第6話(前):お風呂で背中を流すだけのはずが、泡まみれで密着されています。
〜子供だからって油断しましたか? 残念、それは最強のパスポートです〜
1.オムライス戦争と、小悪魔の宣戦布告
ルミナさんの要塞のリビングに、ピンク色の小嵐が吹き荒れていた。
「わあ~! おっきなオムライス! たまごふわふわ~!」
夕食のテーブルで、ココちゃんが歓声を上げた。
彼女はもう、ルミナさんから借りた部屋着(ブカブカのTシャツ)に着替えている。それがまた、彼シャツっぽくて妙に庇護欲をそそる。
今日の夕食は、僕が腕によりをかけて作った特製オムライスだ。
半熟卵のトロトロ具合は完璧。さらに、ケチャップで可愛らしい猫のイラスト(ココちゃんのリクエスト)を描いてあげると、彼女は目を輝かせて拍手した。
「すごいよお兄ちゃん! お料理じょうず! 天才! お嫁さんになれるよ!」
「あはは、お嫁さんかぁ。まあ、主夫としては最高の褒め言葉かな」
「いただきまーす! ……あむっ。……ん~っ! おいひぃ~♡」
ココちゃんはスプーンを口いっぱいに頬張り、満面の笑みで足をパタパタさせた。
その仕草があまりにも子供らしくて愛くるしいので、僕は自然と目尻が下がってしまう。
やっぱり、ただの可愛い迷子じゃないか。ルミナさんは「魔物だ」とか言ってたけど、警戒しすぎだ。
一方、向かいの席に座る家主・ルミナさんはというと。
「…………ッ」
スプーンを握りしめたまま、般若のような形相でココちゃんを凝視していた。
その視線から放たれる殺気で、せっかくの半熟卵が固まりそうだ。
(……許せない。絶対に許せない。
私のミナトくんの手料理を、どこの馬の骨とも知れないピンク色の生き物が食べている。
しかも『おいしい』とか言って媚びてる。それは私の台詞なのに!
警察に通報するか? 不法侵入で突き出すか?
いや、保護したのはミナトくんだ。ここで私が冷たく追い出したら、『ルミナさんって冷たい人なんだ……』って幻滅されて、好感度が下がる……!
くっ、詰んでいる! 完全に人質(好感度)を取られている!)
ルミナさんの脳内で、緊急対策会議が紛糾していた。
しかし、そんな彼女の内心を知ってか知らずか、ココちゃんは追撃の手を緩めない。
「ねえねえお兄ちゃん! ココのお口、ケチャップついてない?」
「ん? ああ、ちょっとついてるね」
「とって♡」
ココちゃんが顔を突き出す。
僕は苦笑しながら、ナプキンで彼女の口元を拭ってあげた。
「はい、きれいになったよ」
「あ、ありがとうお兄ちゃん♡ えへへ、優しい手……」
ココちゃんが僕の手のひらに頬をすり寄せてくる。
柔らかくて温かい。まるで甘えん坊の子猫だ。
――しかし、僕は気づいていなかった。
僕の手のひらにスリスリしながら、ココちゃんがルミナさんに向かって、勝ち誇ったような冷笑を向けていたことに。
(……へえ。この男の子、料理スキルもS級なんだ。
顔よし、性格よし、家事よし、そしてこの無防備なフェロモン。
完全に物件として優良すぎる。ルミナお姉ちゃんには勿体ないわね。
私が美味しくいただいて、骨の髄までしゃぶり尽くして、私色に染め上げてあげる♡
ごめんねおばちゃん。恋愛は早い者勝ちじゃなくて、『上手い者勝ち』なのよ)
「ルミナさん? 食べないんですか? 冷めちゃいますよ」
「た、食べるよ! 食べるもん! ミナトくんの愛、噛み締めるもん!」
僕が声をかけると、ルミナさんは我に返ったようにオムライスをかき込み始めた。
そして一口食べた瞬間、「んんっ!?」と目を見開き、先ほどまでの殺気が嘘のように蕩けた表情になった。
「おいしいぃぃ……っ! なにこれ、卵が飲み物みたい……!」
「よく噛んで食べてくださいね」
「これなら毎日食べたい……一生食べたい……ねえミナトくん、やっぱり結婚しよ? 籍入れよ? 用紙あるよ?」
「はいはい、おかわりありますからね」
僕はルミナさんのプロポーズ(定期)を華麗にスルーして、ココちゃんに水を注いであげた。
平和な食卓だ。
水面下で繰り広げられる女の戦いになんて、鈍感な僕は気づくよしもなかった。
2.パジャマ選びと、入浴の順序
食後の団欒を終え、時計の針は夜の9時を回っていた。
そろそろ就寝の準備だ。
「さあ、ココちゃん。今日はいっぱい歩いて疲れたでしょ? お風呂に入って寝ようか」
「うん! ……あ、でもココ、お着替え持ってないの」
「そうだったね。ルミナさん、何か貸せる服とかありますか?」
ルミナさんは「チッ」と小さく舌打ちしたが、しぶしぶ立ち上がった。
「私の昔の服があるわよ。サイズ直ししないといけないけど」
「ありがとうございます。やっぱりルミナさんは優しいですね」
「べ、別に! ミナトくんのためだから!」
ルミナさんは顔を赤らめながら、クローゼットから子供用のパジャマ(昔着ていたらしいフリフリのネグリジェ)を持ってきた。
なんだかんだ言って、彼女は面倒見がいいのだ。
「じゃあ、お風呂の順番だけど……」
「お兄ちゃんが先に入って!」
ココちゃんが元気よく手を挙げた。
「え? レディーファーストだよ? ココちゃんが先でいいよ」
「ううん、ココ、ご飯食べてお腹いっぱいだから、少し休んでから入る!
