13.次への感情
「千君」
もう一度、名前を告げる。
「み、やも、と」
途切れ途切れ……動揺丸見えだよ、と思いつつもそれは言わない。
ねえ千君。それ見たの?
千君の身体で隠された私の日記帳をチラ見する。
「千君、それわたしの日記?」
「うん、そう。置いてあったから渡しに行こうと思って」
日記が手元に戻ってきてくれて、ひとまず安心する。
「ありがとう。中身、見てないよね?」
「み、見てないよ」
「ならよかった」
嘘吐き。でも、人の傷付く嘘は絶対に言わない……千君のそういうところ優しいなって思うんだよ。
「あのさ、宮本……」
「ほんと、ありがとね」
誰にも言わないで。
できればこの日記のことも、全部忘れてくれたら嬉しいんだけれど。
沈黙になるのを避けるためか、千君はそそくさと教室のドアの方へ進む。
そして振り返って一言。
「先に戻っておくから、また後で」とだけ言ってくれた。
「うん、後でね」
…………。
なんでだろう。
なんでなんでなんでなんで。
千君が体育館に戻り、一人になったところで冷静だった心が乱れ始める。
頭の中がハテナだらけだ。
あの様子。生半可な返事。
絶対に千君はこの中身を見ている。
見たとしても意味は分からないだろう。でも、なにかを感じ取られたかもしれない。
他で行われてきた真実。
ここでも行われる事実。
避けては通れない未来。
わたしの、今までやってきたこと。
まさか千君に見られるとは思わなかった。
いや、実際に今までなかったから油断していた。
この日記を見るのは要人だったはず。
だから今回は要人をステージに立たせて、音楽が始まる前に日記を探しにきた。
でも、教室には既に千君がいた。
これは事実で。おそらく中身を見られたであろうことも事実だ。
さあどうしようか。
なんて、どうしようもないこと考えてみたり。
「見られちゃったもんはしょうがないよね~」
しょうがない。しょうがない。
千君の記憶を抹消なんてできないし。
ましてや日記を捨てるなんて絶対無理。
それならば。
「なるようになれ、だ!」
***
学園祭は無事終了。大成功に終わった。
現在時刻は十八時半、後夜祭の始まりである。
畳んだ屋台もあるが、まだまだ楽しめる程度には残っている。
宮本はあの教室以来姿が見えない。帰ったのだろうか。
佐藤と佐久間も見つからなかった。まあ二人一緒なら大丈夫だろう。
「海上! すまん遅くなった!」
だからというわけではないが、柊を誘ってみた。
「そんなに待ってないから大丈夫だぞ」
「そうか……よかった」
「うん、劇お疲れ様」
「ありがとう」
「衣装はどうしたんだ?」
今の柊の服装はいつものジャージ姿。
あの衣装は持って帰るだけでも一苦労するだろう。
「ああ、あの後写真部で写真撮影してそのままあげたよ」
「写真部に?!」
思わず声を上げてしまう。
その声に柊自身も驚いたのだろう。目を見開かれてしまった。
「そんなに驚かなくても。家では着ないし、それなら写真部で貸出衣装にすればその衣装も衣装を作ってくれた人も喜ぶだろう」
「そうか」
「じゃあ行こうか、あんまり回れてないんだ」
「行きたいところあるのか?」
「んー……射的、あったよな?」
朝見つけて、でも朝は並んでたからできなかったんだーと話す柊。
置いていかれないようにその後ろをついて行く。
***
「楽しいか?」
「ああ! 好きなんだ、串に刺さった唐揚げ。普通より美味しく感じる」
射的で見事ゲットしたクマのぬいぐるみを抱え、串刺し唐揚げを片手に持って楽しそうにしている。
朝はステージ前で回っているどころではなかったのだろう。
本当に楽しそう。柊を誘ってよかった。
「もうすぐキャンプファイヤー始まるぜ!」
「おおそうだな、行こう行こう!」
後ろを歩いていた男子二人組が声を出し走って行く。
気が付くと周りの人も少なくなっていて、その分一ヶ所に集まっている。
時計塔を見ると時刻は十九時半過ぎ。もうそんな時間か。
「そわそわしてる。キャンプファイヤー楽しみにしてたんだな?」
顔を覗き込んできた柊にニヤニヤしながら言われる。
なにも言わなくても表情の変化やちょっとした動きで自分の言いたいことを理解してくれる。
柊の隣がとても心地よかった。
初めての桜ヶ丘高校学園祭、そして後夜祭。
キャンプファイヤー……楽しみにしないわけがない。
先生が組んだ薪の中に火の子を入れると、それはみるみるうちに燃え上がった。
脈が火に合わせてバクバクと打ち付ける。
ふと、目の端で白いなにかが火に投げ入れられた。
「!?」
それが丸められた紙だということに気付くまで、そう時間はかからなかった。
次々に投げられる紙の塊。
「??」
一人二人ではない。先生も何故止めないんだ。
「海上、海上」
わけが分からず混乱していると、柊に肩を叩かれた。
振り返ると紙と鉛筆を持った柊がそこにいた。
紙の左下には“桜ヶ丘”の文字と桜が描かれている。
「それ……なんだ?」
「なんだって……知らないのか? 桜ヶ丘のキャンプファイヤー。この紙に願いを書いて火に投げつけると叶うっていう噂」
「ああ、だから……」
さっきから紙を投げていて、先生もなにも言わなかったのか。
「楽しみにしてるみたいだったから知ってるもんだと思ってたよ」
「いや、知らなかったよ」
「ほらこれ、貰ってきたんだ。折角だから書こう」
「ありがとう」
柊から紙と鉛筆を受け取り、願いごとを考える。
俺の願いは……そうだな。
“感情が、戻りますように。”
書いたそれを丸めて、火へ投げ入れた。
隣の柊も書けたようで白い塊を火に投げていた。
願いと共にどこまでも燃え上がる火は周りを明るく照らす。
「凄いな……」
そうキャンプファイヤーを見ながら呟く柊の横顔に目が離せなくなったのを覚えている。
この時間が続けばいいのに。
しかし時間は止まることを知らず進み続け、キャンプファイヤーの火は消され、後夜祭は終わりを告げた。
***
翌日、学園祭の振り替え休日。
目覚まし時計の前に俺の耳に聞こえたのは忌々しい声だった。
『終わりだよ。それを伝えに来たんだ』
猫の口でそう告げる。
「なんで、俺一人の時に?」
『んー……他に話すことがあったからかな』
窓から机の上に飛び移る。
俺の目の前で座り、その青い鏡のような瞳に“俺”が映し出される。
『……予想外な部分だったけどね。海上千、気付いているはずだろう? 自分の中に芽生えた感情の名前を』
「…………感情の……名前……?」
柊を見ていた。
気付いた時には目で追っていた。
気になった?
目についた。ずっと見ていたかった。
……ずっと……?
…………この感情の名前は……?
『なんだ、分からないって顔だね』
「お前……」
『まあいいや。それで進めるのも面白い。次、君は傍観者でいいよ』
「傍観者?」
『誰かには傍観者になってもらわないと大変なんだ。ボクがここに来たことは誰にも言わない。これを約束して、ね』
『もし約束を破ったら、傍観者を無効とし、時間を……ずっとにする』
第二章、完結まで読んで頂きありがとうございます!
第三章はネームすら出来てない状態なので最新遅れます……。
申しわけないですが待っていてくれると嬉しいです。それではまた三章で。




