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失われないブルー  作者: からり
第一章
4/12

秘密は閉じこめられ

 私たちはアオの後について隣の部屋に移動した。

 薄暗い部屋だった。壁面に棚が備え付けられている。他には家具はない。

 遊理が腕をさする。

「冷えてますね」

「24時間、空調をきかせているんだ。35度を越えなければ影響はないんだけど、一応、念のためにね」

 棚の前まで来て、何が置かれているかを理解した時、私はアオが迷っていた理由を理解した。遊理は戸惑いながらアオを見て、圭の表情は厳しくひきしまった。

「キオの作品だよ」

 胸、お腹、膝上位の位置に合計で三段の棚があった。壁面の隅から隅までに渡り、様々なものが載せられている。

 鮮やかに紅葉したはっぱ、小枝、チューリップ、バラなどの植物から、アリ、バッタ、川魚、さっきの白いヤモリもいた。スズメや鳩、カラスなどの鳥類、野ネズミやリス、ウサギもいた。

 どれも生き生きとその瞬間をとどめ凝固していた。透明な膜で覆われて。

「アオくん、これ、どういうことですか?」

 遊理の声は上ずっていた。

「もうわかってるでしょ?こういうことのプロなんだから」

「プロテクトに属するアビリティだ」圭が言った。「対象を外界から遮断する」

「生きてるみたい」

 私がつぶやくと

「どうだろうね」とアオは首をかしげた。

「こうなる前には生きていた。でも、今も生きてるかは分からない」

 そう言いながらバラを手に取る。「でも命は不思議だよね。茎から分離されても植物はそれぞれ生きてたりする。魂がもしあるならどっちに宿るんだろうね」

「哲学的ですね」

 そう言った遊理にアオはバラを差し出す。

 遊理はおそるおそるバラの花を掌にのせる。

「そんなにビクビクしなくても平気だよ」

「自分も触れてもいいですか?」圭が聞いた。

「美術品じゃないし、好きに触ってくれていいよ」

 圭はバッタやリス、植物、色々なものを手にのせて近くで見たり遠ざけたりしながら観察しはじめた。

「膜の厚みや質感がすべて違う」

「その辺もキオはコントロールできたみたいだね」

「この膜って、とれないんですか?」遊理が聞いた。

「柔らかい膜は果物の皮をむくみたいにはがせるよ。固いのもナイフとかがあればとれる。アビリティ解除ができれば危険はないんだけど」

「危険?」

「キオがいなくなった後で、いくつか試してみたんだ。ほとんどは問題なく動きだしたけど、中には既に死んでいたり、膜が中々はがせなくて弱って死んでしまったのがいるんだ。自由にしてあげたかったんだけど、かわいそうなことをしちゃった」

 遊理はバラの花を棚にそっと戻した。

「それにしても、たくさんありますね」

 窓がある場所をのぞき、部屋の壁にはすべて棚が備えつけられ、上には無数の動かない動物や植物がいた。不気味と言えば不気味な眺めだった。

 私は白いヤモリをじっと見る。体は右側にひねられ尻尾は左側に丸まっている。生きている瞬間がそのまま封じ込められた姿だった。

「そのヤモリは特別なんだよ」

 アオが言った。

「キオが初めてぼくとヨリにアビリティを見せてくれたのが、そのヤモリだった。ぼくらはすごく驚いた。アビリティの解除後、何もなかったようにヤモリが再び動き出した時は奇跡を見た気がした」

 アオはヤモリに手を伸ばす。

「いつか逃がしてあげたかったけど。皆がいなくなって、このヤモリは思い出の一部になった。変わらない姿でずっと一緒にいてほしいと願ってしまう。エゴだよね」

 愛しげにヤモリの小さな頭を人差し指で撫でる。

「でも、まさかキオくんがアビリティ保有者だったなんて」

 遊理がつぶやいた。

「そう。すごいでしょ」

「なぜ通報しなかったんですか?」圭の声は厳しかった。「あなたも、あなたの両親も知っていたんでしょう?」

「ぼくは子供でアビリティが何かよくわかってなかったし、父とカノンがどうするつもりだったかは知らない」

「通報義務違反は罰せられる場合があります」

「罰金刑がほとんどでしょ。それに親族の場合は情状酌量される。誰だって家族が連れ去られて研究室に閉じ込められるのなんか望まないからね」

 アオが私を見た。「かわいそうに。こんなに若くて素晴らしいアビリティを持っているのに、地下牢みたいなところで一生のほとんどを過ごさなきゃいけないなんて」

「地下牢?充分すぎる住環境と設備が用意されていますよ」

「アオくんみたいな気前のいいスポンサーのおかげですよ?」

 遊理が冗談めかして言った。圭とアオの間の緊迫した空気をゆるめたいようだったが、あまり効果はなかった。

「じゃぁ、スポンサーとして気になることを聞くけど」

 アオは険しい表情で圭を見た。

「結局、3年半前の三鬼さんの事件ってなんだったの?美人大学生の事件とかで煽情的に報道されていたのに、三鬼さんがアビリティ保有者だってわかった途端、報道規制がかかって続報は一切出なくなった。事件だけじゃなくて、三鬼さんの存在さえなかったことみたいにされたよね」

