貞操の嬉々
どうにかして誤魔化して逃げられないだろうか……。
「でね、やっぱり胸の大きさより乳輪が重要なんだ。私は大きめの胸が好きだけど、大きな乳輪だとなんか萎えちゃうんだよね。あ、勿論そりゃ黄蝶ちゃんが1番だよ? 胸も肌もやっぱり黄蝶ちゃんが1番素敵!」
「はは……は、はは……」
――貴方は私の胸なんて、見たことないでしょうが!――
自宅への帰り道、横で楽しそうに話す みゆき の専門的過ぎる話を馬耳東風で笑って誤魔化しながら考える。
――何故、私はこんな目に遭っているのか……。おかしい、みゆきが私のことを好きなのは分かった。うん、女同士とはいえ好きだと言われれば、嬉しいのも否定はしない。だけど、私はみゆきが好きだとは言っていないし、レズ趣味があるとも言っていない! なのに何故か、昨日初めて話した仲なのに、なんだか恋人みたいに思われている!――
昨日の放課後、友達の結花に私を好きな人がいるからと、引き合わされた相手は女子のみゆきだった。
男子だとばかり思っていた私は会う事を承諾したのだったが、相手が女子だと分かった途端断るのも憚れたので、なんだか、自棄というか意地というかで……とにかく、一緒に下校したのだ。
色々な話をしたが、結局分かったのはみゆきがレズだという事と、入学してから、ずっと私に告白するチャンスを狙っていた事くらいだった。
そして今日、学校から帰ろうと思ったら、みゆきが下駄箱に現れて言った。
「今日これから黄蝶ちゃんの家に遊びに行ってもいい? ……その、良かったら一緒に勉強しない?」
「え? いやぁ~ウチは妹と同部屋だし……ちょっと遠いし……」
「遠いってほどじゃないじゃない、それに私歩くの好きよ? 部活も病欠って事にしたし。それに妹さんにも是非会ってみたいの! あぁ、黄蝶ちゃんの妹なら、きっと可愛いんだろうなぁ~! ワクワクしてきたヨ! 小6なんだよね? 藍燐ちゃんだっけ? フフフ、ねぇ? いいでしょう? 私、今日は黄蝶ちゃんのお部屋に行くって決めているの!」
「えぇ!? うぅ~ん、じ……じゃぁ、少しなら……」
――何故か妹の名前まで知っているし……ていうか、知り合ったばかりなのに、慣れなれしい娘だな――
そんな感じで、何と無く招待する羽目になったのだが、家が近付くにつれて後悔し始めた。
――なんかこの娘……変だ、レズとかいう以前に何か変だ――
「それから、AKBのあの娘も絶対こっち側だよ~! 他のメンバーを見る目が、なんかちょっとエッチなんだよね! それから……」
「あのっ! みゆきちゃん? あのね」
「ん? なになに? 黄蝶ちゃん!」
「いや、その……うち、凄く散らかってるけど、いい?」
「勿論! 普段の黄蝶ちゃんのお部屋が見たいの……お布団? それともベッド? ご両親は家にいるの?」
「………………」
――嫌な予感しかしないんデスケド――
「あ、ごめん。変なこと言っちゃったカナ? つい、黄蝶ちゃんのお部屋に行けると思ったら、テンション高くなっちゃって、へへへ」
――テンションっていうか……かなり妄想が暴走気味なような――
私は思い切って、言うことにした。
「やっぱりっウチは止めておこうか! いやそのさ、じっ実は! 妹は凄い人見知りだし(嘘)兄貴はロリコンだし(嘘)父さんは暴力団関係の(大嘘)……!」
気付くとみゆきは涙を目いっぱいに溜めていた。下唇を噛んで右手で制服のブレザーの胸の辺りを強く鷲掴みに掴んで、肩を震わせて嗚咽を忍んでいた。
「ぇ! あ、あの、みゆきちゃん?」
