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失われないブルー  作者: フオン
第二章
8/11

失われた夢のありか

 足は地につかなかったがそのまま腕を離した。落ちる。でもすぐに柔らかい地面に着地した。バランスを崩して座り込む。手探りで周囲をさぐる。

 布?弾力もある。知っている感触だった。でも咄嗟に何かわからない。

 静かだった。圭はどこにいるのだろう。暗くて何も見えない。

 少しして目が暗闇に慣れてきた。リグルが私の肩を降りた。

 飛び跳ねるリグルの白い体毛がちらちらと揺れた。

『ベッドだ、いいスプリング』

 それから天井を見上げ

『塔の位置は書斎の真上、そして塔から降りてきた、でもここは書斎じゃない』

「どういうこと?」

『書斎に入った時、狭いと思わなかった?』

 はっとする。

 本棚の奥行きが深いせいかと思っていたが違った。裏側にこの部屋があったからだ。

 静かだ。探るように周囲に目を走らせる。人の気配はない。とりあえず危険はないようだ。

 手で探るとベッドの広さはシングルのようだった。降りて立ち上がると、足元にかすかな明かりがともった。塔と同じ光るガラスが壁の低いところに埋め込まれていた。

 ぼんやりと部屋の様子がわかる。

 長方形の細長い空間にベッドが5つ並んでいた。私は壁際のベッドの上にいた。ベッドとベッドの間の感覚は50センチ程で、足側は壁との間にどうにか一人通れるくらいの隙間があるだけだ。明かりがとぼしいので奥にいくほどはっきりしないが、どのベッドの上にも誰か、あるいは何かがいるようだった。

 私は隣のベッドへ近づく。

「圭!」

 半ば予想していたが、圭がいたことにほっとして泣きそうになる。

 だが圭の全身は薄い膜で覆われていた。キオのアビリティだ。目は見開かれ、怒ったような顔で凝固していた。両腕は何かに抵抗するかのように胸のところで拳を握っていた。私のせいで、圭が犠牲になってしまった。早く助けなければ。でも、どうすればいいのか。

