4 王弟、苦悩する
「ふんふん、ふんふん」
「ご機嫌ですね」
そもそもご機嫌じゃないときの方が少ないのだが、今日は特にクリスティーヌは楽しそうだった。
「新しい未婚女性の情報が届いたの! 来年適齢期の子たちのリストよ!」
王家の影が集めた情報を開き、読み込んでいくクリスティーヌ。彼女の頭の中にはパズルのように幾つもの男女の組み合わせが浮かんでいた。
「そういえば離縁した女性には手を付けてなかったわね。彼ら、もしかしたらそっちを狙うかもしれないから解決策を考えておかないと」
(無理に結婚させるつもりはないからヒアリングして……ああ、その場合契約結婚でもありね。白い結婚だけどお互いに利益のある家同士で……)
「っ、……陛下! ……姫様、姫様っ」
考えに耽るクリスティーヌへ、アランが小さな声で呼びかける。
「よい。……クリスティーヌ!」
「ひゃん! ……って、お父様でしたか。突然大きな声を出さないでくださいな、そんな声を出さずとも聞こえますわ」
「集中して儂が入室したことに気づかなかっただろうに……はぁ、アラン、我儘な子で苦労をかけるのぉ」
「いえ、そのようなことは……」
恐縮したようにアランが首を振る。
「ちょっと! アランは私の護衛が長かったんだから我儘なのはお父様よりも知ってるわよ。ね!」
「……姫様、そこは否定する所です。いえ、理解されているのは良いことなのですが」
「でも我儘な所も可愛いってアランは言ってくれたから自分の良い所だと思っているのよ? 違った?」
「違いません。とても愛らしいです、姫様」
「そうよね、ふふ、アラン好き」
身体をすり寄せ、いちゃいちゃし出す二人。
「う、うぉん、ごほ、ごほん!」
愛娘と婚約者の仲睦まじい様子をわざとらしい咳払いで止め、大きなため息を吐いて本題へと入った。
「最近、若い男女の縁談を幾つもまとめているそうだな。熱心に仲人活動をしていると噂になっておる」
「あら、前にお父様には報告していたじゃない。そのために影を借りて情報を集めてもらったんですもの」
「それは分かっておる。きちんとそれぞれの家の利益を考えたり、当人の意思を尊重しておると聞いていたからな。良い活動だと思っておった、おったのじゃが……コゼより抗議の声が上がって来たぞ。コゼの貴族が結婚できないように妨害していると。まさか……獣人を根絶やしにするつもりではあるまいな?」
顔をしかめ、圧をかける国王。
しかしその圧を払うように自身の髪を後ろへ流し、「何も悪いことはしていないわ」と告げる。
「むしろ感謝して欲しいくらいよ。王家自らが貴族の縁談を助けているのだから。言っておくけれど無理やり縁談を成功させたりはしていないわ。本人が嫌がっているときは私が防波堤となって断りを入れるようにしているのだもの」
「そうか……ならば儂から言うことはない、が。……どうされますかな?」
と後ろを振り返った。
「そんな! 困ります! 陛下がクリスティーヌ様を諫めてくださるとばかり思っていたのに!」
イカ耳になりながらコゼからの客人は抗議した。
その男の容姿はコゼの国王やエリリックによく似ていた。
(コゼの王族……? けれど見た覚えのない男ね)
薄紅色の獣耳にふさふさとした尻尾。キリリとした眉毛の下は女性受けしそうな凛とした顔立ちだ。
エリリックよりは年上の、二十代半ばに見える青年。
国王は少々呆れた目つきで彼を見やる。
「そうは言ってもな。婚約破棄についてクリスティーヌの報告を受けたが、儂もエリリック殿下とイディナ嬢のことはどうかと思うぞ。自国の貴族令嬢ならばともかく、小国とはいえルメットの姫じゃ。不遜に扱って良い存在ではない。ルメットの王と王妃も怒っておった。自分たちから引き離しておいて捨てるなど、婚約を断れば良かったとな」
「そ、それは……」
「……お父様、この方は?」
「コゼ国の王弟じゃ。陛下とは年の離れた兄弟で、エリリック殿下との方が年が近いそうじゃがのう。普段は外交で各地を飛び回っておるのでクリスティーヌは会うのが初めてじゃな」
「ええ。初めまして、ご存じかと思いますがソリティア国の第一王女、クリスティーヌですわ。よろしければお名前を伺っても?」
