第一話「召喚」
「フッフッフ。アッハッハ、ハーッハッハッハ!!」
「ついに……ついに材料は揃った」
「これより、悪魔召喚の儀式を開始____するッ!!」
先程通販サイトから届いた羊皮紙(A4サイズ3029円。送料、消費税込)を握りしめ、少年___舞初奏は高らかに宣言した。
「長かった……18年。中学で彼女ができず、高校デビューを果たそうとするも盛大に失敗し、女子から入学早々生ゴミを見るような目で見られたのが二年前。そこから高校に行かなくなり引きこもった結果、彼女どころか同年代の女子と会う機会すらない___だがしかしッ!!今日!いまから俺は男に___なるッ!!」
舞初奏___カナデは中学までは至って平凡な子供であった。普通に学校に行き、部活は陸上部に所属し、普通に友達とバカなことをして遊ぶ。そんなカナデが違和感を感じたのは、中学二年生のある夏の日だった。夏休みを目前にして周りが浮足立っている中、カナデも周りと同じく夏休みを楽しみにウキウキしていたカナデだが、何かが、何かがおかしい。
「ねぇねぇ、翔太~、夏休みさ、プール行こうよ!新しくできたとこ!」
「プールか!イイね!夏季の水着見てーし!」
「ちょっとやだ~、で、でもあたしも翔太に新しく買った水着……見てもらいたいかなって……ちょっと……思ったり……」
と、そんな会話をしているのはクラス一の美男美女カップルである、須藤翔太と柊夏季である。三ヶ月ほど前に付き合い始め、クラスの羨望の的となっていたのは記憶に新しい。もちろんカナデも、学年トップクラスの人気のある柊夏季と付き合える翔太を羨ましがっていたが、サッカー部エースでイケメンである翔太にカナデが勝つことのできる点は、家が学校に近いことくらいだったので、まぁ当然敵うわけがないと思って柊夏季のことはスッパリ諦めた。
(プールねぇ……新しくできたばかりで混むだろうによく行くよなぁ)
そう混雑しているプールを想像し、流れるプールでおしくらまんじゅうになっているカップルを想像すると、早急に爆発して頂きたい気持ちになってきたのでカナデは脳内の黒板消しでプールの絵面をゴシゴシと消した。すると、
ガラララララ!ピシャーン!
「寧々!寧々はいるか!?」
「え……?ちょ、ちょっと何なのよ雅紀!いきなり人のクラス入ってきて!」
いきなり教室のドアを開けて入ってきた色黒の男は隣のクラスの大岩雅紀である。どうやら雅紀はカエデと同じクラスの松前寧々に用事があるらしく、いきなり名前を呼び出された寧々は困惑しきっていた。
「___寧々。お前、五組の春原に告白されてオーケーしたって本当か」
「……え?春原くん?いや、確かに今朝告白されたけど……まだ返事はしてない……って、なんで雅紀にそんなこと言わなきゃいけないのよ!いくらあたしとあんたが幼馴染だからって関係ないでしょ!?」
「____関係、あるに決まってんだろうがッ!!」
「……え?」
いきなり声を荒らげる雅紀に寧々は面食らい、黙ってしまう。
そんな寧々の肩に優しくポンと両手を置き、真剣な眼差しで寧々の目を真っ直ぐ見つめると雅紀は言った。
「寧々。俺は、お前が好きだ」
「え!?え?え?な、なんで」
「お前が好きなんだ、寧々」
「な、何回も言うな!だってあたし幼馴染で昔からあんたのこと知ってて……」
「実は昔から___小学生の時からお前のことが好きだったんだ。でもなんかよ……恥ずかしくって言えなかったんだ……けど今日、お前が春原に告白されたって聞いて、お前を誰にも取られたくねぇ、寧々と付き合うのは俺だ。って思ったら居ても立ってもいられなくなったんだ。___なぁ寧々、春原じゃなく、俺を選んでくれないか?」
雅紀の真っ直ぐな思いをぶつけられ、顔を真っ赤に染めた寧々は小さく頷くと少し涙目になりながら、
「___ありがと。雅紀。あたしもあんたのことが好き。嬉しいよ……へへ、なんか涙、出てきちゃった。変だね」
と、雅紀の突然の告白に戸惑いつつも受け入れることを決めたのであった。
「___な、なんだこれ」
真昼間に突然起こった青春ラブコメのラストにある告白シーンのようなものを見せられカナデは面食らい、周りを見渡せばクラスメイトの数人が涙ぐんでいる。
今度はカナデの方が居ても立ってもいられなくなり、カナデは居心地の悪くなったクラスを逃げるように飛び出していった。
「なんだってんだ……どいつもこいつも彼女とイチャイチャしたり彼女作ったり……お?」
廊下を歩いているとクラスメイトの小田窪くんがふくよかな身体についた脂肪をたゆんたゆんと揺らしながら数人で楽しそうに歓談をしているのが見えた。
カナデはいわゆるオタクグループに所属していたわけではないが、生来マニア思考というか凝り性のカナデはたまにハマったアニメやゲームの話を小田窪くんとする、そこそこ気の合う友人程度には小田窪くんとカナデは仲が良かった。
「___それでゴザルな?この魔法少女プリティカ・セブンナイツのフィギュアシリーズは本当に緻密な作りで造形師の技術や嗜好が……お?カナデ氏ではないですかー!カナデ氏もこの1/7プリティカ・マーキュリーのフィギュアの精巧さについて語り合いますかな?」
「やぁ、小田窪くん。そのプリティカ……セブンは見たことないからわかんないんだけど、確かに作りは細かそうだ。ちょっとよく見せてくれないかな」
