後編 魔王、王女と共闘する
魔王が攫った王女からもらった分厚い封筒の手紙を読んでいる頃(書いてもらったからには目を通す生真面目さがある性格だった)サザークエス王国の王城の地下深くでそれは発動した。
術式を刻んだ魔法陣の真ん中にある座布団ほどの大きさの石板に紋様の光が走り、そこから魔石を敷いた魔法陣にも光が満ちていく。
「我が国を救う勇者よ!来たれ!」
その朗々とした声の後に石板の座布団の上に一人の青年が座っていた。
「え、なに?ここどこ!?」
きょろきょろと周りを見回すコート姿の青年に、魔法陣の周りにいた魔術師たちは口々に「成功だ!」「勇者様が来てくれたぞ!」と喜んでいる。
そんな彼のもとに、一連の儀式を王女の代わりに見ていた王が歩み寄る。
「ようこそ、勇者殿。お願いがある。我がサザークエス王国を魔族の危機から救っていただきたい。もちろんその暁には、貴殿の望むものを何でも与えよう」
「え、いやです」
間髪入れない完全拒否に、王も魔術師たちも凍り付いた。青年は周囲を見回しながら、完全に場違いな表情を浮かべている。
「て、勇者って俺のこと?これガチの異世界転移?俺、今日大事な試験があるんで帰してください、すぐに」
青年、三島明人は今日、卒業のかかった卒試のため一人暮らしをしているアパートの玄関を出たところだった。今日の卒試が無事に終われば、春からは地元に帰って公務員として役所で働くことが決まっている。異世界などで時間を使っている暇はないのだ。
何より今日は大好きな彼女の誕生日である。プレゼントも用意してあるのに、このまま行方不明になってたまるか……!
卒試直前の現実的な勇者は拒否するも、王は困り顔のまま説明を続ける。
「勇者殿、貴殿には、我らの国を脅かす魔族の本拠地に赴き、攫われた姫を救ってほしいのだ。姫を助け出してくれた暁には、貴殿の望みは何でもかなえよう」
青年は魔法陣の中で立ち尽くす。
「姫……って、本物のお姫様!?」
「ああ、我が一人娘にして、この王国の王女であるエリルードを救い出してほしい」
そこに用意されていた王女の姿絵は現物より2割増しで美しく描かれていた。
「我らの国は今、危機に瀕している。勇者殿、貴殿の力を必要としておるのだ」
魔術師たちの視線が一斉に明人に集中する。明人は深呼吸を一つして、現実を理解し始めた。
(……あれ?俺、もう戻れない?いやいや、全部終わったら帰りたいって望めばいいんだろうし仕方ないか……)
覚悟を決めた明人は、王の前に一歩踏み出す。
「……わかりました。まずは、姫を救えばいいんですね?」
王は満足げに頷くと、城の奥深くにある伝統の部屋へと明人を案内した。
そこには古くより伝わる勇者専用の装備が整えられている。
甲冑、剣、盾、そして各種魔法道具。すべてが長い歴史を持ち、勇者の伝説を受け継いできたものだ。
「こちらの装備は勇者にしか扱えないと伝えられている。使い方は装備すれば装備が教えてくれるとも」
丸投げかよ、と心の中で軽く毒づきつつ、明人は装備を手に取りながら、改めて自分の置かれた状況をかみしめる。
どうにもまあ祭り上げられて利用されている感が否めない。
(……俺、完全に異世界の勇者じゃん……)
こうして、現実世界の卒試直前の青年は、勇者としての使命を帯び、魔族の国へと向かう冒険に踏み出すのだった。
装備を整えてから明人は城を出て、王国の外れにある森を抜けると、魔族の国へと通じる細い山道に差し掛かった。
道中、王から渡された地図と装備を確認しつつ、一歩一歩進む。
装備には全て疲労無視の魔法がかけられており、まったく疲れがない。
(……これ、本当に俺一人で行くのか?いや、装備もあるし、魔法も使えるって装備から伝わってくるからなんとかなるか……?)
