4話 チュートリアル完了
夜が明けた。
焚き火は弱くなって、もうすぐ消えそうだった。
俺は立ち上がる。
寝たわけじゃない。休んだだけだ。
判定のために。
「さっさと終われ。
――俺は道草を食いに来たんじゃない」
勇者の居場所さえ分かれば、
今すぐにでも飛んでいく。
だが、この世界は“場所”をくれない。
くれるのは、許可と手順と、
薄ら笑いみたいなログだけだ。
【拠点登録:完了】
【復帰地点:設定】
……来たか。
足元が、ここを「拠点」として
認めたように感じた。
便利じゃない。安心でもない。
ただ、ここに戻される。――逃げ道としての杭だ。
次いで、文字が短く切り替わった。
【チュートリアル:完了】
【報酬:権限解禁】
胸の奥で、何かが外れる音がした。
錠前が開く感覚に近い。
【権限解禁:取引許可(低)】
【権限解禁:威圧制御(小)】
俺は鼻で笑った。
「……ようやく、話くらいは聞いてやるってか」
試す。まずは威圧制御。
意識を一枚、内側へ畳む。
火を抑えるのと同じだ。
……世界が、少しだけ静かになった。
空気が俺を避けなくなる。息が、通る。
「便利機能ってのは、こういうのだろ」
取引許可の方は、まだ分からない。
だが、確かめる方法は一つしかない。
俺は焚き火を潰し、
残った枝を足で折って散らした。
“拠点”の石だけはそのままにする。
杭は抜かない。
袋を担ぎ直し、街道に出た。
朝の街道は見通しが良かった。
俺はそのまま歩いた。
少し歩くと、
向こうから荷車の軋む音が近づいてきた。
馬――ではない。小さな獣が引いている。
その横を歩くのは、布袋をいくつも提げた男。
札が、浮かばない。
「……本物か」
逃げられたら意味がない。
だが、逃げない相手なら――情報が取れる。
俺は道の端に寄り、あえて手を見せて立った。
火は出さない。距離を詰めない。
威圧を畳んだまま、声だけを投げる。
「おい」
男は足を止めた。
逃げない。
それだけで、少しだけ気分が良い。
「……なんだい」
声が震えていない。
警戒はある。だが、怯えきっていない。
「聞きたいことがある。ここから先に、町はあるか」
男は俺の袋を見た。破片と草と、変な硬貨。
値踏みする目――それは人間の目だ。
「町?そりゃあ……三日東へ行けば交易町がある。
だが、この辺りは物騒だ。夜は特にね」
「物騒?」
男は一瞬、言葉を飲む。
それから、俺の顔色をうかがいながら続けた。
「……討伐隊が増えてる。
魔物だの魔族だの、理由をつけて狩って回ってる。
最近、王都の方が騒がしくてな。
あんたも、変な連中に見つかるなよ」
王都。その単語が、胸の奥を刺した。
「王都はどっちだ」
男の眉が僅かに上がる。
普通は聞かない、という反応だ。
――だが、聞く。俺にはそれが必要だ。
「……東の交易町を越えて、さらに北。
街道を外れれば関所がある。
通るなら通行証が要るが――」
通行証。
また“許可”だ。
この世界は本当に、許可でしか動かない。
俺はポケットの硬貨を指で弾いた。
金属音が乾いて鳴る。
「それを、買えるか」
男は硬貨を見て、首を傾げた。
「見たことねえな。どこの金だい、それ」
……通貨換算はまだか。
【取引許可(低)】ってのは、
会話が成立する程度の意味らしい。
だが、ここで引くのは愚かだ。
俺には“物”がある。
俺は袋の奥から、薬草を一枚だけ取り出した。
艶のある葉。厚い。
男の視線が、それに吸われる。
「それ……薬草か?」
声色が変わった。商人の声だ。
「そうだ。軽傷なら塞がる。俺の血で確かめた」
男はごくりと喉を鳴らした。
「……欲しい。いくらだ」
「通行証の話を、もう少し詳しく」
「それと――この辺りで泊まれる場所。
宿でも、野営地でもいい」
男は顔をしかめ、周囲を見回した。
誰かに聞かれていないか確かめる仕草。
「……あんた、変わった旅人だな」
「通行証は、交易町で買える。だが身分が要る。
身分がないなら、商隊に混ぜてもらうしかない」
「泊まるなら、昼のうちに村へ入れ。
村が無理だったら……野営地は、
さっきの焚き火跡みたいな場所を選ぶんだな。
川の近くはやめとけ。夜に寄ってくる」
俺は黙って聞き、
薬草を一枚だけ取り出して、男の掌に置いた。
「代金はそれでいいのか」
「十分だ」
俺にとって金はまだ紙切れだ。
だが、情報は道になる。
道があれば、勇者に届く。
「……あんた、どこへ行く気だ」
男が探るように聞いてくる。
俺は少しだけ笑った。威圧を畳んだまま。
「借りを取り返しに行く」
男はそれ以上踏み込まず、荷車を動かした。
去り際に、ひとことだけ置いていく。
「交易町なら、地図も買える。
……王都へ行くなら、目立つなよ」
目立つな。
無理を言う。
俺は街道の先を見た。
東。交易町。北。関所。――その先が王都。
「……やっと、“場所”が出てきた」
勇者の元へ行きたい。
場所さえ分かれば、一直線だ。
だが、一直線に行くためには――許可が要る。
俺は袋を担ぎ直した。
足取りが、昨日より軽い。
火力じゃない。権限でもない。
“道”ができたからだ。
「――行くぞ」