そう言い、小田窪くんはカナデに1/7プリティカ・マーキュリーのフィギュアを手渡す。
(___しめた!ここで小田窪くんに会ったのはラッキーだった。小田窪くんには悪いが、どう見ても彼女やら美少女幼馴染がいそうな感じには見えない。少なくともこの休み時間が終わるまでは小田窪くんと話してクラスには戻らないことにしよう)
「ふむふむ。確かに小田窪くんの言う通り、素晴らしい作りだ。服のシワの感じや質感、ポーズ、表情。更には塗装にまでこだわりが見えるね」
「わっかりますか!流石カナデ氏!実はそれ、抽選販売限定のプレミアムフィギュアなんでゴザルが、先日の販売会でようやっとの思いで手に入れたんでゴザルよ~」
「へぇ。抽選販売ってことは小田窪くんが当たったの?羨ましいなぁ、俺はそういうくじ運とか全くない方でさ___」
「いや、小生は残念ながらハズレだったでゴザル」
「え?」
「ホラ、先日のニマニマ大会議でオフ会的なことをしたのでゴザルが、その時にできた小生の彼女たんが当てたのでゴザルよ。」
ホラ、この娘でゴザルと小田窪くんは携帯を取り出し彼女の写真を見せる。
写真にはフィギュアを持った彼女と満面の笑みの小田窪くんが写っていた。
「ふほほ、カワユイでゴザろう?初めはネットゲームで知り合ったのでゴザルが、スカイポでボイスチャットをするウチに仲良くなりましてな?ホント、小生にはもったいない婦人でゴザル。ふほほほほ」
「……」
「アレ?カナデ氏?どちらへ?」
「ごめん、ちょっと気分が優れなくてね。僕はこれで失礼するよ」
「ええ!?だ、大丈夫でゴザルか?なんなら小生が保健室まで___」
「いや、それには及ばないよ小田窪くん。はは、ははは、あはははは」
そう言ってカナデはフラフラとその場を後にし、おぼつかない足取りのままトイレの個室に入り、鍵をかけるとカナデは叫んだ。
「なんでどいつもこいつも彼女がいるんだーーーーッ!?」
____そんなことがあるも、まだ中二だ。彼女を作るなど早すぎる。周りが早すぎるのだマセガキ共めと自分に言い聞かせ、一年後には受験生で彼女を作るのは自殺行為である、と受験を理由に彼女ができないのではなく、彼女を作らないだけだとありがちなこじらせ方をしたカナデは、結局中学では彼女を"作らなかった"。
高校ではバッチリスタートで高校デビューを決め、サクッと彼女を作ってやんぜと意気込んだカナデは、高校の入学式の日、クラスの自己紹介の場面で当時流行っていたお笑い芸人のネタをやり、見事クラスを凍りつかせ盛大に高校デビューをしくじったのであった。
そこから高校に行かなくなり、引きこもりとなり一年後、カナデは気づく。
「___そうか俺、彼女を作らなかったんじゃなくて、できなかったんだ」
黙って年を重ねていれば自ずと彼女ができる。そう思っていたカナデは人生17年目にしてようやく、自分から動かなければ彼女など到底できないということに気づいたのであった。
「でも俺、引きこもりだし……今更高校行ったって……。___そうだアニメ見よう」
カナデは虚ろな目でノートパソコンを開くと現在やっているアニメを漁り始めた。
「あー、プリティカ・セブンってもう三期までやってんのか……今頃小田窪くんはどうしてんだろうな……ま、どうでもいいか」
カチカチ、とカナデの部屋にマウスのクリック音が虚しく響く。あまり興味を惹かれるアニメがなく、ノートパソコンを閉じようとしたその時。
「さよならサキュバスちゃん……?」
カナデの開いたページには頭に角の生えたピンク色の髪の美少女がこちらに手を広げ微笑んでいる絵が出ていた。
「へぇ……こんなアニメがあんのか……サキュバスって確か夢に出てきてエッチなことをするっていう悪魔だっけか……」
「エッチな……悪魔」
「____!!」
「こ、これだ!!サキュバス、サキュバスだ!俺に残された道はこれしか無い!サキュバスを召喚して俺が主人になれば、彼女っぽいこともできるし、童貞も卒業できる!」
____それまで死んだ魚のような目をさらに腐らせたかのようなカナデの目に、やる気という火が点く。
「オオオオ、やるぞォー!」
かくしてカナデは腕を天井に向け突き上げながら、サキュバスを召喚し、童貞を捨てることを高く宣言したのであった。
____そして。一年間カナデはあらゆる書物やネットを駆使し、悪魔の召喚方法や契約する上での対価、召喚に必要なモノなどを徹底的に調べ上げ、ついに材料が揃ったのである。
「よ、よし……じゃあまずは魔法陣を書くぞ……五芒星、五芒星っと」
部屋にある木の四角いテーブルに羊皮紙を置き、カナデは黒いマジックペンでまず円を書いてからその中に五芒星を書くと、五芒星を180度回転させ、一筆書きの☆のちょうどてっぺんが自分の方に向くようにする。いわゆるデビルスターというものである。
「よし、コレで星の真ん中にできた五角形の中に鶏肉を置いて……」
「できた。コレで真ん中に契約者の血を垂らす____と。あ、カッターで切りすぎてしまった。いてて」
カナデの血が羊皮紙に落ちるとしばらくして、羊皮紙に書かれた五芒星が淡く光り始める。
「よし、ぼんやり光り始めた!予定通りだ!コレで暫く待つ___」
すると、カナデは背筋にざわざわと何やら寒気を感じる。___成功だ。悪魔が近づいている証拠である。
(フフフ、長かった、ついに俺はここまで来たんだ……父さん、母さん、今夜俺は__男になります!)