「ごべんねぇ……うぅ~、わ、私、そんなに黄蝶ちゃんにっきっきっぃ~……きらわ、嫌われているっで、しっしっ知らなぐて……ひっく」
そう言って、ついに両手で顔を覆うと、声を出して泣き始めた。
「ぇ? え? 何で? 嫌ってる訳じゃないよ? ただ、その……」
「だっでぇ~、ゆっ結花ちゃんはぁ~うぅ~、遊びに行った……ってぇ~うぅ~うっ、いっ言ってたし……いもっ妹さんもっ人懐こいせっ性格だっていって、ひっく、いっ言ってだしぃぃひっ」
――なるほど、結花情報か……あの女のせいで、こんな苦労を――
「わ……分かったよ。ごめん、みゆきちゃん。泣かないで? 私の部屋に遊びに来ていいから。私の寝床は2段ベッドの上だよ」
すると、みゆきはピタリと泣き止んだ。
「ぐす……いいの? やっぱり黄蝶ちゃんは優しいんだね、大好き」
顔を赤くしてそう言いながら、私の手を自然と握った。
どうにか自然に離せないかと努力したが、叶わず。
手を繋いだまま、自宅前。
――何故、こんな事に――
「あの……手、離してくれる?」
「あ! あぁ、ごめんごめん。家族にはまだ内緒なんだね」
「…………」
「どうしたの? それにしても、この辺って豪華な家ばかりだねぇ~黄蝶ちゃんのお家も立派~!」
はぁ、溜息と共に玄関を開く。
藍燐の靴が無い……なんで、こんな日に限っていないのよ!
「へぇ~へ~。黄蝶ちゃんってブルジョアァ~! 私、玄関にシャンデリアがあるお家初めて見たヨ……凄いね~お部屋楽しみぃ~♪」
「まぁ……貧乏ではないと思うけど……。あえて言うなら父さんがお金持ちなだけ」
「ふぅ~ん、本当のブルジョアは否定しないんだね……さすが!」
――大概友達を連れて来ると、こんな反応をされるので自宅に招待するのは苦手だ。お小遣いは皆と変わらないのだ。金持ち扱いは困る――
「部屋は普通だよ。どうぞ、今誰もいないみたい」
「へぇ……2人きりなんだ、そうなんだ。そーかそーか」
「…………」
「あ、いや、ははは。この毛皮凄いね! 玄関に毛皮ひいてあるお家も初めてだよ! あははは、これ何の毛皮?」
「……知らない。部屋こっちだから……あのっみゆきちゃん? 今日は勉強するんだよね?」
「ん? あぁ、勿論ダヨ。だから、ほら学校の帰り&スクールバッグ! 宿題もたんまり!」
みゆきはそう言ってバッグを叩いて微笑んだ。仕方なく自宅奥へと進んでいく。廊下を進まずリビングを横切って自室までの近道を進む。
「へぇ~、子供部屋2階じゃないんだ? この部屋はなに? 広いねぇ~このソファふっかふか~♪ 身体が沈む~」
革張りのソファーに飛び込んで、はしゃぐみゆき。
「……2階は兄貴と父さんの部屋になってるの。私の部屋はこっちだよ。そのソファが気に入ったのなら、ここで勉強する?」
「いや! 黄蝶ちゃんのお部屋がいい! 行こいこ!」
――やっぱり? ……ちょっと期待したんだが――
リビングを横切り廊下に出て更に進み、突き当たりのドアを開ける。
「わ~! ……って、普通ダネ……もっと凄い部屋なのかと。それに妹さんと相部屋なんだよね? 部屋たくさんあったけど?」
「この部屋は家で1番狭い部屋なの、広い部屋は落ち着かないんだ。妹と同じ部屋なのは姉妹で決めた事なの……事情があって、私達はいつも一緒にいるって決めているから」
「……ふぅ~ん。ま、いっか。 ふむふむ、うんうん。こっちの机が黄蝶ちゃんの机だね?」
うん。頷きつつ折りたたみテーブルを広げて、部屋の中央へ設置する。
「待ってて、とりあえずお茶でも持ってくるね」
「ありがとう~手伝おうか?」