 そっと圭の腕に触れる。膜には弾力があった。

 ふと柔らかい膜なら“果物みたいに簡単に剝ける”とアオが言っていたことを思い出す。

「圭、今、助けるから」

 手を伸ばした瞬間に

「三鬼さん、だめです」と声がした。

「アビリティを解除してはがさないとうまくいかないことがあるってアオくんが話していたでしょう?」

 遊理の声だ。

「どこにいるの?」

 姿が見えない。

『カイナ、こっち!』リグルが隣のベッドの端で跳ねていた。

 私は圭のベッドの足側を通り、隣のベッドのそばに行く。

 遊理が眠っていた。やはり薄い膜に覆われている。

「ひどいですよ、三鬼さん。不破さんしか見えてないんですもん。ふつう、ほかのベッドも確認したりするでしょ」

『カイナはそういうやつだよ』

 奇妙な状況に混乱する。ベッドの上の遊理は混乱したような困ったような顔をしていた。

 でも唇は閉じている。

「まぁわかってましたけどね」

 それなのにどこからか声がする。しかもリグルと会話している。いつかの夢のように。

「……夢?」

「違います」『違うよ』二人が同時に答える。

 部屋の奥の暗闇がよじれ人の形になる。誰かが歩いてくる。

「夢に似た現実です」

 遊理だった。私は思わずベッドの上と目の前の遊理を見比べる。ベッドの上の遊理には左足がなかった。だが、目の前の遊理には両足があった。

『現実の定義にもよるけどね』

「どういうこと?」声が上擦る。

「まずこっちのベッドも見てください」

 遊理が暗闇へと踵を返す。遊理が歩いても壁のガラスは光らなかった。でも私が通りかかると感知して光った。つまりこの遊理は実体じゃないということだ。

 奥から二つ目のベッドには首のない体があった。

 そして一番奥には知っている顔の男が眠っていた。

 どちらも薄い膜で包まれている。

「……アオとキオ?」

 私は遊理にたずねる。遊理は曖昧に首を振る。

「半分当たってます」

『これはヨリだよ』リグルが一番奥のベッドに飛び移る。

 ヨリ。キオの双子の弟だ。近づいて確認する。キオとともに10年前に行方不明になったはずだが、彼の姿形は11歳の少年より大人びていた。

「キオくんのアビリティ、すごいですよね。ヨリくんは10年間、閉じ込められていたのに成長しているんですから」

『成長速度はずいぶんゆっくりみたいだね。21歳には見えないな』

「亡くなったあと成長が止まった可能性もありますね」

『もしそうなら腐敗しないってことか』

「研究者としては興味深いところです。医学への応用も期待できますし」

『でも生死不明ってのはネックだね』

 リグルはヨリのベッドの上を移動してヘッドボードにたどりつく。

『これもさ』

 ヘッドボードの上にはあの白いヤモリがいた。目をこらす。薄い膜にはつつまれていないが動かない。死んでいるように見えた。

「研究次第ですよ。色々な方法でアビリティはコントロールや精度をあげることができます」

『薬物投与、マインドコントロール、ロボトミーとか?』

「薬物投与は否定しませんが、あとの二つはマイナスですよ、もちろんやってませんけどね、違法ですから」

『やっぱり薬は使ってるんだ?』

「危険な量は投与しません。アビリティ保有者は貴重な存在ですから」

『宿主をだめにしたら、元も子もないってことか』

「その通りです」

 不穏な内容の会話だったが、二人とも口調はどこかのんびりしていた。私は不安になりたずねる。

「キオはどこにいるの?」

 ベッドの上にいるのがヨリならキオは一体どこに行ったのか。

「隣の書斎です」事も無げに遊理は言った。「不破さんにアビリティを使ったので疲れて眠っているようです。彼の無意識の領域が活動しているのを感じます」

「無意識の領域って。なぜ、そんなことがわかるの?」

「不破さんには秘密ですよ」遊理はいたずらな顔で笑った。「ぼくのアビリティです」

 あっけにとられる。

『やっぱりね。さっき塔で見た少年時代のキオも遊理のしわざでしょ?』

「ぼくのアビリティがキオに影響を与えて、彼の無意識が放った幻覚ですね」

『圭を襲った白い腕は?』

 遊理は一番奥のベッドの下を指さした。

「ぼくは実体ではないので、三鬼さん、とってもらえますか?」

 私はベッドの下をのぞきこむ。白っぽい何かがあり手を伸ばす。

 金属の棒が複雑に折れ曲がり、星のような多面体を作っていた。固くて軽くて関節部分が無数にあった。

「狙った生物を生け捕りにするドローンです。デジタルブックのアプリでコントロールできて、対象を探知すると相手の体にフィットした形に変化するんです。何て言う名前かは忘れましたが視倉コーポレーションの商品ですよ」

『なるほどね。これが伸びてきたのが、遊理のアビリティの影響で人間の腕に見えたってことか』

「ちょっと待って」

 私は二人の会話についていけない。

「遊理のアビリティって、結局なんなの?」

「無意識や夢の共有と可視化です。影響を及ぼせる範囲は狭いし相性もあるんですが、アビリティ保有者や心理的距離が近い相手とは感応しやすいみたいです。先日、三鬼さんの無意識にもお邪魔したでしょう?あの日、ぼくは研究室に泊まり込みだったんですが、ついうたた寝をしちゃったんです」

 あの奇妙な夜明けの訪問。夢にしては現実味が強く、でも現実としてはありえない出来事だった。

「夢じゃなかったなんて」

「現実も幻覚も夢も、どれも脳が処理して描く風景です。明確な境界を引くのが難しいこともありますよ」

 私はためらいながら聞く。

「あの時、遊理は別人に変わったけど」

「三鬼さんの無意識が、ぼくのアビリティをのみこんだんですよ。初めての体験でした。アビリティの解除もうまくできなくて、でもおかげで三鬼さんのことをよく知ることができました」

