ダムの水面で
ある夏のことだ。
休日にマウンテンバイクで走りに行く計画をたてていた。
走るのは好きだ。しかし運転はあまりうまくないので、人通りのない道を探していた。
そこで見つけたのが、ダムだった。
坂道が多く練習にもなる。
しばらく、そこに通う様になった。
ある日、雨に降られてしまった。
しょうがないので、ダムに併設された公園の東屋に行き、ベンチに腰を落とした。
通り雨のようだ。しばらくすれば止むだろう。
ふと、前を見ると同年代の男性が座っていて、マウンテンバイクを凝視していた。
マウンテンバイクが好きなのかな。
「こんにちは」
笑顔でそこそこ大きい声で挨拶をする。
すると、ものすごく驚いた顔をしたが、会釈してくれた。
「いやぁ、雨、結構降りましたね。こいつで走っていたんですけど、もうびしょ濡れで」
「えぇ、今は小雨ですが、雨すごかったですね」
目が泳いで、戸惑っている感じが伝わる。
「マウンテンバイク、好きなんですか?」
「えっ」
「いやぁ、すごく見ておられたので」
「ええ、はい…」
なんとも、笑っているような、困っているような微妙な顔で目線を泳がせている。
「…いえ、実は、その、・・・昔、息子にねだらて。山の中や、湖の側道を走りたいと。わたしの収入は多くなく、息子にマウンテンバイクをかってやる余裕がなく」
「ああ、山の中や舗装されていない道だと10万以上のグレードの車体になりますよね」
「はい。当時、健太…あっ、息子の名前は健太というのですが、その学校の費用を貯めたりと、買ってやれなかったんです」
「まあ、本当に欲しいなら息子さんも大人になったら買いますよ。そんなに気にしなくていいんじゃないですか?」
「いえ・・・その、とても不躾なお願いなので恐縮なのですが、マウンテンバイク、貸していただけないでしょうか?その、健太に乗らせてあげたくて」
「ああ、近くにいるんですか?いいですよ」
時計を見ると、4時だった。
「帰りの時間もあるので、5時までに返していただければ」
「あっ、ありがとうございます!」
「息子さんはどこにいるんですか?」
「ええと、ちょっと距離があるのですが、歩いて5分程です」
「それなら、行きはマウンテンバイクに乗っていっていいですよ」
「えぇ!?いいんですか」
「はい、大丈夫です」
話している感じ、乗り逃げされるような感じでもないし、なにより、マウンテンバイクを見ていた目は、如実に『これに乗ってみたい』と言っていた。
「ヘルメット貸すんで、交代で乗ってくださいね。ノーヘル、駄目ですからね」
「はい!」
ヘルメットをわたしてあげると、いそいそとかぶる。なんだか微笑ましい。
「雨は滑りやすいし、視界も悪くなるので、気をつけて乗ってください。少し慣らしてから、スピードを出すようにしてください」
「わかりました」
こころなしか、男性の顔色が良くなったような気がする。
マウンテンバイクにまたがり、走り出す。最初は少しよれていたが、すぐに普通に漕げるようになっていった。
「ありがとうございます、健太のところに行ってきます、すぐ戻ってきます」
そう言うと、ダムの水面に向かって走り出した。
「えっあっちょっと、危ない!」
すると、水面の上を走り出した。
「え?」
水面をスルスルと走っていく。そのままダムの中心まで走る。
中心で、10メートルぐらいの円を描くように走ると、水面が鏡面になった。
水鏡の中に古びた瓦屋根の一軒家が現れた。
「は?」
男性がマウンテンバイクから降りる。
水鏡になった水面に入り、その中に写っていた一軒家に入っていく。
「えっなに?は?」
男性が嬉しそうに手を引いて出てくる。
そして、男性より年上の、よく似たおじさんの手を引いていた。
二人が玄関を出ると、水面に出てきたとき、男性によく似たおじさんは、13ぐらいの男の子になっていた。
「えっ、父さん?あれ、夢?」
「健太、マウンテンバイク、乗るぞ」
「えっ、あれ、なんで、そんな昔のこと…」
「ほれ、早く」
男性が、健太君にヘルメットを渡す。
「・・・・・うん」
受け取って、戸惑いながらもヘルメットを冠りマウンテンバイクを漕ぎ出す。
最初はぎこちなかったが、少しづつ笑顔になっていった。
「父さん、すごいね、ママチャリとぜんぜん違う!」
「そうだな!楽しいな」
スピードを出したり、曲がったり一通り乗りまわる。水面に白いあとをつけながら、広い範囲を何周もしている。
