7.フシギ/イワカン
「はぁ……」
ため息も付きたくはなるだろう。
だって今現在自分の後ろを歩いている宮本の右手人差し指には包帯が巻かれている。
そう、火傷してしまったのだ。
……教えたにも関わらず。
ことの始まりは、四限目の理科の実験。
***
「授業だから、なるべくは大人しくしてるけど実験にも参加するね」
ごもっともな言葉だろう。
実際に検査を行う二名、ノート記入一名の三人グループに分かれて行われる実験。
アルコールランプが使われる実験。火傷はこれだろうか。
俺と佐久間は同じ班になれたのだが、宮本は女子同士でグループを作ったため離れてしまった。
「大丈夫だろうけどな」
ぼそっと佐久間に耳打ちする。
「……不安か?」
同じく小声で返してくれた。
「不安ではあるけど……」
正直、不安より緊張の方が強い。
これ以上ホオズキの思うつぼにさせてたまるかと粋がってはみたが、本当にそんなことができるのだろうか。
まあ、幸いにも俺はノート記入係。
佐久間と橋本が実験をしてくれている間、宮本のこともチラチラ見ておこう。
これで回避はできる、はず。
実験する人全員に配られる、無地の白衣姿に身を包む宮本を見てそう思った。
視線の先になにがあるのか気になったのだろう、橋本が白衣姿で覗き見てくる。
「海上? どうしたのさっきからチラチラ見て……なにか見え……ははーん? さてはお前、みやm」
「橋本。ブクブクいってるぞ」
またも宮本さんと言いそうになる橋本の声に被せ、絶好のタイミングで佐久間のフォローが入る。
宮本を見てはいるが、橋本が期待するような目線では見ていない。
橋本がメスシリンダーをアルコールランプに近付ける。
水の中に科学液体を入れ、熱して色が変わるかという色素の実験だ。
「これ意外にあっつくなるなぁ~」
水の入ったメスシリンダーを素手で持ち熱している橋本が率直な感想を述べる。
「ただの水じゃお湯になるだけだし、ちゃんとメスシリンダー入れる台があるだろ」
呆れた顔で、棚の中から差込台を持ってきた佐久間がそれにメスシリンダーを差していく。
差し込み終えると、中に入っている水に一つ一つ異なる科学液体を水滴垂らす橋本。
「差し込んでランプに近付けた分、取る時熱いから気を付けろよ。はい手袋」
「お前は本当に見てるだけかよっ!」
注意を促したつもりだったが橋本に突っ込まれてしまった。
左から青、黄……と、ただの水の透明色だったものが色づいていく。
どうやら実験は無事成功だったらしい。よかった。
「あっつ……ッ!」
「!!」
本当に一瞬目を離した、その時だった。
メスシリンダーの開口が割れていて、そこを持ってしまったのだろう。
人の集まる中心部に向かっていくと、人差し指を押さえた宮本と目が合った。
「大丈夫か?」
「千君……」
「早く水で冷やして。その次、保健室」
「う、うん」
そのまま戻ろうとしたのに、宮本が俺の服の裾を掴んでそれを拒まれた。
「ついて来て……くれる?」
「ぇ」
辺りを見回し、佐久間と目が合うと頷かれた。
行け……ということだと理解すると、大人しく宮本とともに理科室を後にする。
「ごめんな、宮本。火傷するところ見たのに」
「なんで千君が誤るの? 悪いのはホオズキだし、大人しくしてなかったわたしも悪いっ!」
「それでも」
「千君は心配性だねぇ! ほんと……」
いきなり前へ立たれる。
距離が近かったため二歩ほど下がって言葉の続きを待つ。
「千君は、」
キーンコーンカーンコーン。
授業終了の合図がなる。
「………………ね?」
と言って保健室へ繋がる階段を下りて行く。
「ま、待て宮本……今なんて……!」
呼び止めようとするも、顔だけを振り向かせると舌を少し出してそのまま行ってしまった。
上手く、聞き取れなかった。
***
保健室の前で待ち、暫くして宮本が出てきた。
指に巻かれた包帯が痛々しい。
「待っててくれたんだ♪ 行こっ!」
「ああ……」
教室へ向かう間は、あんまり話さなかった。
危険な映像を見たのに、宮本に火傷を負わせてしまった。
なんともいえない罪悪感がある。
教室のドアを開けると、視線が一気に向けられた。
「お~おかえり! 宮本さんは?」
「はーい!」
俺の影で見えなかったのだろう。
名前を呼ばれた宮本はぴょこっ、と顔を覗かせる。
「痛くない? 大丈夫?」
「消毒した後だから脈打ってる感じ! 大丈夫だよ」
「よかった~」
女子の輪に入り、宮本がどんどん遠退いていった。
一人になった俺の元へ、今度は佐久間が歩いてくる。
「……なんか、あったのか?」
「…………なにもないよ」
上手く聞き取れなかった言葉が頭に引っ掛かる。
なんだったのだろう。
宮本のことになるといつもそうだ。
頭にノイズが走ったようになる。
ふとした時、頭の中に宮本の発した言葉が浮かんでくる。
「…………佐久間」
「ん」
「お前は、さ。宮本と一緒にいて変になったことないか?」
「は?」
「変って言っても橋本が言ってたような恋愛的なやつじゃなくて、ふとした時に宮本が発した言葉が浮かんでくる……みたいな」
「違和感は、ある」
「違和感?」
「ずっと違和感は感じていた。それに、この現象が始まった時……最初に見た佐藤が転ぶ映像、覚えてるだろ」
「……立て続けに見た柊のも、バッチリ覚えてるよ。頭に映像が映し出されるなんて普通なことじゃないし、ましてやそれが始まりなんだから……忘れられない」
「違和感を感じたのはその部分。お前はそれを見たなんて一言も言っちゃいなかった」
「…………ッ!」
「なのに、宮本は海上に共感を求めた。普通なら、自分の頭の中に映った映像を他のやつも見てるなんて思いもしない」
確かに、おかしいと感じていた。
でもそれは言ったことを自分自身が忘れているだけだろうと……。
「宮本はなんで、海上も同じものを見たと思ったんだろう」
なんで、同じ映像を見たと思った……?
映像を見ていなければ、あのボールは避けられたものではなかった。
確実に宮本は、映像を見ていた。
「なんで、これがホオズキの始まりだと気付いたのだろう」
――見たからだよ。頭の中で、要人がボールに当たりそうになっちゃう映像を。
あの時の宮本の言葉がリピートされる。
映像を見たからといって、こうも確実にそれが現実に起きることだと気付けるだろうか。
「考えれば考えるほど、不思議だよ」
「宮本は」