2話 チュートリアル開始
【チュートリアルを開始します】
……空気が、ほんの僅かに“軽く”なった。
【目標:廃村の外縁を突破せよ】
【補足:権限を上げると、便利機能が解禁されます】
「……便利機能、ね」
異次元収納が死んでる時点で、
便利の意味は分かってる。
分かってるが――。
俺は手持ちを確認した。
壺の破片と、草と、硬貨と、種子。
手元の布袋もどきは、すでに膨らんでいる。
これだけで移動が面倒になる。
火力は最強でも、利便性は最低だ。
村の外れ――朽ちた杭と、
傾いた看板の向こう。
そこで、見えない何かに額が当たった。
ごん。
「……壁?」
痛みが遅れて来た。
額を撫でると、指先に赤がつく。
薄い。だが確かに傷だ。
「……くだらん」
反射で回復の術式を組もうとした。癖だ。
体が覚えている。俺は魔王だった。
治せないはずがない。
「――回復」
【権限不足:回復系統は使用できません】
「……は?」
乾いた拒否。
火は出せるのに、傷のひとつ塞げない。
この世界は、
俺の強さの“種類”を選り好みしている。
「……便利機能ってのは、こういうのもかよ」
血がまた一滴垂れそうになって、
俺は苛立ちに舌打ちする。
手元の袋を探り、
さっき拾った草を引っ張り出した。
厚くて、妙に艶がある――
役に立たないと思っていたやつだ。
「……これでも当てておくか。
せめて止血ぐらいは――」
額の擦り傷に、葉を押し当てた。
ひやり、とした感触。
次の瞬間、熱が抜けるみたいに痛みが消えた。
葉がしなって、肌に馴染む。――傷口が、閉じる。
「……治った?」
指でなぞる。血も、痛みもない。
俺は葉を見た。何の変哲もない草が、
平然と薬の顔をしている。
「……薬草か。なるほどな」
鑑定も回復も封じておいて、
代わりに“物”に頼れと。
……気に食わないが、助かる。
俺は草を丁寧に畳み、袋の奥へ戻した。
今のは偶然じゃない。今後、絶対に要る。
手を伸ばす。空気が硬い。
触れないはずの“境界”が、そこにある。
【境界:通行不可】
【目標:敵性個体の撃破(1)】
「倒せってことか」
遠くの方で、ぬめる音がした。
枯れ草を踏むような、ぺちぺちというリズム。
そして――
【スライムが出現した】
「……ふん、雑魚か。消し炭になれ」
指を鳴らす。火が走る。
スライムは言葉もなく、黒い粉になった。
【スライムが撃破された】
「弱い。相手にならんな。」
【経験値:+1】
「……この世界は、
俺の火力じゃなくて“許可”を寄越すのか」
黒い粉が、風に舞って散る。
残ったのは焦げた匂いだけ。
――核も粘液も、何もない。
【警告:過剰火力によりドロップが焼失しました】
「……は?」
「ドロップ、だと?」
「加減を覚えろって?」
拳を握る。火が指の間でちらつく。
できる。加減はできる。だが――気分が悪い。
俺の強さが、世界の都合で“損”にされる。
【チュートリアル進行:1/3】
【境界:通行条件を達成】
見えない壁に、
ひびが入ったように感触が変わる。
硬さが薄くなる。押せば、押し返されない。
「開け」
――すり抜けた。
世界の外側へ、一歩だけ滑り出す。
境界の向こうは、道だった。
踏み固められた土。車輪の跡。
人が行き来する“気配”だけが残っている。
だが、人は見えない。音もしない。
代わりに、またログが鳴る。
【新規エリア:街道(未登録)】
【目標:拠点を探す】
【注意:権限不足により施設利用が制限されます】
「……拠点ね」
異次元収納もない、
鑑定もない、通貨換算もない。
最強の火力を持ったまま、
素手で生活を始めろと言っている。
俺は布袋を持ち直した。重い。邪魔だ。
それでも捨てない。
捨てた瞬間、次の“許可”を失う気がする。
「行くぞ」




