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雪虫  作者: 玉木 久芳
2/6

 煙におびえていた雪虫たちが、再び、アタシたちの周りに集まってきた。

 白い綿を身体につけて、あちこち飛び交う、雪のような小さな羽虫たち。正式名称はトドノネオオワタムシっていうのだけど、たいていの人はその名前を知らない。雪虫は雪虫だ。

 この虫が飛びはじめると、季節はもうすぐ冬になる。

 雪虫は、冬の使者といわれていた。

 ひらひらと舞う雪虫を肩にとまらせて、嬉しそうに微笑むユキムラもまた、雪虫の飛ぶ時期にだけあらわれる使者だ。雪虫とともにやってきて、本物の雪が降ると消えてしまう彼と出会って、もう五年になるだろう。

「今年はちょっと、来るの遅かったんじゃない?」

「俺にも事情ってもんがあるんだよ」

 公園のベンチに二人で座って、ぼんやりと空を眺める。それは毎年恒例のことで、初雪はいつも、彼と一緒にむかえていた。

 とくに特別なことをするわけじゃない。しいていえば時間の共有。彼がいることでその使者の役目が果たされるというのだから、楽といえば楽だけど、果たして本当に彼は使者なのかと疑ってしまうこともある。

 アタシは横目で、彼を盗み見た。

 ユキムラは、成長というものをしない。会うたびに背がのびているアタシと違って、彼はずっと十代後半の青年の姿のまま。季節はずれの褐色の肌に、短く切った黒い髪。丸い瞳に、大きな口。笑うとのぞく白い歯。

 男の人の表現に使うのはためらわれるけど、その横顔はとても綺麗だった。

「――シノブ」

 ユキムラがこっちを向いて、アタシはあわてて視線をそらした。

「待ち人は、来たか?」

「……ううん」

 彼はそれに、そうか、と呟くだけ。そして何も言わずに、再び空を見上げてしまう。

 

 ――初雪は、毎年一緒に見れるからな。


 そう語った彼は、もう、何年も帰ってこない。

 ユキムラは、長らく離れ離れになった人をめぐり会わせる、再会の使者だった。



   ○○○



『彼』は、旅人だった。

 旅行などの軽いものではない。家を離れ、さまざまな地をめぐる放浪の旅をしていた。

 高校を卒業して、進学も就職もしなかった彼は、町から町へ転々と旅をしていた。資金がなくなったら小さなバイトをして、あとは絵を描いたり写真を撮ったり、ノートに何か書きためたりしていた。

 そんな生活を始めて一年になると、あの時の彼は言った。だから当時十九歳ぐらいで、アタシはまだ小学生で。兄妹にも見えないその組み合わせは、とても不自然だったと思う。

 スケッチブックやカメラの入った鞄を肩にかけて、町を放浪していた彼は、どう考えても不審者で。けれどもとくに人目を引いたりしなかった。空気のように穏やかに町に溶け込んでいた彼の存在は、ほとんど誰も気に留めなかった。親も、兄や姉も、友達も、アタシが彼と仲良しだったことなんて知らない。

 町を歩くたびに必ず姿を見かけた彼。みんな気にも留めない彼に、唯一幼かったアタシだけが興味を持って、見つけるたびに迷惑にも付きまとっていたのだ。

 ひょろりと長い背を猫のように丸めて、このベンチに座って、スケッチブックに絵を描いていた彼。その隣にはアタシ。誰も知らない自分たちの関係が、まだ小学生だったアタシにとって、とても特別なものだったのをよく覚えている。

 

 そんな彼が町を去ると言ったのは、雪虫が空を舞い、もうすぐ初雪が降るだろうと言われていたころだった。


 次の旅への資金もたまったので、次の町へ行こうと思う。そう告げた彼が一ヶ月近くも一つの町にとどまったのは、初めてのことだったらしい。

『俺、寒いの苦手なんだよ。だから次は暖かいところに行くわ』

 空に向かって紫煙を吐きながら、彼は言った。

『寒いと煙草吸いたくなるから、すぐ減るんだよな。旅の資金はできるだけ節約したいし……っていったって、煙草はどうしてもやめられないんだけど』

 シノブは未成年で煙草吸ったりするなよ。自分を棚に上げた忠告をする彼は、全身を黒い服でまとめていた。髪も黒ければ肌まで黒い。笑った口からのぞく歯だけは白かった。


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