第二章九話『交渉』
「なぜこっちに向かうのだ?傭兵学校はあっちだぞ」
来た時と違う道をたどっている俺たちに、道が違うとわかったグランヴァルドが問う。
「傭兵団にお前の面倒を見てもらうようにお願いしなきゃないからな。先にオーフィアスさんたちがいる宿に向かってる」
そう説明してやる。
「のう、我もぬしらと一緒に試験を受けたらけないのか?」
「魔王が人間相手にってオーバーキルすぎだろ」
「試験を受けさせてもらえるかどうかもわからないしね」
「加減はできるのだがなぁ。試験そのものを受けさせてもらえないというのは面倒だな」
「そんなに受けてみたいならどのみちおじさんたちに相談してみなきゃねー」
「しかしどうやって我のことを説明するのだ?角も尻尾もあってこんなおかしな髪の色をした子供なんて怪しすぎるのではないか?」
「それはノインにお任せあれー」
ノインにかかれば大人を騙すのも容易いだろう。
魔王であることを隠してうまく言いくるめてくれそうだ。
「すまぬな、我のわがままを聞いてもらって」
グランヴァルドは素直に礼を述べる。
「まあ、友達だからな」
「そうそう」
俺たちの言葉を聞いて嬉しそうにするグランヴァルド。
話してみてわかったがグランヴァルドは優しい。
たしかに魔王らしくズル賢かったり偉そうな部分もあるが根っこの部分は素直で優しいのだ。
いい意味で子供がそのまま大人になったみたいな感じだ。
こんな優しいやつが人間の王様なら戦争だって起こらないだろうに。
最初に会った時に言っていた人間同士が殺し合うのが嫌だったなんてのも彼女の性格からしたらあながち間違いでもないのかもしれない。
飯のためっていうのも嘘ではなさそうだが。
しかし、だ。
俺たちが話してみて初めてわかったことが初対面の、まして魔王に対して危険という先入観を持った人にそのまま伝わるかといえばそうではない。
「捨ててきなさい」
「やだ」
「だめ」
「むり」
「そいつは危険だ」
「だめ」
「むり」
「やだ」
「言うことをきけ」
「むり」
「やだ」
「だめ」
俺たちは今オーフィアスと壮絶に言い争っている。
他の傭兵団員はいつでも戦闘態勢に移れるように身構えている。
なぜこんなことになったのか?
断じてノインがしくじったわけではない。
グランヴァルドが騙すのは悪いとかほざいて本当のことを言ってしまったのだ。
素直な性格が災いした。
グランヴァルドごと正座をさせられながらオーフィアスに魔王は認めませんと説教されている。
「いくらおじさんの言うことでも友達は捨てられません」
言い切るフラヴィ。
「住む場所もないのにたった一人で捨てられたらお腹を空かせてかわいそうだよ」
情に訴えようとするノイン。
「まだなにも悪いことをしていないのに捨てろというのはあんまりです」
そして俺も抗議する。
「うちには魔王を置いておける余裕はない。お前たちに何か起こってからじゃ遅いんだ」
そして魔王反対勢力のオーフィアス。ほかの団員もオーフィアスに賛成みたいだ。
「ぬしらさっきから捨てる捨てないって我を野良犬扱いしておらぬか?」
そんなグランヴァルドの意見は無視された。
かれこれ三十分近く捨てなさいやだむりだめの応酬だ。
「本気で魔王が世界征服なんてしたら捨てようが捨てまいがどのみちわたしたちは滅びると思います」
フラヴィが言った。
「いや、もうしないぞ?友達を危険にさらすわけが無いだろう。それにあの方法は一時しのぎにしかならなかったし」
グランヴァルドがなんか文句を言っているが知らん。
俺も畳み掛けに行く。
「友達思いのいいやつなんです。俺たちに危害を加えることは絶対にないですよ」
