シンデレラの義妹の義姉
シンデレラの姉が気になったので書いてみました!
※すでに読んでくださった方へ
連載し直しましたので、少し短くしました。
もとの長さです。
お待たせです!
シンデレラという物語はあの世界では知らないものはいなかった。わたしもよく読んだし、グリム童話の話も少しは知っていた。ガラスの靴に無理矢理足を合わせるためナイフで切り落としたとかゾッとしながら読んでいたのは懐かしい。
そんなわたしはシンデレラによく似た義妹の一番上の義姉だった。
屋敷中を掃除して回るシリィはアリーナの服の着替えから入浴までも手伝っている。
三つ下のアリーナの我が儘で何回もの着替えの手伝いをさせ、掃除した傍から紅茶が床にこぼれ、花瓶の花が落ちていて、絨毯は捲れ、暖炉の灰が床を舞った。これもすべて母とアリーナの故意によるものだ。
着替えなんて灰で汚れた服が2枚だけ。ご飯だってまともに食べれなくて細くなった手足で食材を買ってきて、夜中ギリギリまで働くからお湯には浸かれない。
そんなシリィをわたしはただ見ているだけだった。
朝起きてアリーナが寝ているのを確認して適当に手に取った服を着替え、義父のくれたドレッサーで髪を整える。あまり器用ではないわたしは簡単にお団子にしかしないから、母とアリーナが後で髪を複雑に直してくれる。その時は決して母はシリィにはさせようとしなかった。
足音を立てないように部屋を出て、キッチンへと向かう。
まだ起きていないだろうシリィの代わりに簡単な朝御飯を作る。
スクランブルエッグにトーストにスープに今日はオレンジが冷蔵庫に入っていたのでそれも添えた。
そして作ったものはそのままキッチンに残し、後はシリィに任せ、庭にあるハーブに水を上げ、紅茶を入れ、テーブルの前でシリィが来るのを待つ。
「お、おはようございます。今っ、すぐ朝の準備を……」
語尾が小さく弱々しくなるシリィに挨拶は返さずにご飯を持ってくるように指示した。
「……下がって構いません」
わたしが朝食を食べるのを隅で小さくなりながら見ているシリィを下がらせる。
毎日毎日彼女も飽きないのだろうか。
わたしの声に弾かれたようにキッチンに引っ込み、わたしの作った朝食を急いで食べ、仕事に取りかかるだろう。そして、アリーナや母が部屋から出てくる音を聞き付け、同急いで戻ってきて、テーブルに朝食を準備するのだ。
わたしはその前に紅茶を飲み干し、食べ終わった食器を下げ、郵便をテーブルに置いとく。
母とアリーナはいつ頃気付くだろうか。シリィが行う家事をわたしがほんの少しだけ手伝っていることを。
早くに父を亡くし、わたし達を哀れんだ父の親族が甲斐甲斐しくわたし達世話をしてくれたお蔭で母もアリーナもかなり性格がひどくなった。
自分でなにもしなくとも何かしてくれる人がいる。母が美人だったこともあって、特になにもしなくとも誰かがわたし達を助けた。
そんな母も1年経たずに新しい相手、シリィの父と再婚した。
仕事が忙しくて滅多に帰ってこない義父は1年に帰ってくるかどうか。それでも帰ってきたときはシリィだけでなく、わたしやアリーナも可愛がってくるし、母にも深い愛情をもって接してくれた。
でも、母は自分よりもきれいなシリィを苦手としていた。義父の前妻に瓜二つのシリィ。義父を愛した母にとっては邪魔でしかなかった。
今では義父と外で会うことでシリィと会わせないようにし、シリィを孤立させた。
アリーナも母には逆らわず、むしろ喜んでシリィを虐げた。
母に似ることのない平凡なわたしとアリーナの容姿。それでも父の面影は残っているようで母はわたし達を愛していた。母はシリィが関わらなければ、どこからどうみても優しい美人な誰もが羨む母なのだ。
それがどうしてこうなったかは母が話してくれないかぎりわかることはない。
王家の紋様が押された封蝋のついた手紙を手に取り、アリーナと喜びあう二人を見る。
まさしくこの光景はシンデレラそのものである。
「ああ、ティーリ!見て! あなたとアリーナに舞踏会の招待状よ。噂は本当だったのね!」
アリーナが握りしめる手紙を無理矢理剥がしわたしへと差し出す。手紙をとられて不満そうなアリーナに視線さえ向けなかった。
