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ダムの水面で

作者: アンドー
掲載日:2025/08/22

ある夏のことだ。

休日にマウンテンバイクで走りに行く計画をたてていた。

走るのは好きだ。しかし運転はあまりうまくないので、人通りのない道を探していた。

そこで見つけたのが、ダムだった。

坂道が多く練習にもなる。

しばらく、そこに通う様になった。


ある日、雨に降られてしまった。

しょうがないので、ダムに併設された公園の東屋に行き、ベンチに腰を落とした。

通り雨のようだ。しばらくすれば止むだろう。

ふと、前を見ると同年代の男性が座っていて、マウンテンバイクを凝視していた。

マウンテンバイクが好きなのかな。

「こんにちは」

笑顔でそこそこ大きい声で挨拶をする。

すると、ものすごく驚いた顔をしたが、会釈してくれた。

「いやぁ、雨、結構降りましたね。こいつで走っていたんですけど、もうびしょ濡れで」

「えぇ、今は小雨ですが、雨すごかったですね」

目が泳いで、戸惑っている感じが伝わる。

「マウンテンバイク、好きなんですか?」

「えっ」

「いやぁ、すごく見ておられたので」

「ええ、はい…」

なんとも、笑っているような、困っているような微妙な顔で目線を泳がせている。

「…いえ、実は、その、・・・昔、息子にねだらて。山の中や、湖の側道を走りたいと。わたしの収入は多くなく、息子にマウンテンバイクをかってやる余裕がなく」

「ああ、山の中や舗装されていない道だと10万以上のグレードの車体になりますよね」

「はい。当時、健太…あっ、息子の名前は健太というのですが、その学校の費用を貯めたりと、買ってやれなかったんです」

「まあ、本当に欲しいなら息子さんも大人になったら買いますよ。そんなに気にしなくていいんじゃないですか?」

「いえ・・・その、とても不躾なお願いなので恐縮なのですが、マウンテンバイク、貸していただけないでしょうか?その、健太に乗らせてあげたくて」

「ああ、近くにいるんですか?いいですよ」

時計を見ると、4時だった。

「帰りの時間もあるので、5時までに返していただければ」

「あっ、ありがとうございます!」

「息子さんはどこにいるんですか?」

「ええと、ちょっと距離があるのですが、歩いて5分程です」

「それなら、行きはマウンテンバイクに乗っていっていいですよ」

「えぇ!?いいんですか」

「はい、大丈夫です」

話している感じ、乗り逃げされるような感じでもないし、なにより、マウンテンバイクを見ていた目は、如実(にょじつ)に『これに乗ってみたい』と言っていた。

「ヘルメット貸すんで、交代で乗ってくださいね。ノーヘル、駄目ですからね」

「はい!」

ヘルメットをわたしてあげると、いそいそとかぶる。なんだか微笑ましい。

「雨は滑りやすいし、視界も悪くなるので、気をつけて乗ってください。少し慣らしてから、スピードを出すようにしてください」

「わかりました」

こころなしか、男性の顔色が良くなったような気がする。

マウンテンバイクにまたがり、走り出す。最初は少しよれていたが、すぐに普通に漕げるようになっていった。

「ありがとうございます、健太のところに行ってきます、すぐ戻ってきます」

そう言うと、ダムの水面に向かって走り出した。

「えっあっちょっと、危ない!」


すると、()()()()を走り出した。


「え?」


水面をスルスルと走っていく。そのままダムの中心まで走る。

中心で、10メートルぐらいの円を描くように走ると、水面が鏡面になった。

水鏡の中に古びた瓦屋根の一軒家が現れた。


「は?」


男性がマウンテンバイクから降りる。

水鏡になった水面に入り、その中に写っていた一軒家に入っていく。


「えっなに?は?」


男性が嬉しそうに手を引いて出てくる。

そして、男性より年上の、よく似たおじさんの手を引いていた。

二人が玄関を出ると、水面に出てきたとき、男性によく似たおじさんは、13ぐらいの男の子になっていた。

「えっ、父さん?あれ、夢?」

「健太、マウンテンバイク、乗るぞ」

「えっ、あれ、なんで、そんな昔のこと…」

「ほれ、早く」

男性が、健太君にヘルメットを渡す。

「・・・・・うん」

受け取って、戸惑いながらもヘルメットを(かぶ)りマウンテンバイクを漕ぎ出す。

最初はぎこちなかったが、少しづつ笑顔になっていった。

「父さん、すごいね、ママチャリとぜんぜん違う!」

「そうだな!楽しいな」

スピードを出したり、曲がったり一通り乗りまわる。水面に白いあとをつけながら、広い範囲を何周もしている。

「父さん、ありがとう」

「うん、健太、中学の時、マウンテンバイク買ってやれなくてごめんな」

「…今更だよ、もう何歳だと思っているだよ」

「もう大人だもんな。でもなぁ、あんな事があったから気になっていたんだよなぁ」

「あのさ、父さん、マウンテンバイク憧れてたでしょ」

「えっいや…」

男性の目がすごく泳いでいる。

「マウンテンバイクがのっていた雑誌とかよく見ていてただろ。…俺に学校いかせる為に節約生活だったから。二人で使うためだったら、買えるかと思ったんだ。通学につかって、土日は父さんが乗って」