険しい山道を進むうち、薄暗い谷間に人影が現れた。甲冑に漆黒のマント、長い銀髪を揺らすその人物は、威圧感と同時に不思議な落ち着きを持っていた。
「誰だ……?」
「貴殿は、異世界より招かれた勇者殿か?」
どこか疲れたような声で問いかけられ、明人は頷いた。
「貴殿を迎えに参った。我は魔族の国ユーレウスの王、ヴァルゼリオ。まず貴殿と話がしたいのだ」
手を差し出され、一瞬警戒する。
装備が辺りを瞬時に索敵するが、目の前の男以外に誰もいない。
まさかいきなりこんなところに敵の親玉が単独で現れるなんて予想していなかった。
「俺は姫を救出に来たんだ。姫はどこにいる?」
「エリルード姫ならば、我が城で貴殿のために茶の準備をしておるよ。我が迎えに行くと言ったら、自分も行くと言って聞かなかったのだが、もてなしのために茶の用意をお願いしたら快く了承してくれた」
「……は?」
明人の目が点になる。
敵の城で、しかも攫われたはずの姫が“もてなしの茶”を準備しているとは、予想の範囲を大きく超えていた。
「……どういうことですか?」
言葉に詰まりつつも、明人は慎重に問いかける。
「ふむ。やはり貴殿と我らの間にはきちんとした相互理解が必要なようだ。我に敵対するつもりはない。姫を安全に城に戻すことは、我にとっても重要なことである」
ヴァルゼリオの瞳は真剣そのもので、明人の警戒心を少しずつ解いていく。
(……なるほど、単純な悪役じゃないってことか……)
「では、共に姫のもとへ向かおう。途中、貴殿には聞きたいこともある。万全の情報共有ののち、姫と対峙してもらいたい」
ヴァルゼリオは言うが早いか、手を掲げて光の道を示した。明人はその指先を見つめながら、覚悟を新たにする。
「……わかりました。俺のことは明人と呼んでください」
「アキトか。良い名だ」
二人の歩みが揃い、薄暗い谷間の山道に二つの影が重なる。敵ではなく、共闘者として――異世界の勇者と魔王の、奇妙な同行が始まった。
山道を進む二人。
谷間の風が木々を揺らし、葉擦れの音が静かに響く。
城へ向かう道中で、明人は勇者召喚の本当の目的をヴァルゼリオから知らされたが、それを鵜呑みにしてしまうほど彼は浅慮ではなかったが、話を合わせるくらいの社交性は持ち合わせていた。
「では。俺は文字通り魔族の国を亡ぼすためだけに呼ばれたと」
「ああ。奴らの狙いは、我らの国で産出される魔石だ。ユーレウスの魔石鉱山を手に入れればこの大陸のみならず世界に対して強い発言力を持つことが可能になる」
「それを証明する方法は?」
「我の言葉だけでは無理なことは分かっている。だから、エリルード姫から話を聞くがよい」
「会わせてくれるんですか?」
「姫が貴殿と話をしたいと望んでいて城で待っている。ここからは我の力で連れて行こう」
ヴァルゼリオが指をパチンと鳴らすと、シャボン玉のような透明な球が現れ、その中に乗るように言われる。
「落ちることもないから安心して乗るがよい」
ここまで来て躊躇するのも、と思い、明人はシャボン玉に足を踏み入れた。浮遊感で一瞬転びそうになったがなんとか踏ん張る。
「では行こうか」
そのまま風を切るように夜を抜け、眼下に街を見下ろし、シャボン玉は大きな城の中庭に降りた。
「こちらへ」
うながされるまま城内へ入ると、良い香りがした。
「リア、もどったぞ。勇者殿をお連れした」
「おかえりなさいませ、魔王陛下。それから召喚された異世界よりの勇者様」
一人のメイドが出迎えてくれた横には。
豪奢なドレス姿の王女――いや、攫われたというよりは歓迎の席の主のように微笑む女性が立っていた。
城で見せられた姿見の女性に間違いなかった。姿絵より少し美貌は落ちる気はしたが。
「ようこそ、異世界からいらした勇者様。私はサザークエス王国の第一王女、エリルード・サザークエスと申します」
丁寧にスカートの裾をつまみ、完璧なカーテシーをしてみせる。
その動作に怯えや囚われの気配はまるでない。
「……あの、姫様?ご無事で何よりですが、攫われたんじゃ……?」
「攫われた、ですか?」
くすりと笑って、彼女は魔王の方を見た。
ヴァルゼリオは軽く片眉を上げるだけで何も言わない。まるで「説明はお前の役目だ」とでも言うように。
「確かにわたくしは攫われてきてここにおります。ですがここにとどまっているのは自分の意志でございます。まずはお話をいたしましょう。わたくし、自分でお茶を淹れられるようになりましたのよ。ご用意したので、勇者様もヴァル様もどうぞこちらへ」
ヴァル様?ずいぶんと自分を攫った相手に対して気易いな。
用意されていたお茶は香りも良く味も爽やかでしみるものだった。
「まずは勇者様。我が国が本当に申し訳ございません。勝手な召喚をお詫び申し上げます」
頭を深々と下げる見目麗しい姫の謝罪に、庶民の明人は慌てて手を振る。
「え、いや!姫様が悪いわけでは!ええと……ここに来るまでに魔王さんから色々聞きましたが、俺にはそれを本当だと断定できる確信がありません。ですから、姫様からもお話を聞かせてください」
「かしこまりました」
それからエリルードが語った言葉は、ヴァルゼリオの言葉と同じで、むしろ自分を召喚したあの城の人間たちのほうがよほどたちが悪いと明人は思った。
こっちが何も知らない世界の人間だと思って、好き勝手にしゃぶりつくして利用する気満々じゃないか……!
