第5話(前):完全防備でデートしてたら、ピンク色の”迷い猫”に懐かれました。
1.灼熱のサウナスーツと、狂気の世界
重厚な金属音が響き、我が家(要塞)の鉄の扉が開いた。
僕たちはついに、外の世界へと足を踏み出した。
「……暑い」
それが、僕の第一声だった。
無理もない。今は真夏の炎天下だ。
それなのに、僕の格好ときたら。
極厚のダウンジャケット、目深に被ったニット帽、顔の半分を覆う黒マスク、そして真っ黒なサングラス。手には革手袋、足元はエンジニアブーツ。
完全防備というか、完全に不審者だ。
サウナスーツを着てサバンナを歩いているようなものだ。すでに背中を滝のような汗が流れている。
「頑張ってミナトくん! 命を守るためだから! 汗をかくのもデトックスだと思って!」
「は、はい……でもルミナさん、これ逆に目立ちませんか? 街中で職務質問されそうですけど」
「大丈夫! みんな『ああ、可哀想に。重度の紫外線アレルギーか、対人恐怖症の深窓の令息なんだな』って同情してくれるだけだから!」
ルミナさんは涼しい顔(彼女はノースリーブにショートパンツという軽装だ)で僕の手をがっしりと握り、周囲を威嚇するような鋭い視線で歩いている。
その腰には、護身用と言うには本格的すぎる長剣が帯びられていた。
僕たちはガレージに停めてあったルミナさんの愛車――あの軍用車のようなイカついオフロードカーに乗り込んだ。
冷房を最強にする。
生き返る心地がした。
「じゃあ、出発するね。しっかり捕まってて!」
「お願いします。……安全運転で」
「任せて! 邪魔な車は全部蹴散らして行くから!」
不穏な宣言と共に、車は唸りを上げて発進した。
最寄りの街までは、車で20分ほどらしい。
僕は流れる景色を眺めながら、この世界の情報を少しでも集めようとした。
「へえ……結構、発展してるんですね」
街並みは、ヨーロッパの古都と現代日本をミックスしたような不思議な雰囲気だった。
魔法で動いているらしい街灯や、レンガ造りの重厚な建物の横に、近代的なコンビニやガソリンスタンドがあったりする。
魔法と科学が歪に、しかし便利に融合している世界なのだろう。
しかし、もっと驚いたのは、そこを行き交う人々だ。
「おりゃああっ! 運べ運べぇ! 男に苦労させるな!」
「今日の現場、気合い入れていくよ! 愛する旦那のために稼ぐんだよ!」
道路工事の現場で、巨大な魔導重機を操り、自分の体重ほどもありそうな鉄骨を軽々と担いでいるのは、タンクトップ姿の筋肉質な女性たちだった。
彼女たちの腕は丸太のように太く、汗が美しく輝いている。
街角では、スーツをパリッと着こなしたビジネスウーマンたちが、スマホ片手に早口で商談をしながら闊歩している。
誰もが精力的で、強そうで、自信に満ち溢れている。
一方で、男性はというと――。
「あ、見てミナトくん。あれが『集団下校』だよ」
ルミナさんが指差した先。
歩道を、制服姿の男子学生が5、6人のグループで歩いていた。
しかし、彼らの周りには、完全武装した女性警備員が4人も配置され、ガッチリと周囲を警戒している。
まるで要人の護送だ。
男子たちは少し恥ずかしそうに、あるいはそれが当たり前のように、身を寄せ合って小さくなって歩いている。
「……本当に、男の人が守られてるんですね」
「そうだよ。男の子は一人じゃ何もできない、か弱くて尊い存在だからね。社会全体で守らないと」
「か弱い……ですか」
僕から見れば、あの男子たちも普通に元気そうに見えるけど……この世界の常識では「深窓の令嬢」ならぬ「深窓の令息」扱いらしい。
さらに車が進むと、巨大な看板広告が目に入った。
