第5話(後):ピンク色の迷い猫(年下美少女)
年齢は、かなり年下だろうか。
鮮やかなピンク色の髪をツインテールにして、フリフリのゴスロリ衣装を着ている。
頭には大きな黒いリボン。背中には小さな悪魔の羽根のようなリュック。
手には溶けかけたアイスクリームを持っていて、どうやら転んでしまったらしい。
「うぅ……アイス……おちちゃったぁ……」
女の子は大きなアメジスト色の瞳に涙を溜めて、ぐずっていた。
周りの大人たちは、忙しそうに通り過ぎていく。誰も気にかけていない。
(迷子かな? かわいそうに)
ルミナさんには「無視しろ」「誰とも話すな」と言われていたけれど、さすがに目の前で泣いている子供を見捨てるわけにはいかない。
僕はしゃがみ込み、声をかけた。
「大丈夫? 怪我はない?」
女の子がビクッと顔を上げた。
濡れた瞳が、サングラス越しの僕の目を捉える。
「……おにーちゃん?」
「うん。転んじゃったの? 痛いところある?」
「ううん……でも、アイス……」
「そっか、残念だったね。お母さんは?」
「ママ……はぐれちゃったの……」
やっぱり迷子だ。
僕はポケットを探ったが、ハンカチもアメも持っていなかった。一文無しの悲しさだ。
せめて涙を拭いてあげようと、僕はダウンジャケットの袖で、彼女の目元を優しくぬぐってあげた。
「泣かないで。お母さん、きっとすぐ見つかるよ」
「……ん……」
女の子は大人しく涙を拭かれている。
そして、鼻をひくひくさせると、不思議そうな顔で僕に近づいてきた。
スンスン。
「……おにーちゃん、いいにおい」
「え? 汗臭くない?」
「ううん。甘くて……とろとろする匂い……。お菓子の匂いより、ずっとおいしそう……」
彼女は猫のように、僕の胸元に顔を埋めてきた。
ダウンジャケットの分厚い生地の上から、スンスンと執拗に匂いを嗅いでくる。
そして、小さな手が、ジャケットのジッパーに伸びる。
「ちょ、ちょっと、くすぐったいよ」
「おにーちゃん、だーれ?」
「僕は湊。君は?」
女の子は顔を上げ、ニッコリと笑った。
その笑顔は、年相応の無邪気なもので――。
「……ココ。ココ・ミレーだよ♡」
――しかし、僕には見えていなかった。
サングラスの奥で、彼女の瞳孔が猫のように縦に細まり、獲物を狙う狩人の目に変わっていたことを。
ココ・ミレー。
彼女はただの迷子ではない。
この貞操逆転世界において、幼いながらも自分の武器を完全に理解している、恐るべき「天性の小悪魔」だ。
年齢はミナトよりかなり年下。中身も年相応。
だからこそ恐ろしい。この世界では、女は生まれながらにして「肉食獣」なのだから。
(……見つけた。SSR。間違いない。
このダウンジャケットの厚みを貫通してくる、濃厚な魔力とフェロモン。
完全に無防備な野生のオスだわ。
こんなとこに落ちてるなんて、奇跡?
しかもこのお兄ちゃん、私のこと『ただの子供』だと思って油断してる……チョロい。超チョロい♡)
ココは、心の中で舌なめずりをした。
彼女はマセている。
絵本に出てくる「いつか王子様が」なんて夢物語は信じていない。
「王子様は自分の力で捕獲して、自分の城で飼育するもの」だと、幼い頃から英才教育を受けてきたのだ。
(ガードがいない。所有タグもない。
これは『拾得物』扱いになるわよね?
私の家に連れ込んで、首輪つけて、私が大人になるまで『予約済み』にしておこうかな……♡
ふふっ、自分好みの旦那様に育てるの、楽しそう!)