「わたくしとヴァル様は勇者召喚そのものをやめさせるために書簡を送る準備をしておりました。そんな時、サザークエスの城に潜り込ませているヴァル様の密偵から、勇者召喚が行われたようだとの報告があり、遅かったか、と落胆していたのですがまずは勇者様との相互理解をせねば、と方針を転換することにしたのです」
この姫様、話ができるタイプだ。
明人はお茶で喉を湿らせてから、自分のことを語った。
卒試のため、出かけた時に突然召喚されたこと。
自分にはやらなくてはならないことが多々元の世界であるため、一刻も早く帰りたいこと。
「それに恋人の誕生日をすっぽかしてしまったんです。帰ったら謝罪しないと……」
「まあ、恋人がいらっしゃるのですか!どんな方ですの?」
コイバナに一気にエリルードが食いついてくる横で、ヴァルゼリオが何とも言えない顔をする。
「同じ学校の同級生です。大学に入ってから付き合い始めたので、もう丸3年です」
「まあ、ずいぶんと長くお付き合いをしていらっしゃるんですね。ご結婚は?」
「まだ学生ですから」
「ガクセイ、とは?」
「親に養われて、勉学に励む人たちのことです。学生を終えて、仕事をする社会人になったらゆくゆくは、と思ってます」
「素敵ですわ!ああ、ではわたくしがお約束しましょう。勇者様をお還しするときは、寸分たがわず、勇者様を召喚した場所、時にお還ししますわ」
「え、本当ですか!?」
「はい。ヴァル様、そのための魔法陣に使う魔石を頂くことはできますか?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます
「勇者様、ヴァル様が用意してくださるこの国の魔石は、この大陸だけでなく世界中で最も純度が高いものです。そこにわたくしとヴァル様の魔力操作を併せれば可能であるとお約束しますわ」
「あの、その勇者様って言うのやめてくれませんか?俺、明人っていいます。名前で呼んでください」
「分かりました、アキト様。ただ、そのためにはアキト様を召喚するために使った石板が必要です。ヴァル様、ご協力をお願いいたしますね?」
エリルードの笑顔が、明人の隣に座るヴァルゼリオに向けられる。
ちょっと怖い。
我もやるのか?という表情を見せたヴァルゼリオだったが、リアの「それならば確実でしょうね」という言葉がダメ押しになった。
実際、彼には自分の世界にちゃんと帰ってほしいのだから。
「しかし、俺が帰ったら、次にまた誰かが召喚される、なんてことはありませんか?」
「いえ、勇者召喚のための術式に使う魔石の備蓄などもうあの国にはありません。ですから、その心配はご無用ですわ。それに、わたくしが国に帰りましたら、勇者召喚の術式は永遠に無効となるように破棄いたしますので、これから先無体に召喚される勇者様は我が国からは出さないとお約束いたします」
とても理路整然とした受け答えだった。
この人は信用できる、と明人は確信した。
エリルードの口から出た言葉は、軽やかでありながら強固だった。その約束の重さを、明人はしっかりと理解する。
「分かりました。俺はお二人を信用します。で、これからどうしたら?」
ヴァルゼリオの金の瞳がひとときだけやわらいだ。
「よかろう我も協力を約束する。我らも書簡の文面に『術式を無効化するための証として、召喚に使用した石板を提示せよ』と明記する。提示の場は中立の都市国家を監視者とし、我らの神殿の使節も立ち会わせる。石板は我らの炎で焼き尽くす──その灰を双方で保管する。これで向こうが証として石板を差し出せば、永久に再発はないはずだ」
「その通りですわ」
エリルードは頷き、明人の顔をきらきらと見た。
「アキト様、貴方がこの国に来たのは不本意であったでしょう。だからこそ、私は約束します。貴方を必ず元の世界へお還ししますわ。……ただし、一つだけ。」
「一つ?」
「術式破棄の『証』となる石板は、勇者召喚を実行したあの王城が保持しているはずです。つまり、まずはその石板を我々の代表の前に差し出させねばならぬ。言い換えれば──その石板を取り戻すか、提示させるかするために、再びあの王城と直接向き合う必要があるのです」
明人の胸の中で、わずかな緊張が広がった。召喚された張本人が、召喚を行った国と交渉する──想像していた単純な「姫を救う」ミッションとは少し違う。
だが、向こうが石板を差し出すことで、以後の召喚は防げる。それは明人の帰還だけでなく、この世界に来る誰かの未来をも守ることになる。
「で、その石板ってどうやって手に入れるんですか?たぶん俺が召喚されたときにあった、あの座布団くらいの大きさの奴だとは思うんですが。強奪?説得?それとも……俺が王城に戻って『石板を出してくれ!』って叫べば、差し出してくれるんですかね」
