが、その後、フィムスの態度が冷たくなり、レイスは自らの母親を困らせた当然の罰が如く、わたしに嫌なことをするようになった。こうして、親もいない、仲間もいないわたしは教訓を得た。――自らを欺け、耐えろ、自分自身を守るんだ。
シーナは笑顔を心配の表情に変えて、レイスが労わるように握っている手を見て言った。
「うん、いいよ。怪我は大丈夫?」
「大丈夫、気にしないで。それじゃあよろしくね」
そういうと三人は楽しそうに出て行った。他の誰も止めるような真似はしない。止められるのはフィムスくらいだろう。シーナは怒りをぶちまけてみたかった。〈アルムシア伝記〉のアルムシアが己の運命に立ち向かったように。
だがそんなことはできなかった。ここはおとぎ話ではなく現実だったからだ。村八分にされてはたまらない。六歳の時によそ者としてこの村に来てから十年間必死に生きてきた。何も知らない状態で学び、仕事をもらい、村の一員として生きれるようにやってきたのだ。村から抜け出して自分の運命を生きてみたい。だがそんな勇気は自らを苦しめる鎖になる。自らを欺け、生きるために。
いつもなら自らの教訓に則り、腐りそうになる心を殺して、渡された仕事を黙々とこなし一日を乗り越えるが、今日だけは違った。抑えられない好奇心、猛るような好奇心、まるでわたしは〝生きている!〟
なんとしてでも魔法使いと話すわ! おとぎ話の世界が! 王国の華やかな世界にしかいないような魔法使いが!
未だかつてありえないほどの集中力をシーナはかき集め、昼食すら忘れてシーナは働いた。