大丈夫。と言い残してキッチンへ行き冷蔵庫を開けると、コーラの瓶があったので、栓だけ抜いてクッキーとポテトチップスと一緒にトレーに乗せて部屋に戻ると、みゆきが興味深そうに本棚を眺めていた。
――本棚の殆どはBL漫画と小説で埋め尽くされている。
「あっ! そ、それは妹の趣味なの。わ、私は読まないから!」
「へぇ~妹さんの趣味なんだ? そう言えば、まだ帰らないの? 私は男子同士のエッチはあまり興味ないなぁ~。やっぱり、女の子だよね?」
――だよねって言われても……私は違うのに――
ご機嫌な様子で設置したテーブル前に座るみゆき。
「妹なら、もう帰ると思うけど……。それよりどうするの? とりあえず宿題でもやる?」
言いながら手に持ったトレーをテーブルに置いて、ふと気付く。
――あれ? 箪笥の1番下が少し開いてる? あそこは下着の場所……まさか――
みゆきの表情を窺うように、向かいに座る。
「どうしたの黄蝶ちゃん? 宿題の前に、そのクッキー美味しそう! ねぇねぇ、食べていい?」
「う、うん。勿論……コーラは瓶のままでいい?」
「へぇ~! 瓶コーラ常備? 凄いね!」
「え? そ、そうかな。ウチはいつも瓶だけど……」
「一般階層ではペットボトルだよぉ~! あ! 美味しい!」
「一般階層って……金持ち扱いは止めて」
美味しそうにクッキーを食べるみゆき。それからコーラを手に取ると、乾杯~♪ と私の前に置いてある瓶コーラに思い切り当てた。
当然、置いてあるだけのコーラの瓶は倒れ、炭酸の勢いもあって、激しく私にコーラがかかる。
「あぁ! ごっごめんなさい! つい! 今、拭くね!」
そう言って、慌てる私の横へ来ると、ポケットからハンカチを出して拭いてくれるみゆき。
――ついって! こんなついがあるか?――
どこかに違和感を感じて、私を拭くみゆきの手元を見る。
みゆきのハンカチは――私の下着だった。
――ナニコレ? 何をしているの? この娘は――
私は混乱してみゆきの顔を見る、すると目が合う。手は私のスカートにかかったコーラを拭いているが、顔は私を見つめていた。
「みっみゆきちゃん! あの、そのハンカチっ……」
指摘されてうろたえるかと思ったが、みゆきは動じずに口角を吊り上げて口だけでニヤリと微笑む。
その表情に全身に怖気が走る。
「ねぇ! それ、私の下着だよね?!」
尻餅状態で後退りながら、攻めるように言った。
みゆきは膝立ちで私を見下ろして、手にした下着を両手の指先で摘み、胸の前に広げて微笑んで言う。
「黄蝶ちゃんの趣味が裁縫なのは有名だけど、下着も自作だとは知らなかったヨ……フリルの可愛いパンツだネ。フフフ」
そう言って下着を頬に当てて目を閉じると、続けて言う。
「こうしていると、黄蝶ちゃんの温もりを感じるわ……あぁ」
私は完全に凍り付いていた。一体何が起きているのか分からず、ただみゆきの不気味さを恐れて呆然と見上げていた。
その私に向かって、膝立ちのまま近付いてくる。
「嫌! なんなの? みゆきちゃん怖いよ! 止めて!」
腰が抜けたような状態のまま、近付くみゆきから離れようと後退り続けて、ついには壁際まで追い詰められた。
そして、みゆきがおもむろに言った。
「なぁ~んちゃって! 冗談だって、あははは。このパンツも黄蝶ちゃんをビックリさせようと思って借りただけだよぉ~フフフ」
私は恐怖からの解放に思わず、ぐったりと寝転んでしまった。
――ていうか、冗談で済む話なのだろうか? コーラまでかけて?――
「!! ひぇ??」
ふと気付くと、みゆきが上から覆い被さってきていた。そして顔をぐっと近づけて言う。