明人は半分冗談めかして聞く。エリルードはその冗談を真剣に受け止めないところが、また魅力だ。
「無策の強奪は避けたいですわ。向こうにとってもわたくしたちにとっても、外交的に穏便に行うのが最善です」
ヴァルゼリオが答える。
「だが、向こうの王はずるくて小心者ゆえに狡猾だ。我らが単純に書簡を出しただけでは、石板を渡さぬ可能性が高い」
「ですから、まずは外堀を埋めて、向こうに”渡す”気にさせます。そのための”飴”も、魔王様と姫様の間でお約束はされております」
リアが淡々と補足する。長年の諜報経験を背景にした言葉には、説得力がある。
「分かりました。俺はなにをしたら?」
「勇者様には提示してきた石板が本物かどうか鑑定していただきたいのです」
「鑑定?」
「はい。勇者様を召喚するために使った石板には、勇者様にしか理解できない魔法の痕跡があると伝えられています。わたくしも聞いたことがあるだけです。どういったものかは記録がないため分からないのですが……」
「なるほど……ぶっつけ本番と言うことですね」
明人の口調には、まだ若干の疑念が残る。
だが同時に、彼の中に芽生えた責任感もはっきりしていた。自分が呼ばれた以上、彼自身の手で終わらせたいのだ。
「我の考えを言わせてもらおう」
ヴァルゼリオが声を挙げる。
「姫が自ら国へ帰り、議事の場に立ち会う意思を持っているのは極めて好都合だ。姫が王家の代表として毅然とした態度を示せば、向こうも形を整えるしかあるまい」
ヴァルゼリオの言葉には、ある種の安堵が混じっていた。
戦の道具にされるのではなく、政治で決着をつける──それが彼の望みでもある。
「では計画を二段構えで進めましょう。まずは――」
エリルードが机を軽く叩いて宣言した。
「わたくしが王女の名において、父に正式に書簡を受け取らせます。向こうが提示に応じるかを見届け、その場で破棄の段取りを進めます。もし向こうが反故を働こうとすれば、ヴァル様と勇者様に力づくでの石板の破棄を行ってもらいます」
「姫様が自ら行かれますか……」
リアの息が浮いた。
エリルードの目には、焦りや怯えはない。ただ、国と約束を守る者の強さがあった。
「リア。わたくしは王女として、国の未来と民を守るために行動します。アキト様、どうか私の手をお取りください。共にこの問題を終わらせましょう」
エリルードの手が、丁寧にテーブルの上へ置かれる。
明人はその手を見つめ、そしてゆっくりと差し出された手に自分の手を置いた。
熱いものが掌から掌へと伝わる。決意が交わされた瞬間だった。
「よし、ではまずは姫が国に戻るための準備だ。強硬策が必要になったら、我が軍を動かすが――可能な限り外交で解決しよう」
ヴァルゼリオは立ち上がり、深く息をついた。
窓の外では城下の風が静かに吹いている。だが三人の心の中には、これから訪れる政治と策略、そして小さな冒険の嵐の気配が満ちていた──。
勇者から何の連絡もないまま時間だけが過ぎていく。やはり影をつけておくべきだったかと王は後悔したが、今は内政を取り仕切っているエリルードが作り上げた組織は、名ばかりの国王の命令など聞きはしない。
待つしかない。勇者には王直属の魔導士が作り上げた伝書魔道具を渡してある。何かあればこれで連絡を、と言い含めてあるし、取り上げられて壊されたらすぐに分かるようになっているが、今のところそんなことはないようなので、あの青年は無事なのだろう。
その頃、ユーレイスの城で三人は具体的な準備へと動き出した。
明人は勇者装備の熟練と術の確認、エリルードは王城に戻るための体裁づくりと文書の手配、ヴァルゼリオとリアは同盟文案と監視役となる中立都市・神殿使節との連絡を整える。
全てが「公的に」行われることが重要だった。
向こうの王が受け入れることを整えざるを得ない状況を作るために。
数日かけて書簡の草案が練られ、第三者の監視者として隣国の都市国家と大陸の中立神殿から使節が来ることが取り決められた。書簡には明確に、「勇者召喚の術式のために使用した石板を提示し、我らの監視の下でその術式を粋炎にて焼却すること」と書かれている。さらに、破棄の手順、灰の保管方法、違約時の措置まで事細かに規定された。すべては「逃げられぬ体裁」を整えるための外套であった。
そのかわり、にという”飴”は巻き込んでしまうことになる隣国を含めた関係国すべてに魔石の輸出を最優先とする、という条件を提示した。
都市国家も中立神殿も、その条件にはもろ手を挙げてくれたので、まずは第一段階は完了だ。
「万が一、向こうが拒んだ場合のため、地下の勇者召喚の間の位置と守備の弱点は押さえてあります」
リアは淡々と報告する。ヴァルゼリオはうなずいたが、瞳には負担が見え隠れした。王として、魔王として、力を行使することは簡単だ。しかしそれは外交の破綻を意味し、多くの命の揺らぎを招く。