「怒って暴れたらどうする?本人にそのつもりはなくてもここいら一帯が消し飛ぶかもしれないんだぞ?」
「大丈夫だ。我慢するし加減もできる」
「あんまり捨てろ捨てろって言うと魔王が怒って暴れちゃうよ?」
「いや、暴れちゃわないぞ」
「下手にその辺に捨てるよりは友達だぞって言っておいて利用しておく方が危険がないと思います」
「友達になったのは我を利用するためだったのか!?」
相変わらずグランヴァルドの言葉は無視され続けている。
「フラヴィはまだしもノインとロウズの方がよっぽど魔王より悪人っぽいこと言ってるんだが……」
話を聞いているポルクとアレクが引いている。
どうやらグランヴァルドに同情すらしているみたいだ。
「こんな便利な生き物は飼い慣らした方がいいと思います」
「飼い慣らすって……」
「その気になれば魔王にけしかけて力ずくで認めさせることもできるんだよ?」
「い、いや、やめてくれ」
「生かさず殺さず使えるだけ使いましょう。捨てるのは使い物にならなくなってからでも遅くはないですし」
「お前らホントにガキか!?ノインは俺を恫喝してくるしはロウズに至っては悪徳領主とさほど変わらねぇこと言ってるぞ」
「なに、捨てるのが面倒でも捨て駒程度には使えますよ。腐っても魔王なんですから」
その言葉をトドメにグランヴァルドは泣き出した。
呆れたフラヴィと慌てたルミアがなだめる。
もう最初の緊張感なんてあったもんじゃない。
大泣きするグランヴァルドを見てみんなもう魔王が驚異なんて感じていないようだ。
――フッ、計画通り――
最終手段として考えていた方法だがノインも似たようなことを考えていたらしく便乗してくれたので予想以上にうまくいった。
「あぁ、もうわかったよ!てめぇらでちゃんと面倒見ろよ。もう俺はどうなっても知らねぇからな!」
俺とノインは目を合わせてほくそ笑む。
その様子を見たオーフィアスたちはもう何も言う気にならないみたいだ。
「それから魔王が傭兵学校の試験を受けたいみたいなんですけど」
「好きにしてくれ。試験の方もこっちで連絡しておく。今更一人くらい増えても大丈夫だろ。加減はできるって言ってたがくれぐれもやりすぎるなよ。模擬戦でうっかり相手を殺したとなれば下手をすれば犯罪者だからな」
オーフィアスから許可がおりた。
話が終わり、オーフィアスが出ていく。
「どうせ友達だって思ってくれてたのはフラヴィだけなんだ……」
そう言って拗ねてるグランヴァルド。
泣きやんだはいいが今度は口を利いてくれなくなった。
フラヴィもどっちの味方につくか迷っているみたいだ。
「いくらオーフィアスさんを説得するためとはいえやりすぎです。もう少しこの子のことを考えてあげてください」
そこにグランヴァルドを慰めていたルミアが口を挟む。
年上ぶってるけどグランヴァルドは何百年も生きてる大先輩だぞ。
その大先輩は大泣きして威厳もクソもあったもんじゃないが。
まあやりすぎたのは承知している。
「ごめん」
「ごめんね」
俺たちはグランヴァルドに謝る。
「うぅ、グスッ……。もう知らぬ」
ありゃりゃ、結構根に持ってるよ。
まあ当然か。随分ひどいこと言ったしな。
許してくれるまで謝ろう。
しかしなんかこの魔王は外見相応に幼いよな。
多分さっきのは嘘泣きじゃなく本当に泣いていた。
大人だと思ってぞんざいに扱うのは今後控えた方がいいだろう。
「もういじわるはダメですからね」
「「はい……」」
こうして俺たちは無事にオーフィアスの同意をとりつけることに成功し、傭兵学校へ向かった。
道中謝り倒してようやくグランヴァルドに許してもらうことができたが次はないのだろう。
肝に銘じておく。