第2話(後):浴室の攻防戦
「さあ、出来ました。座って食べましょう」
食卓に料理を並べる。肉じゃがの他に、炊きたての白いご飯と、即席の味噌汁も用意した。 ルミナさんはまるで聖遺物を前にした信徒のように、うっとりとした表情で肉じゃがを見つめた。 そして一口食べるたびに、「んふぅ……」「しあわせぇ……」「とろけるぅ……」と、なんだか聞いてるこっちが恥ずかしくなるような、艶っぽい声を漏らす。
そんなに喜んでもらえると、作り甲斐があるというものだ。
僕も箸を進めながら、リビングに置いてあるテレビに目をやった。
壁掛けの薄型大画面テレビ。リモコンのボタンを押すと、ニュース番組が流れてきた。
『――続いてのニュースです。本日午後、王都国会議事堂にて第35回・男性保護法改正案が、全会一致で可決されました』
女性のアナウンサーが淡々と、しかしどこか誇らしげにニュースを読んでいる。
画面には、国会のような場所が映し出されていた。
驚いたことに、議員席に座っているのは全員女性だ。スーツを着た凛々しい女性たちが、拍手喝采している。
『今回の改正により、外出時の男性へのSランク護衛義務がさらに強化されます。
これにより、未婚男性の単独での外出は原則禁止。
違反した場合、保護監督者(主に母親や姉、妻)への重い罰則に加え、対象男性は国立保護施設への強制収容が可能となります』
「……え?」
僕は箸を止めた。
いま、なんて言った?
男性の外出禁止? 強制収容?
『総理大臣は記者会見で、「国の宝であり、種の存続の鍵である男性を、危険な外敵やストレスから守ることは国民の義務です。彼らはただ、家の中で笑っていてくれればいいのです」と力強く述べました』
画面が切り替わる。
今度は、群衆が映し出された。
『また、本日デビューした5人組男性アイドルグループ『プリンス・スターズ』の握手会には、徹夜組を含め過去最高の50万人のファンが殺到しました』
地平線まで埋め尽くすような、凄まじい数の女性たち。
彼女たちの目は血走り、口元からは涎が垂れ、手には「尊い」「産んで」「踏んで」と書かれた物騒なうちわが握られている。
『会場では興奮したファンがバリケードを突破し、警備にあたっていた女性騎士団となぎ倒し合いの乱闘に発展。
数百名の負傷者が出ましたが、アイドルたちの「みんな、怪我しないでね」という一言により、暴動は瞬時に鎮圧されました。
ファンの女性たちは「尊すぎて息ができない」「彼の吸った二酸化炭素になれるなら死んでもいい」「網膜に焼き付けたから眼球を保存したい」などと興奮気味に語り――』
「……すごい世界だな」
僕は呆然と呟いた。
画面に映る男性アイドルは、僕から見ればごく普通の、少し線の細い青年たちだ。
それに対して、熱狂する女性ファンの熱量が尋常じゃない。アイドルのコンサートというよりは、宗教的な儀式か、飢えた猛獣の群れのようだ。
「あ、見ちゃった?」
ルミナさんが、少し気まずそうに、でもどこか勝ち誇ったように苦笑いをした。
「やっぱり、外は危ないんだよ。
ミナトくんみたいな……その、未登録で、無防備で、こんなに可愛い男の子が一人で歩いてたら、法律違反で捕まっちゃうし。
運良く警察に捕まればマシだけど……もっと怖い人たち(ハンター)に見つかったら、地下オークションに売られちゃうか、地下室に監禁されて一生日の目を見られないか……」
「ひぇっ……」
僕は心底ぞっとした。
背筋に冷たいものが走る。
もしあのまま歩いていたら、僕は今頃どうなっていたんだろう。
ルミナさんの「野獣が出る」という言葉は、比喩じゃなかったんだ。物理的な野獣よりもタチが悪い、理性を持った野獣たちだ。
「そうなんですか……。僕、本当にルミナさんに拾われて運が良かったんですね」
「うんうん! 運命だよ!
だからね、ミナトくんはここから出ちゃダメだよ。
私が全部やってあげるから! 欲しいものがあったら何でも言って!