「だからこそ私は必ず公的に進めたいのです。我が国だけではなく、ヴァル様と、ヴァル様の国のためにも」
エリルードの言葉は揺るがない。王女として、国の名誉として、彼女は自ら王城へ戻り、王と対峙することを選んだ。同行は最小限——公的には書簡を受け取るだけの「使節」として、ヴァルゼリオは使節団の一員を名乗る。
明人は勇者として、エリルードを連れ帰る立場を取りつつ同行することになった。
王城に到着した日は、薄曇りだった。事前に先触れを送った城門はエリルードを先頭にした使節団を城内に入れるといつになく厳重に閉ざされ、武装した衛兵が整列している。
使節団と勇者と共に帰城したエリルードが城内を歩くと、かつて側仕えた者たちの表情が複雑な感情を持って迎えた。慕い、疑い、安堵、憤り。
王は玉座にひっそりと座り、表情は外に出さない。
「姫よ、よく戻った。勇者よ、貴殿の労をねぎらおう」
王は乾いた声で言った。娘が無事に戻ってきたというのに、ちっとも嬉しそうではない。
周囲の大臣たちの視線も冷たく、書簡の中身を一瞥した役人が小さく王にささやく。明人は緊張を感じながらも、鎧の重みを忘れずに立っていた。
「父上、私はこの件を公に終わらせるために参りました。書簡に従い、石板の提示と破棄を貴方の前で行っていただきたい」
エリルードの声音は静かだが、王宮の広間に確実に届く強さがあった。
王はゆっくりと立ち上がり、床に置かれた古い箱を指差した。箱は、召喚の間から運ばれ、厳重に封印されているという。その蓋を開けるかどうか——王の顔は読みづらい。
「礼は尽くすが、我らも国の安全と未来を案じての行為であった。我らが悪いと言い切るのは早計だ」
王の言葉に大臣たちが頷く。だがその奥には計算があることを、明人は直感した。彼はヴァルゼリオの視線を探す。魔王は冷静に、しかし何かを計っている様子だった。
「父上、なにをお考えで——」
とエリルードが声を上げると、王は静かに笑った。
「姫よ。我らの安全と未来は簡単に手放せぬ。勇者召喚は重要な国策の一部である。だが、お前が望むならば、形式を整えた新たな協議の場を設けよう。今日、今ここで差し出すとは言っておらぬ」
その言葉は公的な誠意に欠けていた。
明人の胸の中に嫌な予感が走る。
王は「形式上は応じる」と口にするが、実際には勇者召喚の術を手放すつもりはない——そう読み取れる徴候が散見された。
「やはり忍んで地下に行ったほうが?」
とリアが小声でヴァルに問う。ヴァルゼリオは鼻先をわずかに動かし、静かに小さく首を振る。
「まだだ」
そのとき、明人は一つの提案を思いつく。
単純だが強い効果が見込める策だ。
「公的に要求する」だけでなく、「王自身の名誉をかけさせる」形をとらせること。
彼は王に向かって、真っ直ぐに言った。
「王様、もし使節団の要求したものを提示できないのなら、その理由を今日、ここで正々堂々と宣言してください。貴方が提示できないのが、防衛上の理由か、もしくは……他国との約束なのか——それを明らかにしてください。俺たちは事実に基づいて、世界の前で正しく決めます。それが勇者としての俺の仕事だと思うから」
勇者という肩書きが、ここでは力を持った。王は一瞬、顔を固める。責任の所在を公に晒されることを恐れたのだ。
それでも王は簡単には崩れない。だが、外堀は埋まりつつあった。中立都市の使節が書簡の正当性を確認し、神殿使節が破棄手順の神聖さを保証する——王がこの場で拒否することは、王の政治生命に関わる。
大臣たちのざわめき、勇者の堂々とした態度、使節の重い目線——その重圧の中、王はようやく口を開く。
「……我が国は、かつてこの勇者召喚を用い、領土の安全を守ってきた。それを差し出すことは、ただ手放しにはできぬ。だから私の考えを述べよう」
王の提示は条件付きだった。彼は「術式の提示はするが、破棄の手順は我が側の選んだ儀式で行う」と言い張る。文書に細工を残すつもりらしい。すなわち、書面上は合意に見えるが、実際には自国の都合で破棄を無効化する余地を残す——古い手口だ。
エリルードの顔が引き締まる。だが彼女は王女として、毅然と答えた。
「それが父上の国王としてのお考えなのですね……」
「そうだ。わたしにはこのサザークエスを守るという大事な仕事がある」
後宮で遊び狂っているだけの国王のくせに、とエリルードが心の中で毒づく。
彼が守りたいのは国ではなく自らの立場だけなのだ、とエリルードは見抜いていた。
「ですが、それは納得できませんわ、サザークエス国王。これは行使の透明性が大事なのです。破棄の実効性と透明性を担保するため、我が国とユーレウス、中立使節、神殿の代表が定めた手順に従ってくださいませ。条件付きの提示は受け入れられません。もしそうなら、わたくしは今すぐ父上に退位していただきます」
