第一章三話『光の玉』
俺は記憶喪失ということになっている。
サラリーマンとしての最後の記憶がないんだ。あながち間違ってもいないだろう。
オーフィアスは俺が記憶喪失だと知って少しほっとしたような、疑っているような微妙な反応をしながらも俺を気遣ってくれている。
ほかのみんなも記憶がない俺を除け者にしたりせずむしろわかる範囲でこの世界のことを積極的に教えてくれる。
ここにいるみんなは傭兵育成学校に通うそうだ。仲良くしておいて損はないって事だろう。味方は1人でも多い方がいいからな。
みんなは俺に通貨について、マナーについて、この世界の遊びについて様々なことを教えてくれた。
ほかにわかったことといえばエッチな悪戯はこの世界でもやはりダメらしい。スカートめくりをしたらフラヴィやノインに怒られた。
ドットは俺の真似をしてミレーヌのスカートをめくってフルボッコにされていた。ざまぁ。
それから言語。俺はオーフィアスが日本語で話しかけてきたから日本語で答えた。
だから日本語で意思の疎通ができることは知っている。
だがこの世界では当然日本語とはいわない。メフィオス語というらしい。
なんでもこの言語を用いていた人たちがつくった国の名前がメフィオスというからだそうだ。
この世界での日本語の最初の名称はわからないという。まぁどうでもいいが。
そんな感じで一週間が過ぎ、俺たちは大分オーフィアスたちの傭兵団に馴染んできていた。
俺の意識が覚醒した日から10日目の夜、オーフィアスたちは俺たちに魔法や剣、弓など傭兵学校で学ぶようなことを予習として教えるという内容の話をした。
正直、ちょっと楽しみだ。
せっかく異世界にいるんだ。
異世界の定番といえば魔法だろう。
メラ●ーマとかマヒャ●デスとかバギ●ロスとか!
ファ●ラとかブリ●ラとかクエ●ラとか!
夢は膨らむばかりである。
俺は魔法を使えるようになれるという興奮から寝付けず、ベッドの上でギンギンしていた。
股間じゃない。目のことだ。
ふと、外に出て風を浴びようと思った。
いや、風が浴びたかったわけじゃない。
何故だかわからないけどこの時、外に出なきゃいけないと思った。
外は涼しくとても居心地がよかった。
喉が酷く乾いていたが水の流れる音がする。
近くに川があるんだろう。そこで水を飲めばいい。
俺は音を頼りに川があるであろう場所まで歩いていく。
そこには光る玉、でかい蛍のようなものが一つ浮いていた。
そこまで驚きはない。ここは異世界だ。
なら俺にとって不思議な現象もこっちでは常識だったりするのだろう。
かまわず俺は水を飲むために水辺に近づきかがみこむ。
水面を見て俺は息を呑んだ。
そこに映っているのは少年の姿ではない。
疲れ切って虚ろな目をしている男が映っていた。
俺だ。サラリーマンだったころの俺だ。
その生気が失われた目と視線が交わる。
不気味だ。
もともとブサイクだったのもあるが、顔は青白く、白目は真っ赤だ。
ゾンビって表現が一番しっくりくるだろう。
水の中の俺は俺に向かって不気味に微笑む。
そして呟く。
「……お前だけに……、いい思いはさせねぇよ……」
俺は怖くなった。体が動かない。金縛りってやつだろう。
眼球だけ動かして辺りを見回す。
当然誰もいない。いるはずもない。
あるのはゾンビみたいな俺の顔と光る玉だけだ。
(ん?)
光る玉が俺の方に近づいてきているような気がする。
いや、気のせいじゃない。ゆっくりだが近づいてきている。
もしかして俺ゾンビの火の玉か?水面に映ってる俺は幽霊でその幽霊の周りをただよう火の玉があの蛍みたいなやつなのか?
そう考えれば絵面的にも納得なんだがどうして俺は自分に呪われなければならない?
わからない。
考えてるうちにも火の玉は迫ってくる。俺は動けない。
火の玉に当たったら死ぬって話を聞いたことがある。
あれに当たったら俺は死んじまったりたりするのか?
だとしたら避けなきゃいけないがダメだ避けられない。
くそ、ついさっき簡単に死ぬ訳にはいかないないって決意したばっかだぞ!
ついこの間傭兵としてこの世界で生き抜くって決めたばかりなんだぞ!
ああ、当たる当たるくっそぉぉぉぉっ!死にたくねぇよぉぉぉぉっ!
次の瞬間俺は光に飲み込まれていた。
死んでません。
ピンチでもありません。
まだまだ序の口。