「怖かった? ごめんねぇ。怖がる黄蝶ちゃんの顔が、見てみたかったの。可愛かったよ……凄く可愛かった」
そして、次の瞬間――私は産まれて初めて悲鳴を上げた。
「ひっ?! きゃぁぁ~~!!」
みゆきの下着を持った左手が、私のスカートの中に唐突に突っ込まれ、太ももの内側から奥までを撫でる様に進んできた。
両手でスカートの上からみゆきの手を抑えるが、それでもジリジリと奥へと進もうとする。身体ごと逃げようにも、後ろは壁なうえにみゆきの右手が私の肩を押さえつけていて、身動きが出来ない。
「下着を返してあげるダケ……私の手で、穿き替えさせて、あ・げ・る」
耳元でみゆきが囁いた。
私は勉強は苦手だが、体力や運動には自信がある。女子としては筋力もある方だと自覚している。が、股の奥へと侵入を試みるみゆきの左手は、両手を持ってしても止める事が出来なかった。
――なに? この力! 本気だ、この娘本気で私を――
「いやっ嫌だ! 止めて! やめてぇぇ!」
声と同時に足バタつかせて、膝蹴りを闇雲に放った。その膝がみゆきの股に思い切りヒットした。
私は股を蹴られるという経験をした事がないので分からないが、これが意外と効いたらしく、みゆきは全身の力を失い股を押さえて倒れ込んだ。
立ち上がり、部屋から逃げようと入り口まで走ってノブに手を伸ばす――と、ドアが開いて妹の藍燐が現れた。
「わぁ! ビックリした!」
衝突しそうになって驚く藍燐に、私は思いきり抱きついた。
突然姉に激しく抱き竦められた藍燐が、戸惑いの声を上げる。
「なっ! いつから、おかえりのハグが習慣に?」
しかし、すぐに身体を震わす私の異常に気付く。
「ど、どうしたんだよ? 何かあったん? あ、あれ? あれ誰?」
部屋の奥で未だ倒れ込んでいる、みゆきに気付く。
「ちょっと、誰か倒れてるけど? あれ、どうしたんだよ? これどんな状況? 幽霊でも出たの?」
私は藍燐に抱き付いたまま、振り返りみゆきを見た。すると倒れたままシクシクと泣き出していた。
そのみゆきを眺めながら、混乱している藍燐に聞く。
「ひ、仁志は? まだ帰ってない?」
「仁志なら、一緒に帰って来たよ。帰り道で会ったから……」
兄の仁志が帰っている事に安心して、少し落ち着く。なにかあれば助けを呼べる。
私は藍燐から離れて、恐る恐るみゆきに近付き、未だ手に握ったままの下着を取り上げた。そして、すぐに離れる。
その様子を怪訝な表情で見ていた藍燐が言う。
「それ、黄蝶のパンツじゃん……は~ん、なるほど。その人が例の女子?」
藍燐に向かって、激しく何度も頷く。
藍燐の頭の回転速度は尋常ではない。大体の事情を察したようで、1度閉めた部屋のドアを開けると、廊下の先のリビングに仁志が居る事を確認する。そのままドアを開けた状態にして、私の隣まで戻って来て言う。
「なんか、ダメージ受けて泣いてるけど……大丈夫なの? この娘。もし、黄蝶の本気の攻撃を食らっているなら、違う心配が必要じゃね?」
その台詞に私は我に返った。小学校の時にドッジボール用のボールを蹴って破裂させた事があるのを思い出したのだ。
心配になり、みゆきに声をかける。
「みっみゆきちゃん……だ、大丈夫? とっ突然、変な事するから!」
変な事? と藍燐が興味津々に私を見る。みゆきの泣き方が、啜り泣きから大きな泣き声に変化する。
「ひぅ~酷いよぅ~痛いよぅ~あぁ~ん! もう、お嫁に行げないよぅ~」
――そりゃ、こっちの台詞だよ!――
「だって! い、今のはみゆきちゃんが悪いよ! 私、初めて悲鳴上げたよ! 誰だってそうするよ!」