「エリルード、何を……!」
「すでにこの国の内政はわたくしの手にあります。父上は内政のことなど、まして国内の民のことなどまったく分からないでしょう?ユーレウスから魔石さえ手に入れれば良いというその浅はかな考えにもほとほと呆れましたわ」
「それが父に向って言う言葉か!痴れ者が!」
「後宮から出てこない国王など必要ございません。わたくしに何人の腹違いの弟妹を作るつもりですか?」
「……ッ!!」
王はしばし黙した。だが、王の表情に「逃げ」は混じっていた。王は自らの保身と野心のどちらを取るか、選択を迫られている。
結局、その場はこう着した——王は形だけ提示する旨を渋々承諾するが、会議の最終的な細部調整を持ち帰るため一時の休会を要求した。帰すことなく「即断」ではない。エリルードはこれを「半端」と見抜いた。
「父上、私はここで待ちます。外に出て稚拙な策を弄している暇は与えませんわ」
彼女の言葉には芯がある。王は苦い顔でうなずいた。
「もし王が提示を引き延ばすか、提示の場で何らかの詐術を働くなら、我らは最後の切り札を使う」
——ヴァルゼリオが使節団の片隅で低く呟いた。それを聞いたのは、隣りにいた明人だけだった。
「だが、その前に、アキト。貴公がこのあとどう振る舞うかで事態は変わる」
明人は深呼吸した。
彼の中で、帰還への決意と、この世界の人々を守ろうという責任感が混ざり合う。
公的手続きで物事を正す道を優先しつつ、必要ならば手で掴みに行く覚悟——それを今、彼は胸に固めた。
次に来るのは「協議の場」。明人とエリルード、そしてヴァルゼリオの三人によって、勇者召喚を終わらせる行為は進んでいくことになる。
——だが、その顛末はまだ、誰にも分からない。
「ヴァル様が足りないわ」
久しぶりの自分の寝室のベッドの上で、エリルードが不満を漏らす。
結局王は折れ、書簡の提示を受けいれると言った。
今日はそこで終わり、エリルードは久しぶりに自分の寝室にいた。
「姫様、明日は大事な協議がございます。魔王陛下とはそこでお会いできますので、今夜はゆっくりお眠りくださいませ」
「嫌よ。ヴァル様におやすみなさいを言わなきゃ眠れないわ」
「まったく困った姫様だ……」
部屋の隅から聞こえた声に、エリルードはパッと笑顔を向けた。
そこには夜着に着替えたヴァルゼリオが立っていた。
「就寝のあいさつに来ただけなのですぐに失礼する。エリー殿、明日は大事な決戦だ、どうかゆっくり眠ってくれ」
「ヴァル様がそうおっしゃるのなら、わたくしぐっすり寝ますわ!」
現金な声に、ヴァルゼリオは肩をすくめた。
王の前ではあんなにも凛々しく振舞っていたのに、ここにいる彼女は年相応以下の少女のようだ。
灯の落ちた寝室に、わずかな蝋燭の光だけが揺れていた。
エリルードは毛布を胸のあたりまで引き上げ、きらきらとした瞳でヴァルゼリオを見上げている。
「あの、ヴァル様。一つお願いがありますの」
「なんだ?」
「あの……明日、協議がうまくいったら」
「いったら?」
「わたくしをヴァル様の正妃にしてくださいませ!」
「……考えておこう」
いつしか、少しばかりこのぶっとんだ姫君に心を砕かれてきているらしい。
リアがやれやれ、と息をついているのを横目に、2人の心は何となく通い合っていた。
翌日、エリルードは元気だった。
それはもう元気爆発満ち溢れていた。
朝食のあと、リアを連れてヴァルゼリオと明人と合流し、指定された王城の中の神殿に向かう。
「では手筈としては、まず向こうの出方を見て、素直に術式を刻んだ石板を出してくるようなら、アキト様に石板の鑑定をしていただきましょう」
「分かった、どう鑑定するのかまだ分からないけどやってみるよ」
「お願いいたしますわ。それからヴァル様。昨日、おっしゃった考えておく、という言葉をお忘れではございませんよね?」
「……それ今関係なくないか?」
「関係ありますわ!」
「何にだ?」
「わたくしの殺る気にです!」
今、なんかやる気、が違うように聞こえたのは気のせいだと思いたい。
ヴァルゼリオと明人は顔を見合わせて、エリルードの背中を追って神殿への階段を上がっていく。
その背に、ヴァルゼリオがため息をついた。
「……本当に、外交と言う戦よりもこの姫の扱いの方が骨が折れるな」
「同感です。魔王陛下、よくこの姫を攫いましたね……」
「理知的で有能な姫だとしか聞いていなかったからな……」
「確かに頭は良いし有能だとは思いますが……」
階段を上がりきったところで大きな扉が三人を迎えた。
「……開けますわよ」
「お待ちください、姫様。私が」
リアがエリルードの前に立ち、ゆっくりと扉に手を当てる。