『その愛を、物理で守る。――ALSOK女性騎士団』
『彼へのプレゼントに、土地はいかがですか? ――王都不動産』
『最近、旦那様の元気がありませんか? それは愛が重すぎるサインかも。――メンタルクリニック』
「……広告の内容もすごいですね」
「あ、あの不動産屋おすすめだよ! 私もあそこで3件目の別荘買ったの!」
「3件目!?」
ルミナさんの経済力に戦慄している間に、車は目的地に到着した。
この街で一番大きいというショッピングモールだ。
2.視線の集中砲火
駐車場には、高級車がずらりと並んでいた。
ここでもルミナさんは、周囲をキョロキョロと警戒し、安全確認をしてから僕を車から降ろした。
「いい? ここは戦場だよ。絶対に私の手を離さないでね。
はぐれたら最後、店内放送で呼び出される前に、ハイエナたちに連れ去られて、地下オークションに出品されちゃうから」
「ハイエナって……人間のことですよね?」
「人間の皮を被った獣だよ! 特にバーゲンセールの時期は凶暴性が増すから気をつけて!」
ルミナさんの鬼気迫る表情に、僕はコクコクと頷いた。
彼女と手を繋ぐ。革手袋越しだが、彼女がギュッと握り返してくる力が強い。
ショッピングモールの自動ドアを抜けると、冷房が効いていて天国だった。
ダウンジャケットの中は汗だくだけど、外よりはマシだ。
しかし。
僕たちが足を踏み入れた瞬間、フロアの空気が変わった。
ザワッ……。
すれ違う人々が、ギョッとした顔で僕を見る。
真夏にダウンジャケットを着た不審者。当然の反応だ。
だが、その視線の質が、僕の想像とは少し違っていた。
(……あら? 何あの格好)
(不審者? いや、あの身長、あの肩幅……まさか、男?)
(隣にいるのはSランク冒険者の『閃光のルミナ』じゃない。彼女が連れてるってことは……)
(……男だ。しかも、あの徹底した隠し方。よほどの上玉ね)
(見たい。あの中身が見たい。マスクの下はどんな顔? サングラスの下はどんな瞳?)
視線が、物理的に痛い。
好奇心ではない。値踏みするような、パッケージの中身を透視しようとするような、粘着質な視線だ。
重装備をしていても、肌がチリチリとする。
「……ッ!」
ルミナさんが立ち止まり、周囲をぐるりと睨みつけた。
その瞳から、殺気のような覇気が放たれる。
「私のよ(シャーッ!)」
幻聴かもしれないが、威嚇音が聞こえた気がした。
周囲の女性たちは「チッ」と舌打ちをして、渋々目を逸らす。
すげえ。ルミナさん、本当に強者なんだ。
(……なんか、すごい世界に来ちゃったな)
僕は改めて実感する。
ルミナさんがいなかったら、僕は今頃どうなっていたんだろう。骨も残らないというのは、あながち比喩ではないかもしれない。
感謝の気持ちを込めて、僕は握られた手を少しだけ握り返した。
「!」
ルミナさんがビクッと反応する。
サングラス越しでも、彼女が顔を真っ赤にしているのが分かった。
「ミ、ミナトくん……? 今、握り返した……?」
「あ、はい。ルミナさんがいてくれて心強いなと思って。ありがとうございます」
「……んぐっ!!」
ルミナさんは奇妙な声を漏らし、フリーの手で口元を覆った。
(やばい。尊い。死ぬ。
自分から握り返してくるとか、そんな高等テクニックどこで覚えたの? 天然? 天然なの?
無防備な信頼……たまらない……っ!
周りの有象無象に見せつけてやりたい! 『この子は私に懐いてるのよ!』って叫びたい!
でもダメ、目立っちゃダメ……あああ、今すぐこの場で押し倒して、全身の匂いを嗅ぎまくりたい衝動を抑えるのに必死なんだけど!?)