「ひぅ~ん! 冗談なのにぃ~い~うわ~ん! 黄蝶ちゃんのっお、驚く顔がぁ~み、見たかっただけなのにぃ~あぁ~ん」
床に突っ伏して足をバタつかせて、子供のように泣くみゆき。呆れ顔でその様子を眺めていた藍燐が冷静に言った。
「よく分かんねぇけど、黄蝶の攻撃を食らったんでしょ? 傷は大丈夫?」
藍燐の冷静な声に、みゆきは泣き止むと身体を起こして座った。それから私達に背を向けて壁側を向くと、自分のスカートをまくって蹴られた所を確認した。
「なに? 股蹴り食らわしたの? ひっで……」
顔をしかめて藍燐が私に言った。
「だっだって、必死だったんだよ! …………あの、みゆきちゃん? どう?」
みゆきがこちらに向き直って正座して言う。
「ぐすん……赤くなっているけど……もう平気。あの、黄蝶ちゃん……ごめんね。怒ってる? 悪ふざけが過ぎました、もうしません。ごめんなさい」
丁寧に正座したまま頭を下げた。
――悪ふざけ……ってレベルなのかな……明らかに貞操の危機を感じたんデスケド。でも、女同士だし……ちょっと私もムキになり過ぎたのかな――
「黄蝶の本気の蹴り食らって、骨折しなかったなら儲けもんだよ。一応、後で病院行ったほうがいいかもよ?」
藍燐の台詞を受けて、私も不本意ながら謝る事にする。
「私も、その、蹴ったりして、ごめん……」
「ううん、私が悪いの。もう平気だよ! さ、勉強勉強! あ、テーブル拭かないとネ。黄蝶ちゃん何か拭く物ある?」
「あ、うん。待っていて、今持ってくるから」
タオルを取りに部屋から出た。すると、廊下の途中に、まだ制服姿のままの仁志が立っていた。どうやら騒ぎを聞きつけて、様子を窺っていたらしい。
高校2年の兄だが、養女である私達姉妹とは血は繋がっていない。
仁志も養子であるらしいが、時期は赤ん坊の頃で私達姉妹は小学校の途中からなので、仁志の方がずっと昔からこの家にいる。
私は密かに義兄である仁志に憧れているが、妹としてしか見てくれない。何度もこの恋を諦めようと思ったが、未だ諦めきれずにいる。
「あ。ひ、仁志……ごめん、うるさくて」
「……大丈夫なのか?」
「う、うん。今、友達が来ていて……ふざけていただけ」
「そう? さっき藍燐がアイコンタクトした気がしたからさ。じゃぁ、僕は自分の部屋に行くけど、いいか?」
「う、うん」
自室へ向かう仁志の背中に言う。
「あの! ありがとう。心配してくれて……嬉しかった」
仁志は微笑んだだけで何も言わずに、自室へと向かった。
タオルを手に部屋に戻ると、仲良さそうに話す藍燐とみゆきがいた。
「へぇ~小5で初BL漫画? ショックは受けなかったの?」
「最初はショックだったけど、結構すぐ慣れちゃった。面白いよ? みゆきさんも読んでみなよ」
「何かオススメはある?」
えっとねぇ~、と本棚の前に立つ藍燐。どうやらBL仲間に引き込もうとしているらしい。
タオルでテーブルを拭く私にみゆきが言う。
「明るい子だね、藍燐ちゃん。黄蝶ちゃんと似てるけど、美人系の黄蝶ちゃんと違って、可愛い系ダネ、藍燐ちゃんは。キュート!」
「……妹に変な事したら、私本気で怒るよ?」
「や~ん、怖いぃ~。私、そんな事しないよぉ~」
――じゃぁ、さっきのは何だったんだよ!――
あれ、上だっけか。と天井近くまである巨大な本棚の上を見上げる藍燐。
藍燐の漫画や本が増え過ぎて、最近父さんに買って貰った本棚は木製のご立派な物で、組み立てに休日を丸1日費やした。その本棚で部屋の壁一面を支配しているが、すでに半分以上が埋まっている。
「ねぇ黄蝶、信長ハーレムのやつって題名なんだっけ?」