渡された手紙に目を通した。
「これ、シリィも参加できるみたいですね」
王家が開催する舞踏会には街中の娘全員の参加を義務ずけるとあった。
男はお呼びではないらしい。
「まあ、お姉さま。何をいってらっしゃるの? あれが参加? 冗談を言わないで!」
甲高い声は母によく似ている。母とアリーナはシリィの名前を呼ばない。ものに対するように呼ぶ。わたしの髪を整えるアリーナの手は別の意味で震えていた。
「そうね。わたし達の家にはティーリとアリーナしか居ないわ」
冷めた目を掃除して回るシリィに向ける母にそれ以上何も言わなかった。
ただ、このことが義父にバレたらあまり母にはよろしくないことじゃないかと心の中で呟いておく。
舞踏会は一ヶ月後。その間、わたし達は忙しかった。
正確には母とアリーナは、だ。
仕立て屋を何人も呼び、何人にも我が儘を言い、それは楽しそうに服やら靴やら宝石やらを選んでいた。
仕立て屋が来るときはシリィを見られるわけにはいかないとシリィに家事はさせず、短期間だけの使用人を雇い、体裁を保った。
わたしは何かと理由をつけ、家から離れ、外を歩き回った。仕立て屋が帰るまで屋根裏に閉じ込められているシリィが頭の片隅でちらつくもののわたしにできることはない。
果物だけ屋根裏部屋にそっと置いておくだけだった。
街は今舞踏会の話で持ちきりだった。
舞踏会は第一王子と第二王子の花嫁を探すために行うことや街の女が少ないから結構な年齢の女性も参加することや遣えてる主は人妻だろうに参加したがっているだの、家の者が外出しないことをいいことに好き勝手おうち事情を話して回る使用人が増えた。質素なワンピース姿のわたしは貴族の娘に見えないらしく、誰も気にもとめなかった。
そんなわたしは外出できる日は同じ店に通っていた。
「いらっしゃい! おや、またあんたかい。ちょっと待ってな」
シリィの誕生日に一度だけ義父が呼んで描いてもらった人物画を脇に抱え、何件もの店を回った。ここはその時に気に入った店の一つだ。売っているのは既製品だけだが、ショーウィンドウに飾られているドレスは違った。わたしはこのドレスが欲しかった。わざわざシリィの人物画をみせ、何度も何度も頼み込む。わたしはシリィのことが大好きな使用人だと思われているだろう。
「あんたには本当に悪いんだけどね、それだけは譲れないよ」
何着か持って戻ってきた店主には悪いがわたしにはこれしか目に入っていない。シリィに似合うのはこれしかないと思うぐらいだ。
淡いピンク色のドレスは本当に薄いピンクで白に近い。光の反射で金色に輝く刺繍はシリィの金髪に似合うことだろう。
「一日だけお借りするだけでもいいのです。お願いします」
母やアリーナにバレたら怒られるだけでは済まないだろうとわかっていながら、深く頭を下げる。
「でもねぇ、……」
「お金は出せるだけ出します。次の日には必ずお返しします。どうかお願いします」
わたしには頭を下げることしかできない。
「あんたには過ぎたものだ。諦めたらどうだ」
「あ、いらっしゃい!どのようなご用件で?」
突然声が聞こえた。ドアの開く音にも気づかないほどわたし達は話していたらしい。店主はこれ幸いというように新しく入ってきた客へと対応していった。
わたしに対して、この客は似合わないと言った。頭に血が上るわけでもなく、特に何も思うでもなくわたしにそう言った客へと視線を向ける。
黒い髪に黒い瞳、この国でその黒を見に纏うのは彼らしかいない。今回舞踏会を開く王家しかいない。その隣に立つ茶色の髪の彼は付き人だろうか。青みがかった灰色の目がきれいだ。
それにしても、何故わざわざこんな寂れた店に王家の者が直々にきたのか。
こうなると今日は諦めて帰るしかないだろう。王家であっては優先順位が違う。話がさせてもらえない。また明日頼みにくるしかない。踵を返し、出口へと向かった。
「ーーーそれではあのショーウィンドウのドレスですねえ。本日お持ち帰りになりますかい?」
ちょっと待て。あのドレスを持ち帰る? シリィしか似合わないだろうドレスを?