「おにーちゃん、ココね、お家わかんないの……」
「えっ、住所とか言える?」
「わかんない……ママもパパもいないの……ココ、ひとりぼっちなの……」
ココちゃんは、僕の腕にしがみつくと、再び大粒の涙を流し始めた。
さっきまでの泣き方とは違う、大人の同情心を抉るような悲痛な泣き声だ(演技力Aランク)。
そのあざとさは、計算というよりも天性の才能だった。
「ええっ!? 身寄りがないの? 捨て子ってこと?」
「うぅ……お腹すいたぁ……寒いよぉ……おにーちゃん、あったかい……」
「そ、それは大変だ……!」
僕自身、一文無しで捨てられていた身だ。彼女の境遇が他人事とは思えない。
しかもこんな小さな子が一人で。
僕の中の正義感と保護欲が刺激される。
「よし、わかった。僕たちがなんとかしてあげるから」
「ほんと……? おにーちゃんが、ココを飼ってくれるの……?」
「飼うというか、保護だね。ちょうど僕の保護者も、すごく親切な人だから」
「わぁい! おにーちゃん大好き!」
ココちゃんは満面の笑みで、僕の首に抱きついてきた。
柔らかい頬が、僕の頬に擦り付けられる。
子供特有の甘いミルクのような匂い。
……いや、なんか妙に艶めかしい、ベリー系の香水の匂いがする気がするけど、気のせいだろうか。
「――ちょっと!! 何やってんのよ!!!」
その時。
地獄の底から響くような、ドスの効いた声が聞こえた。
6.修羅場と、お持ち帰り
ビクッとして顔を上げると、そこには買い物袋(中身は大量のトランクスとボクサーパンツ)を両手に提げたルミナさんが仁王立ちしていた。
サングラスをしていても分かる。目が燃えている。
背後に不動明王のようなオーラが見える。
「ル、ルミナさん! お帰りなさい!」
「ミナトくん! その……そのピンク色の物体は何!? なんで私のミナトくんにへばりついてるの!?」
「物体って……女の子ですよ!」
ルミナさんは瞬時に距離を詰め、僕とココちゃんの間に割って入ろうとした。
しかし、ココちゃんは素早く僕の背中に回り込み、ダウンジャケットの裾を握りしめて震えるふりをした。
「ひっ……怖い……おばちゃん、怖いよぉ……」
「お、おば……!?」
ルミナさんのこめかみに青筋が浮かぶ。 まだ16歳そこそこの彼女に「おばちゃん」は禁句だ。
「ルミナさん、落ち着いてください! この子、ココちゃんっていうんですけど、迷子みたいで……しかも身寄りがないそうなんです」
「はあ? 迷子? どう見ても……」
ルミナさんはココちゃんを睨みつけた。
女の勘――いや、強者の勘が警鐘を鳴らしているのだろう。
このピンク色の生き物が、ただの子供ではないことを。
「将来有望なライバル(肉食獣の幼体)」であることを。
ココちゃんは、僕の背後からルミナさんに向かって、一瞬だけ舌を出して「べーっ」と挑発した。
その目は、子供の無邪気さと、捕食者の冷徹さが同居していた。
(……へえ、この人が今の飼い主?
強そうだけど、余裕なさそう。
今なら私の可愛さ(アドバンテージ)で勝てるかも♡)
そしてすぐに、ウルウルの瞳で僕を見上げる。
「おにーちゃん……ココ、追い出されちゃうの……? また一人で、ゴミ捨て場で寝るの……?」
「そ、そんなことさせないよ! ルミナさん、お願いです! この子の親が見つかるまで……せめて次の保護先が見つかるまで、家に置いてあげられませんか?」
僕の懇願に、ルミナさんは絶句した。
「えっ、家に!? ダメだよミナトくん! これは罠だよ! ハニートラップだよ! 幼女の皮を被った魔物だよ!」
「魔物だなんて、そんな言い方ないじゃないですか! こんなに小さくて可愛いのに!」
「そ、そうだけど……この子から漂う『泥棒猫』の匂いがプンプンするの!」
ルミナさんは葛藤した。
ここで断れば、ミナトくんに「冷たい人」だと思われる。嫌われるかもしれない。
しかし、このピンク色を城(自宅)に入れるのは、トロイの木馬を自ら引き入れるようなものだ。
その隙を逃さず、ココちゃんが追撃を放つ。
「おねーちゃん、お願い……ココ、いい子にするから……お掃除もお洗濯も手伝うから……おにーちゃんと一緒に寝るだけでいいから……」
「一緒に寝る!? 聞き捨てならない条件がしれっと入ってるんだけど!?」
ルミナさんは叫んだが、周囲の客たちが「あら、可哀想に」「意地悪なお姉ちゃんね」「あんな重装備の彼氏を連れてるから、心が狭いのよ」とヒソヒソ噂し始めたのを感じて、観念したように肩を落とした。
「……わかったわよ。警察に届けるまでの間だけだからね!」
「ありがとうございます、ルミナさん! やっぱり貴方は女神様だ!」
僕が感謝すると、ルミナさんは複雑そうな顔で頬を染めた。
そして、僕の背中に隠れているココちゃんに向かって、音のない口パクでこう警告した。
(……私のミナトくんに手を出したら、即保健所行きだからね)
対するココちゃんも、天使の笑顔で口パクを返す。
(……おばちゃんこそ、油断してると私が全部食べちゃうよ? ♡)
バチバチバチッ!!
二人の間に、目に見えない火花が散った。
こうして、僕の初めての外出は、予想外のお土産――ピンク色の小悪魔――を持ち帰ることで幕を閉じた。
ルミナさんの要塞に、ついに第一の侵入者が招き入れられたのだ。
今夜から、僕の布団の中がさらに賑やかになることなんて、この時の僕はまだ知る由もなかった。
(第5話 終わり)
次回!ココちゃん突撃のお風呂回です!(OAできるのか…これ)




