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5話 乗り越える壁

博士はこの世界を愛し、そして誰よりもおっちょこちょいでもあった。そんな博士が好きだった。


当時少年だった私は毎日博士の家に行って博士と一緒にどこで使うのか分からない発明品の研究に没頭した。

博士はこれを見てくれと言わんばかりに私に発明品を見せてくれた。

「ゲルム。見よ!これは私が考えた自信作、楽々お掃除ロボット "やる気君"だ」

「これっ…少し大きく無いですか…?」

やる気君は博士の家の居間の空間を殆どを占めていて床が見えない。やる気君の顔はとても凛々しい。

「はっ!?これじゃあ狭い所は掃除できないでは無いか!やり直しだぁ…」

「またですか…」

こんな事を連日繰り返していた。だが、そんな空間もまた大好きだった。 やる気君に目をやると凛々しかった顔が呆れている様にも見えた。


無我夢中に作業に取り組んでいた私達は、気が付けばもう外の景色は暗くなっていた。

(もうこんな時間か…帰らないと両親が家で待っている)

「博士、今日はこれで帰ります。また明日来ます!」

「そうか。もうそんな時間か。また明日な。気を付けて帰るんだぞ。最近世の中物騒だからな…」

「大丈夫ですよ。走って帰れば直ぐですし」

「そうか。じゃあの」

「失礼します」

私は博士との別れを告げた際、足で何かを踏んでしまった。足の裏を上げると、そこには、動物の耳の様な装飾品が転がっていた。まだ耳が片耳しか付いていない。博士にばれては面倒になりそうだと思いそれを持ち出して家を出た。それにしても相変わらず汚い家だった。


帰り道私は全力で走った。足の速さは自分の持ち味でもあった。地域の運動会でも私は大人に張りあえるぐらい、むしろ負けない程だった。博士の家から私の家まで走れば精々5分から10分ぐらいの距離であった。


(角を曲がれば直ぐ家だ)


健が悲鳴をあげそうなくらい速度を上げた。


私の家に着いた。明かりが点いている。私は兄弟はいない。両親と三人で暮らしていた。

すると家の中から2人組の黒い正装姿の男が出てきた。 咄嗟に私は家を囲む出入り口から死角になるフェンスの向こう側に身を潜めた。さっきまで荒かった呼吸を整えて息を殺した。

2人組は何か会話をしている。私は耳を傾けた。だが、あまりよく聞き取れない。私は耳に全神経を尖らせた。


「これで全部か」

(全部って何の事だ)


「いや、まだですぜぇ。兄貴。此処に餓鬼がいるそうでぇ。母親は一切口を割りやせんでしたが」

(ははんに何かしたのか?ちちんは大丈夫なのか?こいつら一体人ん家で何を…)


「餓鬼ならどうせ野たれ死ぬ。時間の問題だ。この周辺の悪魔は全て狩ったのか?」


「それなんですがぁ 兄貴。此処からそう遠くは無いんですがぁ、そこに、老ぼれの爺さんがおって何やら偉いもの開発しとるっちゅうの聞いた事ありやすぜぇ。それさえあれば世界をひっくり返せるやら…名前はカチュ…カチュ…」

「世界をひっくり返せる力…フッフフ…ハハハハ 。面白い。其奴の場所へ案内しろ」

「へぃ 兄貴ぃ!」

2人組は博士の家へと足を進め、角を曲がり見えなくなった。


私は直様家に入った。家の中では、今日の晩御飯の匂いが充満している。

(何だ。何も起こってないじゃないか)

「ただいま」


だが返事は来ない。いつもなら無駄に元気のあるちちんが

「おかえり!今日も博士の家行ってきたのか!」

と嬉しそうに話すちちんの姿も声も今日はない。

電球は明るいが、場はいつもより静まりかえっている。

私は、靴を無造作に脱ぎ捨て、数歩程しか歩くスペースの無い短い廊下を歩いていく。


ドア越しには音が聞こえる。TVだろう。だがちちんの声もははんの声も聞こえない。


ドアノブを回し、部屋に入った。


そこには、いつもの父親と母親の姿は無かった。



あったのは残酷な無惨な両親の姿だった。


いつもどんな時だろうと笑顔で帰りを待ってくれていたははんは、跡形も無い程頬が腫れきっていて、腹には包丁がえぐられていた。

ちちんは母親をかばう様な態勢で何十回、何百回と蹴られたような痣が無数にあり、背中に何箇所もの切り傷があった。


私は受け入れる事が出来なかった。断末魔のような声が部屋中を響かせる。私は憎かった。

「あんまりだよ…」

私は膝を落とした。

「ちちん…ははん…起きでぇぇえよねぇ…!夕ご飯まだだよね…ははん今日の夕ご飯は何かな?カレーかな?クリームシチューかな?…」


母親は動かない。だが私は話しかけた。まだ諦めたく無かった。受け入れたくなかった。

「ちちん..!今日何て博士がね。やる気君とかいう大きな掃除機ロボットを開発したんだけど、その掃除機ロボットが部屋をほとん…ほとん…ほとんど…グスッ…ねっ…」

父親もまた母親を守るようにして動かない。


私も限界を迎えていた。 等に精神状態は不安定だ。

「2人とも起きてよねぇ!ちちんもいつもの様にふざけてるんだよね…!?もうバレバレだから!本当は起きてるんでしょ! ははんもいつものように笑顔でこっちを見てよ…下ばかり見てないで…」


父親も母親も依然として動かない。


「こんな最後あんまりだよっ!ちちんもははんにもまだ親孝行してあげれてないのに、あんまりだよっ…いい加減目を覚ましてくれよ…」


私は地面を強く叩きつけた。拳からは血が滲み出ている。私は何発も殴る度に自分の不甲斐なさとこの世界を憎んだ。博士が好きなこの世界を…


殴り続けていると、 懐からポロッと何かが落ちた。


博士の家から拾ってきたガラクタだ。


「こんな物…あっても何も救えやしない…」

博士の家に歩いていった2人組を思い出した。


「博士も失ってしまう」


これ以上大事な人を失うのは御免だ。私は両親との別れを決意した。両親はどこか幸せそうな顔をしているように見えた。


「ちちん…ははん…私は貴方達の子供で良かった。ありがとう。そしてさようなら…」


私は両親の元を離れ、


片手に博士のガラクタを手にし



博士の家に走り出した。

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