「ああ、そうだな。そう、」
「ちょっと待ってください。何故あのドレスなのですか」
「あれはちゃんとした者が着てこそ似合うものだ。あんたには似合わない」
「そうですか。ですが、わたしはあのドレスに似合うものを知っています。あのドレスを着こなせるものは一人しかいません」
「ほう? あれが似合うものがいると? わたしが探し出した者以外にか」
「その方より似合うだろうと確信しています。あのドレスは彼女のためにあるドレスです」
「ちょっとあんた、それ以上はまずいよ!」
「あのドレスを着こなせるのは彼女だけです。なんでしたら、舞踏会でお見せしましょう。あのドレスは彼女が着てこそ、だと」
「なら、連れてきて。俺らにみせてくれ」
今まで口を挟むでもなく見ているだけだった彼はここで初めて声を聞いた。低く重い声は正に理想的でかなりイイ。
「おい、何を勝手なことを」
「気にならないか。ここまで言わせる相手が目の前にいるんだ。俺は気になるね」
あの青みがかった灰色の目がわたしを見ている。それだけで心臓が早くなるし、目が離せない。王家の男なんて目じゃないくらい彼は、
「……いいだろう、あれはお前に譲ろう。しかし条件がある」
「……っ、いいでしょう。呑みます」
危なかった。
条件がいかに無理難題であろうとわたしにはシリィと居る以上の難題はないと言えるだろう。
わたしはシリィを家から追い出したいのだ。舞踏会という場を使って。
彼に惹かれてる場合ではない。気の迷いだ。灰色の目なんて珍しくないのだから。
舞踏会は夕方からだと言うのに朝からアリーナは慌ただしい。母もわたし達を着飾るため部屋に入り浸っていた。シリィは屋敷の掃除よりもこちらを優先していて、休まる暇もなさそうだ。
これが、わたしのドレス。
薄いオレンジの布が何枚も重なってきれいなグラデーションとなり、胸元の寂しさは絶妙に隠し、その代わりに背中を大きくあけたデザインになっていて、フリルは少く、刺繍が凝っていた。母とアリーナはわたしの好みをよく理解していた。髪はそれはもう二人の気合いの入ったもので、王子をしっかり落として! とまで言われた。
「どうかしたの? お姉様」
この間服屋で会ったあの男が頭を過る。わたしとしてはあんな男とはできればどうこうなりたくない。
むしろ、付き添いできていた……いやいや、血迷っちゃいけない。どっちも駄目だから。気のせいなんだから、気のせい。
「……いいえ。なんでもありません」
「そう?」
「ええ。アリーナこそ、王子様をわたしの代わりに落として下さいね」
「あら? お姉様ったら、本命の方でもいらっしゃるの?」
素直に嬉しそうなアリーナの言葉に頭に浮かぶ濁りのない彼の目。
…………だから、違うって。
「そ、そんなことありませんよ。でも、わたしには荷が重い気がして」
「……ふーん? まあ、いいけどね。お姉様が狙わないならわたしがもらっちゃおっと! ああ、早く夜にならないかしら!」
疑われてる気もしないでもないが、まあ、流してくれたのだし良しとしてほしい。
鏡越しに映るアリーナはシリィにドレスを着せてもらっていた。
わたしと違い赤い情熱的なドレス。胸元も背中も開いていて、谷間が作り物みたいにある。もちろん、本物だ。姉のわたしとは大違いだ。
母も紫色の露出はなるだけ抑えたドレスなのにどこか気品を感じさせ、美人に磨きがかかっていた。
ああ、憂鬱だ。
数日前やっと借りることのできたシリィへのドレスはわたし達が屋敷から出たあと届けられる手筈になっている。メイクもヘアも全て込みでやってくれる使用人をわざわざドレスを譲ってくれたあの男達二人が手配してくれて、自分達の言葉にかなり自信があるのが分かった。
ただ、わたしにだってシリィが国一番の美女だという自信があったので、吠え面をかくのは向こうだと確信していた。
後ろで羨ましそうにこちらをみるシリィに心の中で呟く。
ーーー大丈夫。君はこの家の誰よりも富と名声を得られる。昔君が望んだ本当の姫になれるのだ。