「知らないよ! 私に聞くな! なんだよ、信長ハーレムって!」
「え~、黄蝶も面白いって言ってたよ、確か!」
「言ってないよ! 変な思い込み止めてよ!」
「ま、総受けの黄蝶にはハーレムは合わねぇか」
「なんだよソレ! 意味分かんねぇからっ!」
「あはははは! 面白~い、姉妹漫才だネ!」
みゆきが拍手しながら笑った。
「別に漫才じゃ……それより、宿題はどうしたの?」
「分かってますって」
ようやくバッグから勉強道具を出し始めるみゆき。
そのみゆきの真横にあたる位置に、藍燐が机の椅子に乗って本棚の上の漫画をチェックしている。
勉強道具を出していたみゆきが、ひょいっと身体を捻って藍燐のミニスカートの中を真下から覗いた。
「…………!! をぉいっ!」
無意識に基本的な突っ込みの台詞を吐いた。
「あはは~、つい! いいじゃん、女子同士なんだし!」
「ついって言葉は言い訳にならないからっ! みゆきの場合は女だから問題なんでしょうが! もうっ! 変な事しないで!」
――まさか、藍燐にまで手を出す気じゃないだろうな――
「? どうしたの? なに騒いでんの?」
椅子の上から藍燐が言った。
「なんでもないヨ~! 見つかった? オススメ漫画、初心者用にしてネ」
「うん、任せて。みゆきさんって女が好きなんだろ? BLに抵抗はねぇの? 百合物も実は少しあるから、それも貸してあげるよ」
「う~ん、多分大丈夫カナ? なんか、よく分かんないから、藍燐ちゃんのセンスにお任せするヨ~♪」
――まったく……この妹は――
小6にして高校入試問題を解くほど勉強が出来るし、最近は自分で漫画を描き始めて、その絵もまたプロ並に上手い天才系……の、くせに……。
この、腐女子っぷりだけは理解不能だ。
「とりあえず、これが初心者用の優しいやおいかな。基本的な主従物だね。それと、こっちは百合物だから、みゆきさんの趣味にも合うと思うよ」
得意顔で数冊の漫画を紹介する藍燐。
「勉強中なんですけど~?」
「ありがとう~藍燐ちゃん。じゃ今日借りてくね!」
そこへ、部屋をノックする音が響く。
はい。とドアを開けると、そこには雪絵さんが立っていた。
「ちゃお~! 黄蝶ちゃ~ん、直してぇ欲しい洋服がぁ~あるんだけどぉ~……あれぇ? お友達ぃ~?」
雪絵さんは近所に住む女子大生で、私達の家庭教師兼友達だ。兄の仁志にしてみれば幼馴染でもある。非常にトロい話し方をするが、美人で巨乳だ。
その雪絵さんを見たみゆきが、慌てたように突然立ち上がって言う。
「あ! あのっきょ、今日は帰るね! ご、ごめん。また!」
「へ? どうしたの? 突然……顔、真っ赤だよ? 大丈夫?」
「君はぁ~確かぁ~……はるみのぉ~……」
「おじゃ! おじゃまひまっしました!」
みゆきは雪絵さんの台詞を遮って、そう言うと走って部屋を出て行ってしまった。
「?? 雪絵さん、みゆき知ってるの?」
「私の友達のぉ~、弟だよぉ~。あの子、小学校の途中まではぁ男の子だったんだけどぉ、学校とかと話し合ってぇ~女子として生活するようにぃ~なってぇ~……」
「へ?? おっ男? み、みゆきが? ぇ? え? えええ?」
「やっぱりぃ~知らなかったんだぁ?」
呆然とする私を横目に、藍燐が事情を雪絵さんに説明した。
「あっはっはははぁ~! それはぁ危なかったねぇ~、あの子ぉ~身体はぁ~男の子のままだからぁ~」
呆然と固まる私を見て爆笑しながら、雪絵さんが更に言う。
「貞操のぉ危機だったね~本当にぃ~あっははは~」
こうして――私のトラウマが、また1つ増えた。




