平和
トントン、部屋のドアの戸を叩く音が聞こえる。
「はい。」
戸を開けるとまるで庭師のような汚れたツナギを着たラルフの姿があった。
「待たせたな。行こうか。」
そう言うと私の手を引いて歩き出した。
「あ、あの…1人で、あるけます。」
ラルフはキョトンとした顔でこちらを見たが、にんまり笑うと繋いでいる手に力を入れた。
「俺が、こうしたいだけだからいいんだ。」
再び前を向いて歩き出すラルフの背中を見ながら、初めての経験にドキドキするしか無かった。
やがて城の外に出て裏側に回ると、そこには広い花畑が広がっていた。
その大半を占めるデイジーの花が風に緩く揺れていた。
「きれい……。」
「ここには、秋になればコスモスが咲く。アヤメなら花言葉がわかるだろ?」
デイジーの、コスモスの花言葉…
「……平和…。」
「そう。この花畑はこの国の平和を象徴している。」
「素敵ですね。」
「今は隣国と緊張状態にある。この国の大臣や政治に関わる者たちが王の言いなりだ。皆、隣国との戦争を望んでいる。今は王が伏せていて滞り気味だが、準備も着々と進められている。」
ラルフはつらそうに顔を歪めた。
「だからこそ、今止めなければならない。花に想いを込めたところでどうにもならないことなどわかっているんだ。だけどこれは、願掛けになっているんだ。…王がこのまま伏せているようであれば近いうちに俺が王になることになるだろう。そのときにアヤメ、お前の力が必要だ。」
「私の…力……?」
「お前には俺の抑止力になって欲しい。頭に血がのぼると何をしでかすかわからないからな。」
ラルフ乾いた笑いをもらす。表情はまだつらそうだ。
なぜ、私なのかわからない。でも1つわかることがある。
「話してくれてありがとうございます。1人で、ずっと、悩んでいたのですね…。私で力になれるのであれば、惜しみなく協力します。だから、あまり1人で溜め込まないでください。」
小さく震えていた肩をなだめるように抱きしめた。
ラルフは1度驚いたように肩を上げて、やがて私の首筋へ顔を埋めた。
「ありがとう……。」
ラルフは少しだけ泣いていたように感じた。
私よりも大きいはずなのに、すごく小さくて消えてしまいそうに思えて腕に力を込めた。
きっと、ラルフの考えているように物事がうまくいくことはないのだろう。
私は大切なものを奪ったこの国が嫌いで、王族がどうしようもなく嫌いなはずだった。
でももし、この国にたくさんの血が流れるのだとしたら私は私のできることをしたいと思う。
そして何よりもこの小さく消えてしまいそうな存在を守りたいと思った。
今は、それだけ。