「っ、これは失礼しました! コゼ国のエランドと申します」
自己紹介を終えた所で、エランドは一歩前へ出た。
「クリスティーヌ様! いきなりで不躾なお願いですが、どうかこれ以上仲人活動はおやめいただきたい」
「エランド様、どうしてです? わたくし、何も悪いことなどしていないわ」
「自国の、我がコゼの貴族男性から嘆願書が届けられています。ソリティア国に未婚女性がおらず、このままでは後継者を生むことができないと……」
「あら、そうなの。そんなに困ったことになっていたのね、申し訳ないわ」
眉を下げ、悲しそうな表情を作るクリスティーヌ。
しかし男性3人、うち2名は身内であるため演技であることは容易に見抜いた。
「あっ、いえ! わざとではない、と思ってはいるのですが……我が国には女性が少ないためソリティアとの縁談が重要となっておりまして……」
言いづらそうに言葉を紡ぐエランド。それを見て思わずクスクスとクリスティーヌは笑った。
「ふっ、うふふ……ごめんなさい、ふふっ」
「クリスティーヌ様……? や、やはり!? わざと縁談をまとめていらしたのですか!?」
「あらあら、わざとではないわよ。ただわたくしにも考えがあって、結果としてコゼが困ったことになっただけのお話だわ」
「はぁ……エランド殿、ここは非公式の場だ。無礼な物言いでも許してくれるか?」
「はい! それはもちろんです! ぜひ忌憚のない答えをお願いします」
「……」
面倒くさそうに爪をいじるクリスティーヌ。そんな娘を叱るように名前を呼んだ国王は「エランド殿は獣人の中では理知的な性格の人物だ。言うだけ言ってみたらどうじゃ? このままでいいとは思っておらんのじゃろう?」と宥めるように言った。
「お父様がそうおっしゃるのでしたら。ええ、正直にお話しますわ。……ねぇ、エランド様。エランド様はエリリック殿下の誕生パーティーにはいらっしゃらなかったけれど、後からお話を聞いてどう思われました? 婚約破棄の後、イディナ様は追放刑となりましたこと、それは妥当だと思われますか?」
「……自分は当時自国にはおらず、後から経緯を知ったのですが……エリリックの一方的な婚約破棄だと感じました。しかし番が傷つけられたことで怒るエリリックの気持ちも分かります。それにイディナ嬢はクリスティーヌ様がこの国で保護されているのですよね? でしたら実質的な罰は与えられていないので結果的に妥当になったのではないかと……思うの、ですが」
話しながら顔色を窺うと、クリスティーヌは扇を取り出し、今にも殴りかかるんじゃないかという顔でぺしぺしと自分の手を叩いている。
「……違い、ましたか?」
「ええ。全く違います。妥当だと思うですって? お話になりませんわ。はぁ……そんな体たらくではやはり仲人を続けるしかありませんわ」
「そんな! 困ります!」
「──だって、イディナ様の婚約破棄、ならびにその後の刑罰を聞いても妥当だとおっしゃるのでしたら、それが獣人国の考えなのでしたら……そんな国に嫁ぐ女性が可哀想ですもの。わたくしは自国の王女として、そして同じ女として貴族女性の幸せを守っているだけよ?」
クリスティーヌは怒っている。
「エランド殿、ここへ来る前にも言ったが、全てはエリリック殿下とイディナ嬢の婚約破棄から始まっておるのじゃ。そもそもあの婚約破棄は正当性のあるものだったのか? たかだか平民をいじめたくらいで、なぜルメットの王女が追放刑となる? 番だから? それは法律に記載されておるのか? 番であれば婚約者のいる男を横恋慕しても良いのか?」
「あ……」
ようやく人間側と獣人にある考え方の違いにエランドは気づいたようだった。
「わたくしは帰国してからコゼの法律を隅から隅まで調べましたが、番だからと免罪符になるような文言はございませんでしたわ。けれど色々調べてみると番を理由に浮気や離婚といったことがコゼでは起こっているそうですわ。文句を言おうにも獣人にとって番は絶対の存在。泣き寝入りするしかなかった方たちがいることが分かりました。普通ならば相手の有責による別れ。ですが裁判官が獣人なのですもの、番と聞いた彼らは仕方がないと法廷の場で言ったそうですわ」
冷たい目をしたクリスティーヌはなおも続ける。