重厚な魔法障壁の波紋が、青白く扉の表面を走った。
光が静まると同時に、ゆっくりと音を立てて扉が開いていく。
中は、まるで時間そのものが止まったかのような静寂に包まれていた。
高い天井、燭台の炎が揺れ、石畳には魔法陣が刻まれている。ただ、魔石もないので、ただの模様でしかない。
その奥に、王と廷臣たちの影が並んでいた。
エリルードは一歩前へ出る。
ヴァルゼリオが見る後ろ姿の彼女の背筋を伸ばした姿は、昨夜の甘えた姫ではなく、この国の王女の品格と風格を纏っていた。
「姫様、お戻りをお待ちしておりました」
王の前にいるよく知る神官の一人がエリルードに頭を下げる。
「わたくしの不在の間、何か支障はあったかしら?」
「いえ、特に大きなことは……」
つまり小さな支障は無数にあったということだ。
「そう。のちほど、報告をしてちょうだい」
エリルードの声は冷静で、だがその瞳の奥には明らかな闘志が宿っていた。
ヴァルゼリオが小さく息をつき、明人へと視線を送る。
「……いよいよだな、アキト」
「うん。やるだけやってみる」
エリルードは祭壇に一歩踏み出し、石板を見下ろした。
その手が、ほんの僅かに震える。
「――これは本物ですか、お父様」
国王陛下、ではなくお父様、と呼びかけるのはエリルードの作戦だった。もし偽物なら、今ならば見逃してあげます、という娘としての慈悲のひとかけらだった。
国王は、石板の前にしつらえられた豪奢な椅子に座ったまま、わずかに眉を動かした。
「……もちろんだ。神殿の誓約のもとに保管していたものだ。疑うのか、エリルード」
「疑うだなんて、とんでもないことですわ。ただ――確認は必要でしょう?」
柔らかな笑みを浮かべながら、エリルードはわずかに首を傾げる。
その声音に、場の空気が張り詰めた。
廷臣たちの間に、ざわめきが走る。
“王女が王を問いただす”という光景は、王国史の中でも滅多にないことだった。
「……何を、するつもりだ?」
国王の声には、見えない警戒が滲む。
エリルードは静かに手を掲げた。
「こちらの方に、ご確認いただきます。彼はお父様たちが召喚した勇者です。彼を呼ぶために使った石板であるのなら、必ず何かを感じ取れるはずですわ」
そう言って、エリルードは明人に視線を向ける。
促されるまま、明人は祭壇の前に進み出た。
古びた石板からは、確かに微かな圧のようなものが漂っていた。
あの時、確かにこの上に座るような形で自分はここへ召喚された。これは偽物ではない。それは分かる。だが……。
ざわりとした違和感。
そっと石板に触れると”それ”の正体に明人は気づいた。
「……うわ、これ……」
「アキト様?」
「本物です。これは本物に間違いありません。ただ……これに何をしたんですか、王様」
明人の非難するような口調に王がピクリと指でイスのひじ掛けを叩く。
「勇者殿。本物であれば問題ないのでは?」
「問題しかないです。なんでこんなに内部がぐちゃぐちゃになってるんですか……!」
明人の瞳には石板の中に隠された術式が見えていた。
絡み合って解けなくなっている術式の命令文の層が重なってる。表向きは召喚だけど、裏に“帰還拒否”の術式が刻まれている。
比較的新しいもののようで、おそらく自分を召喚する前に刻んだものだ。
「帰還、拒否?」
エリルードの眉がわずかに動いた。
ヴァルゼリオの表情も険しくなる。
国王が、はじめて露骨に目を見開いた。
「つまり……召喚された勇者は、二度と元の世界には戻れない。これを使って俺を呼んだんですね……」
明人の言葉が落ちた瞬間、神殿の空気が凍りついた。
「最初から俺を還す気なんかなかったんだ……」
明人の言葉が、静寂の中に落ちた。
王の喉がひくりと動く。廷臣たちが顔を見合わせ、誰も口を開けない。
隣国の都市国家の代表も、中立神殿の代表もこわばった表情で立ち尽くしている。
その場で唯一、動いたのはエリルードだった。
「――お父様、それは本当ですの?」
低く、しかしはっきりとした声だった。
国王は何か言い訳を探すように目を泳がせ、しばし沈黙した。
「……我が国は、脆い。勇者を帰せば、再び他国の軍勢が戦をしかけてくるであろう。これは、国に必要な防衛策だ」
「防衛策?」
エリルードが一歩近づく。
その歩みは静かだが、神殿の床の魔法陣が彼女の魔力に共鳴して小さく震えた。
「そのために、この青年を“囚人”にしたというのですか」
「囚人ではない!救世の代償だ!勇者とは――」
「――国のための犠牲であって当然だと?」
その言葉が、王の声をぴたりと止めた。
王座の上で、父が娘の瞳をまっすぐに見返せない。
「ならば、わたくしがこの場で訂正いたします」
エリルードは振り返り、明人に目で合図を送った。