___刹那。風が背中を撫でた感触がすると、カナデは背中から淫魔の声を聞いた。
「贄は鮮血と家禽。対価は汝の魂。我はソロモン72柱の一柱、序列32席『王』アスモデウスの眷属___サキュバス、ペティ・アストリーチェ。汝、望みを述べよ」
成功だ。今カナデの後ろにサキュバスがいる。カナデは心のなかでガッツポーズをするとすぐに冷静になり、悪魔と応対をする。相手は悪魔である。油断してとんでもない契約を結ばされてしまっては困る。
「___魂だろうがなんだろうがくれてやる。俺の望みはただ一つ!」
「俺の、俺だけの彼女になってくれ!!」
そう叫ぶとカナデは思い切り振り返り、サキュバスの顔をじっと見た。
「___ッ」
端正な愛らしい顔立ち。昏い闇のような髪に二本の角が生えており、背中には大きな翼がある。さすがはサキュバス、メチャクチャカワイイビジュアルだ。グッジョブ!とカナデはまたも心のなかでガッツポーズ。
「……えっと……か、彼女って……」
「ん?なんかさっきの喋り方とは別人みたいだな。___まぁいいや。そうだ、彼女だ。今からキミは俺と契約を交わして俺の彼女になってもらう。ムフフ、そしたらあんなことやこんなこと……」
「こ、こっちが素なの!さっきの契約の時のは決まりがあって……あの喋り方は堅すぎてあんまり好きじゃないんだけど、仕方ないんです!」
「そっかそっか。で、どうなんだ?俺は手順に従って悪魔を呼び出した。俺はキミに彼女になって欲しくて、対価は魂でいい___どうせ、生きていてもロクなことないしな。だから、契約成立ということでいいのか?」
「え、ええ。もちろんいいんだけど、アナタ本当にそんな契約でいいの?」
「ああ、もちろんだ。俺はキミみたいな可愛い子が彼女になってくれれば死んだっていい。契約を結ぼう……ペティ」
「わ、わかったわよ!変な人ね、普通はもっと悪魔にお願いするのは不老不死とか無限の富とか至上の快楽とか……まぁいいわ、それじゃ、早速契約に移りましょう」
カナデの目の前でペティ・アストリーチェと名乗ったサキュバスは胸の前に両手を当て目を閉じると呟く。
「サキュバス、ペティ・アストリーチェの名において契約す。我、汝にいついかなる時も付き従い、主従を全うすることをここに約す。汝は我に何を差し出す」
「___俺の、魂を差し出す。俺は全身全霊でお前を愛すよ。俺の名前は舞初奏。ペティ・アストリーチェ。よろしくな」
契約中であるにも関わらず頬を赤く染めて動揺するペティ。その様子を見てカナデは淫魔と呼ばれるサキュバスらしくないな、と思う。
____ん?サキュバス、らしくない?
おかしい。そもそもサキュバスは、"夢に出てきて"エッチなことをする悪魔だったのではないか。そう思いカナデは自分の手の甲をつねってみる。痛い。現実である。さらに、先程目の前の悪魔は「主従を全う」とか言っていなかったか。恋人関係とは基本的にはお互いが対等であり、少なくとも始まりから主従関係がハッキリしているようなものではない。___おかしすぎる。
「___ちょ、ちょっと待ってくれその契約____」
___忘れていた。自分は今、悪魔と契約を結んでいるところだった。油断してはならないと肝に銘じていたハズなのに……そう思った次の瞬間、カナデは自室の床に倒れていた。
「……ごめんなさい、カナデさん。実は私サキュバスじゃないんです……私本当は……って、魂取った後に言っても遅いですよね」
そう言うと悪魔は床に伏したカナデを一瞥すると、動かなくなったカナデの身体を抱えて闇の中へと消えていった。
基本毎日更新します。頑張ります。