1話 レベル1の魔王
「勇者のやつ、世界の半分をやると言ったら、
何もかも奪っていきやがった」
「このまま奪われっぱなしでたまるもんか、
魔族の未来ために、全てを取り戻してやる」
喉の奥に残るのは、
焼けた鉄みたいな悔しさだけだ。
冥王シェオル――
そう呼ばれていた俺は、確かにあの時、終わった。
終わったはずなのに、こうして息がある。
……まあいい。息があるなら、やることは一つだ。
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廃村。
見覚えのない場所だな。
空気が古い。音がない。
人の気配も、獣の気配も、風の匂いすら薄い。
家並みはあるのに、
生活だけが抜け落ちたみたいだ。
……何もない。
腹いせに近くにある壺でも割るか。
パリン
【魔王が壺を割った】
「今何か聞こえたような……」
乾いた音が、むなしく跳ねて消えた。
「ん? 何か出てきたぞ」
葉っぱか?にしては大きいな。
掌よりでかい。厚みがあって、妙に艶がある。
こんなもの何の役に立つんだ。
……だが今は何もない。取り敢えず取っておこう。
俺の指が触れた途端、
葉は僅かにしなって、妙に丈夫だと分かる。
・・・あそこの家に入ってみよう。
扉は、抵抗なく開いた。
鍵も、閉める意思もなかったように。
‥…閑散としているな。
埃の匂いが鼻を刺す。床板は鳴らない。
家具だけが、置き去りの時間みたいに沈んでいる。
辺りを色々探れば何かありそうだ。
……しかし忍びないな。
ここは誰かの家だった。誰かの生活だった。
いや、以前勇者が言っていたな。
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「お前は何をしてここまで強くなった」
「勇者行為だよ」
「勇者行為?」
「町や村有りとあらゆるところに行って
人の所有物を奪って来た」
「最悪だな…」
「そうでもしないとお前を倒せないからな」
「人を失ってでもすることなのか、
勇者とは思えんな」
「何とでもいえ」
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あの時の言葉が、今になって刺さるとはな。
“強さ”の裏に、そんなものを積んでいたのか。
……なら、俺も積む。
俺は勇者じゃない。魔王だ。奪い返す側だ。
「よし、魔王は度胸だ」
【魔王が引き出しを開けた】
「やはり聞こえた……今のは何だ。誰かが言った?いや、耳じゃない。頭の中に直接――」
引き出しの中には、
見慣れない硬貨が転がっていた。
「金か? いや、見たことない通貨だな」
「分からない、だが念のためだ。とっておこう」
もう一つ、隣の引き出しに手をかける。
【魔王が引き出しを開けた】
「……まただ。気のせいじゃないな。
俺の行動が、誰かに実況されてる」
中には畳まれた服。
「服か?こんなもの着ても着なくても
変わらないだろ」
「そのままにしておこう」
樽に手を伸ばす。
【魔王が樽を開けた】
「……樽まで実況するのか。律儀だな」
近くの樽に手を置いて、蓋をずらした。
中身は酒でも塩でもなく、乾いた粒。
「ん?これは何かの種子か?」
「なぜわざわざ樽にこんなものを入れているんだ。
取りづらいだろ。」
粒は小さいのに、妙に揃っている。
農の匂いがする。生活の匂いだ。
よし、こんなところか。
役立ちそうなものを手に入れたようには
思えないが、仕方ない、持っておこう。
本当は、こういう“暮らしの残骸”を漁るのは
性に合わない。
だが俺には時間がない。
取り返すための足場が必要だ。
そこで魔王は自身のスキル、
異次元収納を使おうとした。
「異次元収納!」
――発動しない。
胸の奥に沈んでいるはずの“器”が、
空っぽのまま反応しない。
俺は眉間に力を入れ、ありったけの魔力を込める。
指先が熱くなる。空気が、じり、と鳴る。
更に詠唱も含めて発動しようとする。
(仮の言葉でも、形があれば通る。通るはずだ)
「――虚ろなる狭間よ、我が影に口を開け。
冥界の庫、我が手に連なれ。
鍵は名、錠は意志。――開け」
「—異次元収納!…」
……沈黙。
「なぜだ、なぜ発動しない」
魔力は出ていった。
だが“受け皿”がない。
まるで、
俺だけがこの機能から締め出されているみたいに。
「まぁいい発動しないものは仕方ない」
「先ほどの服を、袋がわりにするか」
俺はさっきの衣類を掴んで、
結び目を作ろうとした。
(……ダジャレですか?)
「誰だ!」
声は、背後でも天井でもない。
鼓膜の内側に直接、届く。
「神様です」
「何だと、」
「聞こえませんでしたか、かーみーさーまーです」
「いや、聞こえている。そういう問答したいのではない」
「お前は、神様という名前なのか、それとも、神様というのは、種の固有名詞のようなものなのか」
一拍。
それから、やけに事務的な、
笑っているような声が返ってきた。
「名前じゃありません。役職です」
「そして、あなたが気にしている“音”――
【魔王が引き出しを開けた】のような、あれ」
「……やっぱり、気のせいじゃなかったか」
「気のせいではありません。ログです」
「あなたの行動は、
この世界の管理記録として自動出力されます。
音声化されて、あなたにだけ聞こえる」
「ちなみに――今後も聞こえ続けます。
切れません。慣れてください」
「最悪だな。落ち着いて飯も食えねぇ」
「落ち着いて飯を食べる権限は、まだありません」
「……は?」
「冥王シェオル。あなたがいる“ここ”は、
世界の外縁――いわゆるチュートリアル領域」
「そしてあなたの権限は現在、レベル1相当に制限されています」
「……権限?」
「そう。レベルは戦闘力の高さを示す数字ではありません」
「あなたは最初から十分に強い。ええ、強すぎる。火力は“壊れている”」
「褒めてるのか、それ」
「事実です」
「ただし、あなたに不足しているのは“力”ではなく、世界へのアクセスです」
「便利機能は封印。特に、異次元収納。鑑定、通貨換算、施設利用……そういう“生活側の機能”が段階的に解禁されます」
「理由は簡単。いきなり全部使えたら、あなたがゲームを壊しますから」
「壊す気はあるが」
「ええ、知っています」
「だから、壊すなら段階を踏んでください。
倒して、上げて、解禁する」
俺は唇を噛む。
奪われたものを取り返すために戻ったのに、
今度は“仕様”に首根っこを掴まれている。
「――じゃあ俺は、何をすればいい」
「初期課題は単純です」
「外へ。村の境を越えてください」
「外に出れば、あなたに合わせて最初の課題が形を取ります」
「選ぶのはあなたです。――けれど、立ち止まる限り何も変わりません。進む。まずそれだけを続けてください」
空気が、カチリと切り替わった。
世界の温度が変わる。
「それではご武運をー」
「おい、まだ話は終わって……」
言い切る前に神様とやらは、消えてしまった。
魔王は、息を吸った。
【チュートリアルを開始します】
作品を見つけてくださり、ありがとうございます。
魔王が勇者を倒す、逆RPGの物語となります。
この作品は、他の作品と違って特にがっつり構成などを考えず、行き当たりばったりで臨機応変に書いていこうと思います。
……更新頻度は気分です!
この続きが気になる方や、当作品を気に入ってくれた方は、評価やブックマークをいただけますと幸いでございます。
本作品ともども、何卒よろしくお願いします。