「健太」

「それでも無理だったから。事故がなければ、大人になったら父さんに買ってやりたかったんだ」

「そうか」

「父さん、乗りなよ、今なら大丈夫なんだろ?」

「いいのか?」

「俺はいつでも乗れるから」

「じゃあ、なんで大人になっても買わなかったんだ?」

「若い頃は忙しすぎたからだけど・・・」

「健太もマウンテンバイク好きだろう?」

「…うん、実はちょっと父さんに気後れしていた」

「気にするな。俺は健太が好きなことをしてくれたほうが嬉しい」

「父さん…わかった。帰ったらマウンテンバイク買うよ」

「おう」

「はい、メット。乗りたいんだろ」

「おう」

ニコニコと笑顔で男性が健太くんからヘルメットを受取り、いそいそとつける。

晴れやかな笑顔で水面を駆け抜ける。

湖を何周もし、慣れてくると片手で健太くんに手を振り始めた。

しばらくすると、5時のチャイムの音がなり始める。


ラーラタ、ララララ、ラルルララ・・・・・


「あっ帰らなきゃ」

「そうなの?」

「あの人から借りているから」

「えっ、あっ、こんにちは」

健太くんがこちらに気が付き、会釈する。

「ああ、どうも。いやぁ、びっくりしたよ」

「えぇ、はい、わたしもいきなり父が家に来てびっくりしました。あの、マウンテンバイク、ありがとうございます」

「うん、どうも。まあ、楽しそうに乗ってくれてよかったよ」

「父さん、これ、帰れるの?」

「戻れば帰れるぞ」

「5時なら送り火しなきゃ。あの、ありがとうございました、失礼します」

健太くんが水面に入るとおじさんになり、家の中に入っていった。


「あの、めっちゃ怪奇現象なのですが」

「ああ、すみません、お盆だったので帰っていたのですが、毎回死んだ場所を寄ってしまって。マウンテンバイクに乗れなかったなぁ、と思い出して帰るのがクセになってしまっているんです」

「幽霊」

「はい」

「えぇ…」


「あっ、送りが来たようですね」

水面の家から健太くん…おじさんが出てきて煙が立ち上り、煙が水面から上に上がっていく。そうするとどこからともなく、ナスでできた牛が駆けてきた。


「マウンテンバイク、ありがとうございました。心残りがなくなりました」

「お盆の帰省ですか」

「はい。幸いなことに健康に長生きして、すぐ成仏はしていたので」

「事故は?」

「あぁ、勘違いさせてしまいましたか。若い頃、事故で膝をやってしまって。歩行は良いのですが、もしものことを考えると自転車には乗れない状態だったので、マウンテンバイク、乗れなかったんです」

男性はとても悲しそうに言った。

「無念でしたねぇ」

「はい、それはもう。わたしが乗れなくなったせいで、健太が気にしてしまって」

「それは心残りですね」

「はい、それはもう」

先程より深く同意してきた。

「それでは、もう行きますね。ありがとうございました」

「いえ、お役に立てたようで何よりです。ところで、わたし、死ぬんですか?」

「えっ?!死ぬんですか?!」

「いえ、ばっちり幽霊が見えているんで」

「ああ、大丈夫ですよ、死ぬ人の周りは死神が来るので」

「そうなんですか?」

「多分、雨のせいですね。あと、今黄昏時なので」

「そういうものですか」

「はい。大丈夫です、長生きしてください」

「はい、ありがとうございます」


男性はナスの牛に乗って、煙でできた道を登っていった。

男性が見えなくなる頃には、小雨が止んでいた。

「きれいな景色だなぁ」

静かに揺れる水面と、雨でできた水たまりには、きれいな夕焼け混じりの雲と青空が広がっていた。




読んでいただきありがとうございました。

勢いで書きました。

明るい幽霊話が書きたかったのと、お盆なので、帰省の話で。

明るい水面と、晴れやかな気分が味わえたらいいなぁと思ってます。

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― 新着の感想 ―
 ダムの水面を軽快に走るけど、轢き逃げ・盗難などを起こさず健太さんとの家族仲の良好な幽霊さん、どこまでも素朴かつ害少ないですね。  雨と泥を吸った様な不快感とは無縁でテンポの中弛みもない物語、良かっ…
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