「アキト様。あなたがこの地に縛られぬことを、わたくしが、サザークエス王国の王族として保証します」
そして、再び王を見据える。
「――父が罪を犯したとき、その咎を断つのは娘の務めですわね」
静寂を切り裂くように、エリルードの魔力が高鳴った。
「ヴァル様!お力添えください!」
明人の後ろで、ただの従者のふりをしていたヴァルゼリオがフードを取ると、そこには魔族の証である美しい角がそこにいる全員の目に見えた。
「ま、魔族……!?」
「顔を合わせるのは初めてだな、サザークエスの王よ。我はヴァルゼリオ、おまえたちが言う魔族の国、ユーレウスの王だ」
ヴァルゼリオがすぐさま杖を構え、神殿全体が緊張に包まれる。
魔王の持つ杖の先には大きな魔石がついており、その魔石がエリルードの魔力と呼応する。
「エリー殿!やれ!」
「はい!」
その瞬間、彼女の瞳には迷いは一つもなかった。
血筋よりも正義を、誇りよりも民を選ぶ者の、覚悟の光が宿っていた。
エリルードの魔力が迸った瞬間、神殿の空気が一変した。
床の魔法陣が光を帯び、壁に刻まれた古の文様が青白く浮かび上がる。
ヴァルゼリオの杖の先の魔石からは深紅の魔法陣が展開し、エリルードの蒼光と共鳴していく。
聖域に、異なる属性の魔力が同居した――本来ならばあり得ない光景だった。
「まさか……人間と魔族の魔力が同調を……!?」
神官たちが悲鳴を上げる中、エリルードは一歩も退かずに祭壇の石板へ手を伸ばした。
「術式を破壊します!アキト様、手を!」
「分かった!」
二人の掌が石板に触れた瞬間、世界が鳴った。
耳をつんざくような轟音とともに、石板の上に奔る術式がほどけていく。
まるで、何百年も抑え込まれていた悲鳴が一気に解放されるかのようだった。
「な、なにをしている! やめろ!」
王が叫んだ。
しかしエリルードはやめない。
その声を聞いても、ただ静かに言葉を落とす。
「――お父様。わたくしは、あなたの娘として最後の仕事をいたします」
その声は、聖女の祈りのように静かで、王の怒号よりも強かった。
「あなたの犯した罪はわたくしが償いましょう。そして、サザークエスの王位は、今この瞬間をもってわたくしが引き継ぎます。あなたは王ではなくなるのです」
神殿が大きく震えた。
光の奔流が天井を貫き、王の頭上の王冠が砕け散る。
人々が息を呑む中、ヴァルゼリオが低く呟く。
「見事だ、エリー殿」
そのあと、王冠を失った王は力なくへたりこみ、エリルードの命令で自室へと軟禁された。
そして隣国と神殿の代表立ち合いの元、何とか形を保っていた石板とユーレウスから持ってきていた大量の魔石を使い、王城地下の召喚魔法陣を使って明人をもとの世界、もとの時間へと帰還させた。
還る直前、明人が「なかなか強烈なお姫様だけど、魔王様にはお似合いだと思うぜ」とヴァルゼリオに囁いていったのはご愛敬だ。
今日もこの国は平和で美しい。
あれから石板は順序にのっとって永遠に破棄された。もうこれで突然己の世界からここに攫われてくる不幸な勇者はいない。
エリルードは執務室から見える城下の街を見つめながら、リアの淹れてくれたユーレウスから取り寄せたお茶を楽しんでいた。
「リア。わたくしの計画を聞いてくれる?」
エリルードの楽し気な横顔に嫌な予感しかしないリアだったが、聞かないわけにはいかなかった。
「はい、どのような」
「ヴァル様の正妃になるための計画よ!」
「恐れながら、姫様……いえ、女王陛下。あなたはこの国を治める方です。他国の王に嫁ぐのは不可能でしょう?」
「誰が嫁ぐと言ったの。わたくし、色々考えたの。それで思いついたのが、サザークエスとユーレウスを一つの国家にしてしまうのが一番早いんじゃないかって!」
「……は?」
名案だ、とでも言うようにエリルードが窓の外、ユーレウスがある方向を熱く見つめて微笑む。
「わたくしとヴァル様の婚姻に寄り、二つの国が一つの国家になるの。人間と魔族の国が一つになり、どちらの民もわたくしとヴァル様が幸福にしますわ!完璧な素晴らしい計画でしょう!?」
魔王陛下がうんと言えば完璧な計画ですね、と言葉にはしないでリアがお茶のお代わりを用意する。
「なので、リア。ヴァル様に書簡を送るわ。まずは婚約の申し込みを!」
その後、エリルードからの情熱的な婚約の申し込みと、二つの国を平和的に一つにすることの多大なメリットのプレゼンを分厚い封筒で受け取ったヴァルゼリオは苦笑しながら、書簡に目を通す。
「……どうやら攫われたのは我の心のようだな」
そんな魔王様の呟きをまだエリルードは知らない。
終
勝手に召喚された側の勇者様をきちんと還す責任感のある主人公を書きたかったのと、恋愛脳は両立するか、と思ったけど、あんまり両立はできてないかも。結局、魔王様が絆されてしまった。




