1.気付いたら、もう始まっていた物語
まだ日が上がったばかりの朝の登校時間。
日陰の少ない通学路は辛いと切実に思う。
今日は偶然校門近くで、宮本歩夢・柊要人・佐藤香穂・佐久間透と会った。
俺・海上千とこの四人が出会ったのはホオズキの陰謀故だ。
色んなことを仕掛けられた。でも、佐藤の入院先で“人格入れ替わり”はおしまいと言っていた。あれ以来、ホオズキも見ていない。
やっと、普通の高校生活ができるのであろう。
何気ない話をしながら、校門から生徒玄関までの道のりを歩く。
「あっつーいー!!」
九月ももうじき終わり。暦ではもうすぐ秋なのに、まだまだ暑さが残っている。
みんなが思っているであろうことを宮本が大声で叫ぶ。
「歩夢うるさい」
「もうすぐ十月なのにまだまだ暑いねー」
「でも、十月には楽しみがあるんだよ!」
「学園祭だよね! チア部ステージでダンスするよ♬」
「……あの、へそ出しで? 短いスカートの?」
「さ、佐久間君! 変な言い方しないで! チアガールの服だよ!」
「お腹冷やすなよ。気分悪くなったら……」
「大丈夫だよー」
前回の一連で、佐藤の佐久間の間に温かな友情が芽生えた。
というより、佐久間が佐藤のことを過保護に扱うようになった。
佐藤も満更ではない表情で過ごしている。
「要人もステージ出るんだよね?」
「ああ、演技部のな。なんでも、俺を主役にしてほしいってやつがわざわざ演技部まで来たらしくて……ゆっくりクラス周りたかったんだけどな」
「へー、要人のファンかな?」
ボヤく柊と、その柊のファンに興味津々な佐藤。
「あ、それわたしわたし! それでそれで、なんの役? 姫? お姫様?」
「歩夢かよ……騎士、だ」
呆れたように自分の役を公開する。
「えー姫じゃないんだ?」
「当たり前、だろ」
柊が宮本にデコピンをくらわす。
宮本と柊の会話のようなボケツッコミも板についてきた。
上手いこと会話に入ることのできない俺は――――……。
「海上! 遅い!」
目の前で柊の声がする。
思考が停止し、一気に顔を上げる。
「…………柊……」
「置いてくぞ!」
そうか、この人たちは。
誰一人として置いていかない。
――――――…………。
「!!」
頭に流れる一瞬の映像。
それはとても鮮明で、今この場で起きているのではないかと思うほど。
佐藤が……転ける?
ご丁寧に佐久間も巻き込んで……?
目の前の二人は普通に歩いてる。
さっきのは、なんだったのだろう?
よく佐藤の転けるところを見るから、頭に焼き付いてでもいるのか?
「きゃっ」
瞬間、小さな悲鳴と共に佐藤が転ける。
頭の映像と同じく、佐久間を巻き込んで。
「ご、ごめんね佐久間君! 怪我してない?」
「佐藤こそ……」
「わたしは大丈夫だよ!」
なんだ、偶然か。
偶然だろ、佐藤はよく転ける。
さっきの映像はなんだ?
たまたま頭に流れて、それと同じことが現実に……。
――――――…………。
また同じような感覚で映像が頭に流れてくる。
今度の映像は……。
「要人、危ない!」
「え?」
宮本が間一髪で“あるモノ”と柊の間に入る。
バシッというなにかをキャッチした音。
「歩夢っ!」
「…………ふう、間一髪……」
宮本の手にしているもの、柔らかめのバレーボールだ。
そこまで硬くはないが、投げられて飛んで来たもの……痛くないわけはない。
「あ、歩夢……すまん助かった。でもよく分かったな? バレーボールが飛んでくるなんて」
「ああ、それはね」
すみません! と声を上げて外で練習していたのであろうバレー部員の人達が数人、走ってきた。
その人たちに手元のボールを投げながら宮本が話す。
「見たからだよ。頭の中で、要人がバレーボールに当たっちゃう映像を」
「頭の中で映像……?」
ぐう、ぜん……?
嫌の予感がする。
どうしようもなく、嫌な予感が。
『気分はどう?』
突然の出来事だった。
“おかしさ”というものは確かにあったが、それに前触れなどはなく。
今この時に起こったものこそが前触れであるなんて。
いくらなんでも卑怯だ。
こちらに防ぐ手段など、与えてはくれないのか。
終わったと思っていた。
俺たちはまだ、この状況から抜け出せずにいたのか。
『やあ、久しぶりだね。お楽しみかな?』
逃れることはできない。
「ホオズキ……! どうして!」
『だって言ったでしょ?』
『人格入れ替わり“は”おしまいだって』
ただ弄ばれているだけなのかと。
それが、自分たちの運命なのかと。
『そんな怖い顔しないでよ。楽しんで楽しんで。今回はただの未来予知だから。まぁ、未来を見て未来を変えるかそのままにしとくかは、君たち次第だけどね』
そうか、これは。
『今回も僕を満足させてくれたら、おしまいにしてあげる』
そういう物語なのかと。
思わざるを得なかった。
***
「歩夢。頭に映像ってどういうことだ?」
「そのままの意味だよ。要人にボールが飛んでくるイメージが頭に直接流れ込んできたの……ね、千君」
「ぇ、……うん」
聞き役に徹してる最中に呼ばれたので声が裏返りそうになった。
ふとそれに対し、疑問に思ったことが一つ。
俺は宮本に、自分も映像を見たと話しただろうか?
「海上君?」
「ん……どうした?」
「ううん、ボーッとしてたからどうしたのかなって」
「……少し考えごとしてただけだよ」
佐藤の声で現実に引き戻される。
気にすることはないだろう。
きっと自分で言って、忘れてるだけだろうと。
きっとそうなのだろうと。
思っていたかった。