9.守りたいもの
今の…………柊……?
宮本が帰ったすぐ後に起きた現象。
「柊……」
どうしようもなく胸がざわつく。
どうしたんだろう。
なにがあったんだろう。
倒れていた。白いベッドに。
いつ? もしかしてもう……。
「店長、ちょっとメールしてきても……?」
「おういいぞ!」
居ても立っても居られなくなり、横にいた店長の許可を取って柊にメールをしに行く。
鞄を探り携帯を見つけ、メールの新規を開く。
≪現象を見た。柊が≫
そこまで打って、ふと考える。
これを、言ってしまってもいいのか……?
言えばいいに決まってる。
見たら教えるという約束をしたじゃないか。
でも教えて、そしてどうなる?
柊は今、学園祭でする演技の練習で忙しい。
これ以上負担を増やしてどうする。
集中して練習をさせてあげないと、楽しみにしている人がいるんだから。
考えがまとまらない。
「他には誰も……見てないのだろうか……」
それならばいっそのこと誰にも言わず。
…………俺が守ろう。
俺一人でも、柊を守ろう。
***
翌日の月曜日から始まった、柊への監視。
学園祭まで残り僅かなので授業はなく、一日中準備に当たっている。
うちのクラスは展示会。その場にはいなくてもいい。
部活でなにかをする、というものも帰宅部のためない。
それをいいことに、柊が属する演劇部の練習をする第一体育館に顔を覗かせる。
「なんだ、海上」
丁度休憩中だったのだろう、いち早く気付いた柊が近寄ってくる。
「いや……練習しているのを見たいなぁ、と思って」
「え?」
しばらく考えるように眉間にしわを寄せた柊。
やっぱり駄目なのかな……と帰ろうとした時、柊の後ろからひょっこりと顔が出てきた。
腰まである緑色のサラサラした髪。身長は柊よりも少し小さめなのに対して胸が大きい。
蒼色の瞳が印象的で綺麗だと正直に思った。
純白のドレスに身を包んでいるため、お姫様の役なのだろうか……。
「先輩!」
後ろから出てきた姿の正体に気付いた柊の口から先輩、の一言。
いつもはネクタイやリボンの色で先輩後輩が別けられているので、衣装姿だと誰が先輩なのかも分からない。
「君、うちの子の友達?」
柊の前に立ち、俺自身を上から下までじっくりと見たその先輩が次に発した、うちの子発言に驚いて「は、はぁ……まあ……」としか返せなかった。
「そっか、じゃあ見ててもいいよ。もうすぐ練習始まるんだ」
「いいんですか……!」
「もちろん、友達なら歓迎するよ~!」
そう言ってドレスを両端を掴み、一礼をして去って行った。
「今は衣装合わせしてたんだ」
「あ、そうだったんだ……柊のは?」
「俺のは騎士だからまだ出来てない。時間がかかるらしいんだ。衣装係の先輩たちが頑張って作ってくれてる」
騎士か……。俺は柊がお姫様役でも似合うと思うけど。
心のどこかでそう思いながらも騎士を演じる役を任されて柊は誇らしそうだ。
「先輩はさ、凄いよ」
去って行ったお姫様役の先輩の方を見ていると柊がポツリと呟いた。
「凄い、て?」
「あの先輩、演劇部の部長なんだけどさ、そのお姫様役を完璧にこなすために髪染めまでしたんだ。瞳の色はカラコン」
「あ……地毛じゃないんだ」
「地毛で緑の髪なんていないよ。なに言ってんだ」
小さく笑う柊。
そのまま先輩の集合の号令を聞きステージへ走って行った。
「……俺からすれば、柊も凄いよ」
***
「本当に見てたんだな」
「格好よかったよ」
結局、最初から最後まで演劇内容を見てしまった。
衣装は着ず体操服だったので誰がなに役なのか分からない部分もあったが、一連を通していたのでどんな内容なのかはだいたい知り得た。
「先輩にビシバシしばかれたからな」
「……大変お厳しい先輩なようで」
「でも、どうしたんだ? 急に演技見ようとでも思ったのか?」
「……そう、だよ」
演技を見に来た裏の理由は言えない。
柊の倒れる姿を見て心配になりました、なんて。
ごめん、と心の中で謝る。
納得したらしい柊が演劇部の話を続ける。
「演劇部の人数は多いからさ。二手に分かれて別々の劇をするんだ」
「別々の?」
「俺たちの方は騎士と姫が出てくる英雄の物語。もう片方は副部長が付いているんだけど……どんな劇をするのかは分からない」
「え、分からないのか?」
「学園祭のステージまで互いが互いにどんな演技をするのかは、三年の先輩以外知らないんだ。もう片方はどんな演技をするのか……楽しみだろ」
本当に楽しそう。
見ていて、こっちにも楽しみが移ってきた。
「そうだな」
絶対に壊させない。
この人の楽しみを。
***
「はぁ」
チャームポイントのリボンを解いて、一人静かに息を吐く。
一年三組の学園祭の準備は完了。
学校にさえ来れば自由行動をしていていい。
他のクラスの見学をしても。自分のクラスで勉強をしていても。
まあ後者をするような真面目な生徒などいるわけなくて。
だからだろうか。
準備が完了した三組のクラス内に他の人はおらず、教室の窓から外を覗くと千君と要人が帰っていく姿が見えた。
…………要人、大丈夫かなぁ……。
遠くから見つけても気付くはずない。
わたしも帰ろうと窓に背を向ける。
『教えてあげないのかい?』
窓から声が聞こえる。
ここ三階なんだけどな。窓開けてたっけ。鳥にでも移ったのだろうか。
ホオズキの声が聞こえる窓に背を向けたまま質問に答える。
「千君も見てるんでしょ、でも教えないってことはなにか策があるんだと思うんだ。それに従う」
『今回は手を貸さないってことか』
「千君は頭がいいからわたしがなにか言わなくても、きっと大丈夫」
後ろを振り向くと、やっぱり鳥の姿。
「……なににでも入れるなんて、気持ち悪い」
『今更なにを言っているんだい? 僕は感情・意志・人格を持たない。故に、その者をとしての存在を持たない。なにかに乗り移ればどこにでも行けるよ』
『逃げるだなんて考えない方が賢明だね』