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フェイト視点:

 王子と王女の状態は最悪だった。

 ハルスタッド一族としては後手後手にまわる形での保護になってしまった。

 その為に、王子は心を閉ざして自分を守るようになっていた。

 元から懸念されていた王女は、こちらに情報をくれていた乳母が命がけで守ってくれていたおかげで事なきを得た。

 どうにか二人が10歳になる前に引き取ることができたのが唯一の心の慰めだ。これから二人は更にハルスタッド一族らしくなっていくだろう。

 それにしても、王女に手を出される前で本当に良かった。あの王なら、実の娘でも手を出すに違いないから。


「フェイト。アスバル。どこにもいかないで。僕を一人にしないで。何でもするから。お願い、傍にいて」


 王子からハルスタッド一族特有の相手を魅了する力が発せられる。

 この魅了の力は諸刃の剣だ。うまく使いこなさなければ、我が身に不幸しか招き寄せられない。

 子どもの頃には使いこなせないこの力は、10歳を超えると格段に強くなっていく。

 10歳にも満たない時点で既に使いこなせている状況が、王子が置かれていた環境を物語っていた。


 王子の身体についていた傷。あれはこうして魅了の力を使う前に、付けられたのだ。

 魅了の力を使う前に、使いこなせるようになるまでにどれほどひどいことをされて来たのか?


 そもそも、あの王も王子の身と心にあんな傷を付けた女をそんなに寵愛しているのなら、ハルスタッド一族の母親を持つ前正妃に手を出さなければ良かったのだ。魅了の力を振り切ってまで寵愛していたのだから、そのまま前正妃を無視していれば、王子があのような目に遭わずにすんだのに。

 どこが可憐で健気だ。

 それでころか、血の代わりに氷でも流れているような化け物じゃないか。

 人を見る目も、自分の暮らす城で起きていることも何も理解していない愚かな王。


 一族にはある程度魅了の力に耐性があるので、王子の魅了は私とアスバルには効かない。王女はまだ幼くて効いていないようだ。

 しかし、私とアスバルは王子がこのように身を守るしかない状況にした相手に憤りを抱かずにはいられない。


「王子。そのようなことを口になさってはいけません」


 旅をしている間に世話をしていれば、王子の身体に残る傷でどのようなことが行われてきたのか一目瞭然だった。

 あまりにも痛ましく、幼い身で過酷な試練を潜り抜けてきたとはいえ、まだ王子は子どもだ。

 旅の間に心を許した私とアスバルが傍を離れることを嫌がるのも無理はなかった。

 しかし、彼らの主から与えられた命はハルスタッドの館で保護する為に連れてくることだけだ。


「そうですよ。この館には姫も残られます」

「姫・・・。ブランシェが・・・?」


 王子は呆然とした表情で、傍らの王女を見る。

 双子でありながらどことなく違う冷たさを持つ二人。王子は壊れやすいガラスで、王女は鋼鉄。二人が氷なら、王子は冬の湖に張る氷で、王女は氷山。

 育成状況が違うとは言え、二人は共に子どもらしい明るさを失っている。


「そうよ。リュミエール。これまで一緒にいられなかった分、ずっと一緒よ」


 王女は王子に見えるような位置から王子の肩に触れる。それでも王子は身体をビクリと震わせる。

 そして、肩に置いた王女の手を王子がつかむ。


「ブランシェ。傍にいて。僕から離れないで」


 泣きそうな顔で王子は言う。

 つかまれた手の痛みが王女に王子の苦しみを伝えたようだ。王女は痛みで顔を顰めそうになるのを堪えて引き攣っている。


「私は傍にいるわ。ずっと、リュミエールの傍にいる。だから、大丈夫」


 隔離されて無視されてきた王女。

 王太子として正妃の下に残され、自分の意志を無視されてきた王子。


「どうして? どうして、僕にそこまでしてくれるの?」

「だって、私たちは双子だもの。あなたができないことは私がやる。私ができないことはあなたがやる。そういうものでしょ?」

「ありがとう、ブランシェ」

「ありがとう、リュミエール。感謝したいのは私のほうよ。あなたの苦しみは私の苦しみを引き受けてくれた分なの。ありがとう、リュミエール。あなたの為だったら、私は何でもするわ。あなたが私の代わりにあの苦しみを引き受けてくれたように、これからは私があなたの代わりに苦しみを引き受けるわ」


 乳母に守られていた王女は強い。軟禁されて育っていても、王女は精神的成長ができる環境があった。

 しかし、王子はそれが許されなかった。王子は身も心もボロボロにされ、精神的にはひどく幼い。心を凍らせたその下はあまりに柔らかい。


「それに我らも任務が終わり次第、会いに参ります」


 気付けばそう口にしていた。


「本当に? 本当に会いに来てくれるの?」

「来るだろう、アスバル?」


 アスバルに同意を求める。


「もちろん」


 アスバルの返事を聞いても不安なのか、王子は言葉を重ねる。


「会いに来て。僕に会いに来て。ブランシェと一緒に待っているから会いに来て」


 王女と寄り添う王子の願う声はいつまでも耳に残った。

 私とアスバルは王子のあまりにも小さな願いを叶えられずにはいられなかった。

 そして、王女はこの時の誓いを守って、終生、王子の傍にいることとなる。

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