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鉛筆、ボーリング、デート

軽やかなプラスチックのはねる音、重たいボールの転がる響き、ここは駅の近くのボーリング場。

 その片隅に私と彼は座っていた。

スコアは私が少しだけ勝っているけれど、彼の指からボールがすっぽ抜けなかったら追い抜かれていただろう。

 今となっては珍しくなったであろう、紙のスコアシートを眺めクスッと笑う。

 折れた鉛筆の先をナイフで削る、軽やかな音を聞いていると周りの喧騒も遠ざかるようで、ずっとこの音に耳を傾けていたいと思わせて。

 「鉛筆の芯を削って、文字や人形を彫るってアート、知ってる?」

知っている、けれどそれはどこでだっただろう、確か図書館のパソコンでそんなニュースを見たのだったか、そんなアートが美術館で展示されるわけもなし、これが一番可能性が高い気がする。

「やってみようか? 見たい?」

 それはいろんな意味でもったいない、きっと彼が思う意味以外の様々な意味がこもったもったいないだ。

「まあ確かにね、芸術ってそんなところあるよね、余暇っていうか。」

ちょっとがっかりしたような表情を見て、ひょっとして練習したのだろうか、夜の部屋で鉛筆に向かって懸命な表情でナイフを振るうその姿はきっとかっこよいようなユーモラスなような、そんな想像をしながらも、今はまだ木と芯を削る、彼の音を聞いていたかった。

身近な彼の違った顔を見てみたいとは思うけど、それはまだ、もう少ししてからでいい。

「生きる役には立たないし、それを食いつぶすかもしれない、でも、生きるのに精一杯な時でも、こういうものがあったほうがいいんじゃないかって、思う。」

それはそうだ、ただ生きるためだけに生きるのであれば、それは死んでいるのと何が変わるのだろう。

でもどこかそれだけじゃない気がして、ふと、工事のお知らせに目が行った。

「そ、このボーリング場にも、コンピューターのスコア表が来るんだってさ」

きっとそれは素晴らしいことなんだろう、紙のスコアシートより、きっと個々の利用は楽になる、客ももっと来るかもしれない、でも、それでも寂しさを感じずにはいられない。

中学、そして高校と進むに際し、私たちのほとんどは小学校の鉛筆からシャーペンやボールペンへと持ち替えていった。そんな中で親からもらったナイフと、それで鉛筆を削る感覚が好きなんだと未だ鉛筆を使い続けた彼の言葉が町からなくなっていくようなそんな錯覚が心をよぎる。

「そうだな、でもみんなそうなんだと思う。

もっと便利なものが欲しくって、そんな中でも古いものが好きな人がいて、でもどんどん世の中は便利になる。」

それでも、少し寂しい。

「そうだね、さて次は俺の番だっけか。」

この古いボーリング場にずっといれば、工事も始まらず、ずっとこのままでいられるのだろうか、そんな益体もない考えを振り払う。

閉店の時間が近いわけではないが、ずっとここに居られる訳でなし。

「鉛筆とナイフ、預かっててくれ。追い抜いて見せるから。」

きっとそうなるだろう、私が最後までリードを奪えたことはほとんどないのだから。


会計は彼のおごりだった、男の甲斐性といっていたけれど、私も彼を支えたいのに。

「ありがとうございました。またのご利用を、じゃなかったこちらをどうぞ。」

細長い紙の箱、切れ目が入っていてそこから木でできた六角柱がきれいに整列しているのが見えた。

「鉛筆?」

「はい、スコアシートはコンピューターが自動でやってくれるようになりますが、これまで来てくれたお客様へ思い出もあるだろうとオーナーが。」

きっとこれも無駄の一つなのだろう、心の温かくなるちょっとの無駄。

「そうですか、ありがとうございます。」

スコアシート、持って帰ってもいいのだろうか、鉛筆と一緒に見ていればきっとこのことを忘れないだろうから。


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