服でも、ゲームでも、お菓子でも……お城でも、なんでも買ってあげる!」
ルミナさんは身を乗り出し、テーブル越しに僕の手をギュッと握りしめた。
その力は強く、痛いほどだ。
その瞳は、獲物を逃がさない猛禽類のように鋭く――いや、庇護欲に燃える聖母のように優しく、そして底知れない闇を孕んでいた。
「仕事もしなくていいの。家事もしなくていいの。
ミナトくんの仕事は、『私の家にいて、元気でいて、私に笑いかけてくれること』だけだから!」
「ええ……それはさすがに……ヒモじゃないですか」
「ヒモ上等! むしろ私がヒモを結びたい! ぎゅって! 絶対解けないように!」
「はい?」
「あ、ううん! なんでもない!」
ルミナさんは慌てて肉じゃがを頬張った。
「んふぅ、おいしぃ……」と頬を緩ませる彼女を見て、僕は苦笑するしかなかった。
彼女は善意で言っているのだろう。
でも、その言葉の裏にある「絶対に外には出さない」という鉄の意志を、僕は薄々感じ取っていた。
4.浴室の攻防戦
食事の後、片付けをしようとすると、ルミナさんが全力で阻止してきた。
「手荒れしちゃう! 国宝に傷がついちゃう!」と叫びながら、僕を無理やりソファに座らせ、自分は鼻歌交じりに皿を洗い始めた。
彼女の機嫌は最高に良いようだ。
僕はふかふかのソファに沈み込みながら、天井を見上げた。
一文無しの異世界転移。
どうなることかと思ったけど……。
衣食住は保証された。
家主は美少女で、ものすごく親切(過保護すぎる気もするけど)。
外は危険がいっぱいらしい。
(……うん。しばらくは、彼女のお言葉に甘えさせてもらおう。
少しずつこの世界の常識を学んで、それから自立を考えればいいや)
そう、楽観的に決意した時だった。
「あ、ミナトくん! お風呂沸いたよ!」
キッチンからルミナさんが顔を出した。
エプロンを外し、なぜか顔が赤い。呼吸も少し荒い。
「汗かいたでしょ? 砂埃もついてるし、先に入っていいよ!」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
僕は立ち上がり、浴室へ向かった。
脱衣所には、新品のふかふかのバスタオルと、これまた新品の男性用パジャマ(なぜ用意してある?)が置かれていた。
至れり尽くせりだ。
服を脱ぎ、洗濯籠に入れる。
浴室のドアを開ける。
広々としたタイル張りの浴室。
大きな浴槽には、温かいお湯がたっぷりと張られ、湯気が立ち上っていた。アロマのような良い香りもする。
「ふぅ……生き返る……」
掛け湯をして、湯船に肩まで浸かる。
熱めのお湯が、冷えた体と疲れた心を解きほぐしていく。
「極楽、極楽……」
僕は目を閉じ、緊張の糸が切れるのを感じた。
静かだ。平和だ。
――その頃。
浴室のドア一枚を隔てた脱衣所では。
ルミナが、ドアに耳を押し当て、膝をついて悶えていたことを、僕は知らない。
(……入った。ミナトくんが入ってる。私のお風呂に。裸で。
ちゃぷん、って音がした。
今、彼は無防備な姿で、私のお湯に包まれてる。
やばい、想像したら鼻血が……血管が切れる……)
ルミナの顔は、熟れたトマトのように真っ赤だった。
彼女の手が、震えながらドアノブに伸びる。
(……開けたい。今すぐ開けて、「背中流します!」って突撃したい。
いや、「一緒に入りましょう!」って言えば断られないかも?
ここは私の家だし? 家主特権だし?
……だめだめだめ! まだ初日だぞルミナ!
そんなことしたら怖がられて、最悪、窓から逃げ出しちゃうかも!
信頼関係が第一! 今日は我慢! 我慢するの!)
彼女は自分の太ももを抓り、必死に理性を繋ぎ止める。
しかし、中から聞こえてくる無防備な鼻歌と、水音が、彼女の理性をゴリゴリと削っていく。
(……あのお湯、捨てられない。絶対に捨てられない。
後で私も入る。ミナトくんの出汁が出た聖なるお湯に、朝まで浸かる。
そして洗濯籠に入っている彼のTシャツ……あれは回収だ。ジップロックに入れて永久保存だ。
匂いを嗅ぐくらいは……許されるよね? 役得だよね?)
ルミナは洗濯籠の中のTシャツを、まるで宝石のように大切に抱きしめ、深く息を吸い込んだ。
「……んふぅ……ミナトくんの匂い……最高……」
脱衣所に響く、甘く危険な吐息。
彼女の理性と欲望の戦いは、まだ始まったばかりだった。
そして、この家のセキュリティが「外敵」から僕を守るためだけでなく、「僕を外に出さない」ためのものであることに、僕が気づくのも、そう遠い未来の話ではないだろう。
(第2話 終わり)
3,4話のあと、5話から小悪魔系の年下S級美少女からミナトくんが狙われる展開が待っております。無垢な顔してあざとく狙われる展開に、萌え死にますので、ご期待ください!
次回!第3話:雷が怖いからって、美少女がベッドに潜り込んできたんですが。