「ルミナさん? 顔、赤いですよ? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫! 冷房が寒暖差アレルギーで……あはは! さあ、服を見に行こう!」
彼女は誤魔化すように僕を引っ張り、早足でメンズ服売り場へと向かった。
3.試着室という名の密室
メンズコーナーは、フロアのほんの一角、ひっそりとした場所にあった。
レディース売り場の十分の一もない広さだ。
しかも、置いてある服のデザインが……。
「……これ、男物が着る服ですか?」
僕は陳列棚を見て絶句した。
背中がぱっくり開いたニット。
太ももが見えそうなショートパンツ。
シースルー素材のシャツ。
「I AM PRETTY」と書かれたパステルカラーのパーカー。
全体的に、布面積が少なく、ボディラインを強調するデザインばかりだ。
「え? 普通だよ? 最近のトレンドは『鎖骨見せ』と『絶対領域』だからね! あと『透け感』も大事!」
「大事じゃないですよ! もっとこう、防御力の高い服はないんですか!?」
「ええ~っ? もったいないなぁ。ミナトくんの白い肌、国宝級なのに」
ルミナさんは不満そうに唇を尖らせるが、僕の必死の抵抗により、なんとか無難なTシャツとカーゴパンツ(それでもシルエットがやたらとお尻のラインを強調するやつ)を選ぶことになった。
「じゃあ、これ試着してみようか。サイズ確認しないとね」
「はい。試着室借りますね」
僕は服を持って試着室に入ろうとした。
すると、当然のようにルミナさんも一緒に入ってこようとした。
「えっ、ルミナさん?」
「ん? どうしたの?」
「いや、なんで入ってくるんですか」
「だって、着替え手伝わないと」
「自分で着れます!」
「でも、ボタンとか留めにくいかもしれないし、裾が引っかかるかもしれないし、私が直してあげないと……」
「Tシャツにボタンはありません!」
「じゃあ、サイズが合ってるか後ろから確認する!」
「出てください!」
僕は半ば強引にルミナさんを押し出し、カーテンを閉めた。
危ないところだった。
あんな狭い密室に二人きりで入ったら、何が起こるか分からない。
主に、ルミナさんの理性が。
着替えを済ませてカーテンを開けると、ルミナさんが頬を染めて待機していた。
「……どうですか?」
「…………ッ!!」
ルミナさんは声を出さず、親指を立てた(サムズアップ)。
そして鼻からツーッと一筋の赤色が垂れた。
「鼻血! ルミナさん鼻血出てます!」
「だ、大丈夫! 興奮してないから! ただ、そのTシャツの……胸元の開き具合が……神がかってて……」
「着替えます! 戻します!」
結局、一番露出の少ない服を数着購入することになった。
4.戦場(下着売り場)と、孤独なベンチ
「よし、服はこれでOK。次は……」
ルミナさんが急に声を潜め、周囲を最大限に警戒し始めた。
「ミナトくん。ちょっと、そこのベンチで待っててくれる?」
「え? 一緒に行くんじゃないんですか?」
「う、うん。でも、次は……その、下着売り場だから」
「ああ、なるほど」
さすがに異性の下着選びに付き合うのは恥ずかしいということか。
……いや、待てよ。買うのは『僕の』下着だ。
つまり、彼女は一人でメンズ下着コーナーに行き、僕のパンツを選ぼうとしているわけだ。
「……それ、僕が自分で行っちゃダメなんですか? サイズも分かりますし」
「ダメ!!」
即答だった。
ショッピングモール中に響き渡るような大声だった。
「下着売り場は戦場なの!
一番、肉食女子の密度が高い危険地帯なの!
『試着済み』とか『わけあり品』が裏で高値で売買されてる闇市みたいな場所なんだから!
ミナトくんみたいな純潔男子が入ったら、パンツを脱がされる前に貞操を脱がされちゃうよ!?」
「どんな場所ですか!?」
「いいから待ってて! 私が最高級の、肌触りが良くて、脱がせやす……じゃなくて、機能性の高いやつを買ってくるから!」
ルミナさんは僕を休憩用のベンチに座らせると、決死の覚悟を決めた戦士のような顔で、「行ってくる! 生きて戻ったら褒めてね!」と人混みの中へ消えていった。
パンツ一枚買うのに、命がけの世界らしい。
一人残された僕は、言いつけ通り大人しくベンチに座っていた。
周りの視線が痛い。
ダウンジャケットの不審者がポツンと座っているのだから、当然だ。
(……暑いなあ)
マスクの中が蒸れてくる。
ダウンジャケットの中はサウナ状態だ。
少しだけ、水分補給したいな。マスクをずらして水を飲もうか……。
そう思った時だった。
「……ふぇぇ……」
足元で、小さな泣き声が聞こえた。
視線を下げると、そこには小さな女の子が座り込んでいた。
(後半へつづく)