「父さん、ありがとう」
「うん、健太、中学の時、マウンテンバイク買ってやれなくてごめんな」
「…今更だよ、もう何歳だと思っているだよ」
「もう大人だもんな。でもなぁ、あんな事があったから気になっていたんだよなぁ」
「あのさ、父さん、マウンテンバイク憧れてたでしょ」
「えっいや…」
男性の目がすごく泳いでいる。
「マウンテンバイクがのっていた雑誌とかよく見ていてただろ。…俺に学校いかせる為に節約生活だったから。二人で使うためだったら、買えるかと思ったんだ。通学につかって、土日は父さんが乗って」
「健太」
「それでも無理だったから。事故がなければ、大人になったら父さんに買ってやりたかったんだ」
「そうか」
「父さん、乗りなよ、今なら大丈夫なんだろ?」
「いいのか?」
「俺はいつでも乗れるから」
「じゃあ、なんで大人になっても買わなかったんだ?」
「若い頃は忙しすぎたからだけど・・・」
「健太もマウンテンバイク好きだろう?」
「…うん、実はちょっと父さんに気後れしていた」
「気にするな。俺は健太が好きなことをしてくれたほうが嬉しい」
「父さん…わかった。帰ったらマウンテンバイク買うよ」
「おう」
「はい、メット。乗りたいんだろ」
「おう」
ニコニコと笑顔で男性が健太くんからヘルメットを受取り、いそいそとつける。
晴れやかな笑顔で水面を駆け抜ける。
湖を何周もし、慣れてくると片手で健太くんに手を振り始めた。
しばらくすると、5時のチャイムの音がなり始める。
ラーラタ、ララララ、ラルルララ・・・・・
「あっ帰らなきゃ」
「そうなの?」
「あの人から借りているから」
「えっ、あっ、こんにちは」
健太くんがこちらに気が付き、会釈する。
「ああ、どうも。いやぁ、びっくりしたよ」
「えぇ、はい、わたしもいきなり父が家に来てびっくりしました。あの、マウンテンバイク、ありがとうございます」
「うん、どうも。まあ、楽しそうに乗ってくれてよかったよ」
「父さん、これ、帰れるの?」
「戻れば帰れるぞ」
「5時なら送り火しなきゃ。あの、ありがとうございました、失礼します」
健太くんが水面に入るとおじさんになり、家の中に入っていった。
「あの、めっちゃ怪奇現象なのですが」
「ああ、すみません、お盆だったので帰っていたのですが、毎回死んだ場所を寄ってしまって。マウンテンバイクに乗れなかったなぁ、と思い出して帰るのがクセになってしまっているんです」
「幽霊」
「はい」
「えぇ…」
「あっ、送りが来たようですね」
水面の家から健太くん…おじさんが出てきて煙が立ち上り、煙が水面から上に上がっていく。そうするとどこからともなく、ナスでできた牛が駆けてきた。
「マウンテンバイク、ありがとうございました。心残りがなくなりました」
「お盆の帰省ですか」
「はい。幸いなことに健康に長生きして、すぐ成仏はしていたので」
「事故は?」
「あぁ、勘違いさせてしまいましたか。若い頃、事故で膝をやってしまって。歩行は良いのですが、もしものことを考えると自転車には乗れない状態だったので、マウンテンバイク、乗れなかったんです」
男性はとても悲しそうに言った。
「無念でしたねぇ」
「はい、それはもう。わたしが乗れなくなったせいで、健太が気にしてしまって」
「それは心残りですね」
「はい、それはもう」
先程より深く同意してきた。
「それでは、もう行きますね。ありがとうございました」
「いえ、お役に立てたようで何よりです。ところで、わたし、死ぬんですか?」
「えっ?!死ぬんですか?!」
「いえ、ばっちり幽霊が見えているんで」
「ああ、大丈夫ですよ、死ぬ人の周りは死神が来るので」
「そうなんですか?」
「多分、雨のせいですね。あと、今黄昏時なので」
「そういうものですか」
「はい。大丈夫です、長生きしてください」
「はい、ありがとうございます」
男性はナスの牛に乗って、煙でできた道を登っていった。
男性が見えなくなる頃には、小雨が止んでいた。
「きれいな景色だなぁ」
静かに揺れる水面と、雨でできた水たまりには、きれいな夕焼け混じりの雲と青空が広がっていた。
読んでいただきありがとうございました。
勢いで書きました。
明るい幽霊話が書きたかったのと、お盆なので、帰省の話で。
明るい水面と、晴れやかな気分が味わえたらいいなぁと思ってます。