それに、お兄ちゃん今日は重いお洋服着てて、汗いっぱいかいたでしょ? 先にさっぱりしてきて!」
なんて気遣いのできる子なんだろう。
僕は感動した。
「そう? じゃあ、お言葉に甘えようかな。ありがとう、ココちゃん」
「うん! ごゆっくり~♡」
ココちゃんは天使のような笑顔で僕を送り出した。
その背後で、ルミナさんが「……何か企んでる顔ね」と呟いたが、僕の耳には届かなかった。
3.聖域の崩壊
僕はタオルを持って浴室へと向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、洗濯籠に入れる。
浴室のドアを開けると、湯気がモワッと立ち込めていた。
広い浴槽には、温かいお湯がたっぷりと満たされている。
「ふぅ……生き返る……」
掛け湯をして、ザブンと湯船に浸かる。
一日の疲れがお湯に溶け出していくようだ。
今日は初めての外出で、緊張しっぱなしだったからなぁ。
完全防備のダウンジャケットは暑かったし、周りの視線は怖かったけど、ルミナさんが守ってくれたおかげで無事に帰ってこれた。
(……この世界は怖いけど、守ってくれる人がいるって心強いな)
僕は目を閉じ、お湯の温かさを堪能した。
しばらくして、僕は手桶で頭にお湯をかけ、シャンプーを手に取った。
この世界のシャンプーは、不思議なことに泡立ちがすごく良くて、ローズのような高貴な香りがする。男性用なのに。
モコモコと泡立てて、頭を洗う。
無防備な時間だ。
――ガチャリ。
その時。
浴室のドアが開く音がした。
「……えっ?」
泡だらけの頭で振り返る。
湯気の向こうに、小さな影が立っていた。
「……お兄ちゃん」
「コ、ココちゃん!?」
僕は慌ててタオルで前を隠し、お湯の中に深く沈んだ。
心臓が早鐘を打つ。
そこに立っていたのは、バスタオル一枚を体に巻いたココちゃんだった。
ピンク色の髪をアップにして、うなじを見せている。
白い肌が湯気でほんのりと上気し、濡れた瞳が僕を見つめている。
「ど、どうしたの!? トイレなら外だよ! ここはお風呂だよ!」
「ううん……あのね……」
ココちゃんはモジモジと指を合わせ、上目遣いで僕を見つめた。
「……ひとりじゃ、洗えないの」
「え?」
「いつもママに洗ってもらってたから……背中、届かないの……。
それに、このお家のシャワー、使い方が難しくて……」
「あー……なるほど」
これくらいの年なら、一人で入れる子も多いだろうけど、甘えん坊な子なら親と入ることもあるだろう。
それに、ここは最新魔道具式のお風呂だ。使い方が分からないのも無理はない。
「で、でも、それならルミナさんに頼めば……」
「ルミナお姉ちゃん、今お電話してるの。忙しそうだったから……」
「そ、そうなんだ」
ルミナさん、またギルドの仕事かな。タイミングが悪い。
「お兄ちゃん……だめ?
ココ、汗かいて気持ち悪いよぉ……背中、痒いよぉ……」
ココちゃんが、トテトテと裸足でタイルを歩いて近づいてくる。
その目には涙が浮かんでいた。
捨て猫のような、縋るような目だ。
……ダメだ。僕の保護者スキル(チョロさ)が発動してしまう。
相手は子供だ。やましい気持ちを持つ方が失礼だ。
困っている子供を助けるのが、大人の男の役目じゃないか。
「……わかった。背中だけだからね? シャワーの使い方教えるから」
「うん! ありがとうお兄ちゃん!」
ココちゃんはパァッと笑顔になり、躊躇なくバスタオルをパラリと落とした。
「ぶふっ!!」
僕は反射的に天井を向いた。
見てない。何も見てないぞ。白い肌とか、まだ発育途中の膨らみとか、腰のラインとか、絶対見てない。
般若心経。般若心経を唱えるんだ。
(後半へ続く)