「ええ、ええ。あなた方獣人からしてみれば番と結ばれるのは至上のこと、幼い頃から番に会えた獣人は幸せだと大抵の子どもは教えられるそうですわね。浮気者だとなじっても『番だから』と受け入れない自分が悪いのだと責められる。他国の文化にとやかく言いたくはありませんが、人間にとってあまりにも辛い文化ですわ」
「あ、……あ。それ、は……知りませんでした。そのようなことが起こっていることを初めて知りました」
上向きの眉が下がり、ショックを受けたような顔をするエランド。そのことはさらにクリスティーヌを苛立たせた。
「”初めて”? まぁ、初めてだとおっしゃいますの? 似たような事象がつい最近起きたではないですか。もしやそれと今言ったことに関係性がないと思われていますか?」
「えっ? ……あ。……エリリックとイディナ嬢のことも、番を擁護する獣人の間違った文化によるもの、ですね」
ようやくスタートラインに立てた。
「申し訳ありません。確かに、あまりにも、あまりにも獣人にとって優位な、身勝手な文化ですね」
外交官として働くエランドは他者の意見を受け入れるのに慣れている。人間側に立てる獣人だった。
「目から鱗の考え方でした。生まれて来てから今まで、番は絶対だと思い、それを疑うことを知りませんでした。……クリスティーヌ様のなされたこと、今は当然のように思います。まずはエリリックとイディナ嬢についての婚約破棄について再度調べ、彼女の名誉回復を早急に行います」
「まぁ! それは助かりますわ。エランド様、失礼な物言いをして申し訳ありませんでしたわ。婉曲に伝えても、きっと伝わらないと思ってコゼの文化を否定するようなことを言いましたわ。番は獣人の本能、それ自体を否定したいわけでは、ございませんのよ。それだけは分かってくださいまし」
「はい、もちろんでございます! 番とのあり方について、持ち帰って深く検討致します」
「ええ、お願いいたしますわ。あ、そうだわ! 検討するのでしたら、一つ提案がございますの」
扇を両手でぎゅっと持ち、クリスティーヌはエランドをまっすぐ見上げた。
(本当はこれを言うつもりはなかったのだけど……)
番によって被害を受けた者たちの情報を書面で見たり、あるいは直接話を聞いたときに考えついたもの。
「番についてのことを法律に加えて欲しいのです。もし番が現れたことで不利益を被ることがあれば、それは浮気とみなし、番を得た獣人の有責での婚約解消もしくは離縁を認めること。番だからとなんでも許されたら、たまったものじゃありませんから。もちろんこの法律がコゼに受け入れがたいというのは理解していますわよ。ですがこれくらいしないと、人間側は安心できないのだとご理解ください」
「そう……ですね。確かに我が国の文化は受け入れがたいでしょう。当然のことのように思います」
苦い顔をしたエランドだったが、最初とは打って変わって人間側に寄り添うような考えになったようだった。
正直クリスティーヌは驚いた。
番に対しての盲目的な考えを獣人は捨てることができるのだと。
(エランド様のように考えを変えることができるのでしたら、コゼとの婚姻も少しは考えても良いのかもしれませんね)
議論のお土産にとクリスティーヌが調べた番被害の書類をもらい帰国しようと急ぐエランド。
「では、良いご報告をこの国でお待ちしておりますね。ちょうどこちらに、来年成人を迎える貴族の一覧がありますの。はぁ~、早く仲人の活動がしたいわぁ」
「た、直ちに! 直ちに持ち帰って議論致しますので、どうかお待ちになってください!」
「ひと月。それだけしか待てませんわ」
「待ってください! それではあまりにも!」
「時は有限ですわよ。ほら急いでくださいませ」
「せ、せめてふた月は待ってください! 頑張りますからぁ!」
書類を鞄に詰めた外交官もとい、王弟は急ぐ。
「結果が楽しみだわ。もし無理だった場合は本当にコゼへの婚姻をゼロにしちゃおうかしら。ふふっ」
「……ほどほどにしておきなさい」
「はーい」
楽しそうにクリスティーヌは笑う。
彼女にとっては獣人がどのような判断を下しても他人事だ。
けれどできることならば良い方向に進むと良いなと思っていた。