 意味ありげな台詞だった。

「どういうこと?」

 声が震えた。

「ぼくは三鬼さんの記憶の一部を映画みたいに見ました。不可抗力でしたけどすみません。」

 私は遊理をじっと見る。

「一部って何をみたの?」

「3年半前のことについて、です」

「圭に何か話した?」

「怖い顔をしないでください。話しませんよ。話したらぼくがアビリティ保有者だとばれかねません。不破さんはカンが鋭いですからね」

『正解だね。余計なことは言わないほうがいい』

「リグルさんは、ぼくがアビリティ保有者だって気づいていたんですか?」

『カイナの部屋に来た瞬間にわかったよ』

「だからあの時、ぼくが不破さんにリグルさんのことを話さないって確信していたんですね」

『ぼくの存在を圭に教えて得られる利益より、アビリティ保有者だってばれるリスクを選ぶとは思えなかったからね』

 なるほど、と遊理は苦笑いを浮かべた。

「ところで、ぼくはキオくんに見つからないように隠れていたんで状況をあまりわかっていなくって。今、何がどうなってるんですか?」

 リグルがこれまでの出来事をかいつまんで遊理に伝える。

「あぁ。それでキオくんが不破さんに感心していたんですね。こんな短時間で真相に近づくとは、みたいなことをブツブツつぶやいていました。おかげで切り刻まれずに済みました」

『ぼくも協力したんだからね』

「お手数をかけてすみません。ありがとうございました」

 遊理は頭をさげた後「ずっと不思議でした」とリグルを見つめた。

「三鬼さんはおっとりしてて鋭いタイプでも、理詰めで考えるロジカルなタイプでもない。なのにいつも不破さんと張り合うような観察力と洞察力で自分のコピーしたキャンバスを分析する。リグルさんのおかげだったんですね」

『言っておくけど研究室のためじゃないよ。カイナのため』

 遊理はリグルから私に視線を移す。

「素敵なパートナーですね、羨ましい」

『で、この後、どうする?』

「ぼくも不破さんもキオくんにアビリティを解除してもらわないと」

『キオはどうやってここから書斎に行ったの?前に、書斎の本棚は調べたけど手動で開けるような仕組みはなかったよ』

「キオくんは、デジタルブックを操作して壁を開けていました。この家の管理システムの一部でしょう」

 遊理が書斎側の壁を指さす。それから「良かったですね」と私を見た。

「カイナさんが降りてくるのに気づいて、キオくん、アビリティをかけようとしていたんですよ。でも不破さんにアビリティをかけて余力がなくなったみたいで、逃げるように出ていったんです」

 確かに私まで捕まったらゲームは完全に終わりだった。でも私をかばったせいで圭が捕まった。今更ながらに罪悪感と不安で胸が苦しくなる。万が一、圭がこのままだったら。もし何かあったら……。耐えられそうにない。

『カイナ、うだうだ考えてないで今できることをするよ』

 私の表情を読んでリグルが言う。リグルは床にふわりと飛び降りた。壁際まで行き端から端まで歩く。壁を軽く叩きながら、

『弱ったねね、隙間間もないし、カイナの力じゃ力じゃこじじ開けられなささそうだ』

「たぶぶん、男男でも無理理ですよですよ」

 二人の話し声が突然エコーしはじめる。

『カイナイナイナ?』

 眩暈がした。立っていられない。ベッドにすがりつきながら床に座り込む。

 リグルが私に駆け寄る。

『どうしどうしたの?』

 遊理が眉をひそめ壁を見た。

「すみすみすみません、コンコンコンコントローローロールがきかきかかきかなくて、キオキオくくんの無意識意識が拡大拡大していますいます」

 視界が少しずつ暗くなる。目を開いているのに何も見えなくなった。

『カカイナイナイナナナ!』

 リグルの声が闇の中でこだまする。床がなくなった。落ちていく。つかまるもののない暗い暗い穴の底へ。

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