「ご存じでしょうがアビリティ保有者であることが確定したら公的な個人情報は全て抹消されるし報道も制限されます。あなたのお気に入りの研究室サイトにも、情報漏洩についての厳しい注意事項が書いてあったでしょう」

「恐いことだよね。三鬼さんに限らず、アビリティ保有者は国益の二文字で世間から隠されて公開裁判は受けられず、人権がどう守られているかわからない。社会全体も、特殊すぎるマイノリティだから仕方ないって雰囲気がある」

 圭は薄く笑った。

「ただの研究室員の自分には答えようがありません。だがアビリティ保有者と接することが多くなると確信することがあります。彼らは公共の利益であると同時に脅威だということです。一般人にとっては危険きわまりない、一緒に生きることのできない存在です」

「キオは、家族みんなのことを大切に思っていた」

 そうつぶやいて、アオは悲し気にうつむく。

「一緒に生きることができないなんて、そんなひどいこと言わないでよ。家族なんだよ。アビリティ保有者だからって、通報なんてできるわけがない」

「そして裏切られる」

「え?」

「もうやめましょうよ」遊理が叫ぶように言った。「こんな言い合い不毛です。それより早く三鬼さんに仕事をしてもらいましょう」


 書斎は東棟の廊下の一番奥の部屋だった。

 入って右側が全面窓でレースのカーテン越しにも充分な採光があった。

 床には毛足の長いグレーの絨毯が敷かれ、左側の壁は本棚で埋められている。手前にアームチェアが二脚、写真通りに置かれていた。

 圭は本棚に興味を持ったようだった。

「立派な本棚だ」

「祖父の自慢のコレクションだよ」

 本棚は二重の造りで、手前の棚を横にスライドさせると後ろにもう一つ棚があった。入った瞬間に思ったより狭い部屋だと感じたのは、多分、この本棚の奥行きの深さのせいだろう。

「凝った装丁の本が多いですね」

 遊理が感心する。

「内容以外に付加価値のある本ばかりだから。初版本とか絶版本とか。作家の言葉やサイン入りとかね」

「電子化できない本ってことですね」

 どれも分厚くて古びている。外国語の本もたくさんあった。

「アオくんはこれ全部読んでるんですか?」

「まさか。何冊かは興味本位で目を通したけどね。これは雰囲気を楽しむためのインテリアみたいなものだよ」

「知的でお洒落なインテリアですね」

「多分、祖父もそう思って集めたんだろうね。正直、ぼくは全然興味なかったんだけど、何年か前にナインスゲートっていう古い映画を見てこの本棚が好きになった。知ってる?世界に三冊しかないアンティーク本の謎を追うミステリー」

「見たことないです。どんな映画ですか?」

「不気味で幻想的で、静かなのに激しい映画だよ」

「うーん、ぼく、映画は暗めのより、すかっとするのが好きなんですよね、ほら、去年公開された……」

「二詩原」圭が遊理のおしゃべりを遮った。「準備を進めろ」


 遊理が書斎に簡易ベッドを運び入れてくれた。私はイーゼルをたてる場所を決めてキャンバスを置く。

「すぐにはじめるから」私はキャンバスの表面を軽くなでながら言った。

「うまくいきそう?」アオに聞かれる。

「わからない、でも」

「でも?」

 私は部屋を見渡しながら「何かを感じる」と言った。

「まるで霊媒師みたいだね」

「霊媒師は詐欺がほとんどですが、三鬼さんのアビリティの的中率は過去100%ですよ」

「さすが。期待しているよ」

 あっさりした言い方だったが、アオの目は真剣だった。私はうなずいてみせる。うまいくかはわからない。

 でも家族を通報できないと言ったアオに私は好意を抱いていた。家族への深い愛情と優しさに心を打たれた。私のアビリティが少しでもアオの助けになればいい。


 皆が出ていき書斎に一人残される。

 リグルがキャンバスの裏側から顔をのぞかせた。

『今回の仕事、色々、面白いね』

「そうかな」

『どうしたの?なんか暗いね。あ、そっか。さっきの圭の台詞か。“一緒に生きることのできない存在”ってひどいよね』

「一緒に生きるなんて元々、期待していないよ」

 別に私がアビリティ保有者であってもなくても、圭と一緒に生きる相手は私ではなかった。

『気持ちを切り替えて集中、集中』

 リグルが小さな茶色の手でキャンバスの隅をたたいた。

『失敗したら圭が左遷されちゃうよー、あえなくなっちゃうよー』

 冗談めかした言い方だが、リグルは私を見抜いている。圭にあえなくなったら私は耐えられないだろう。アオのためだけじゃなく、自分のためにも失敗は許されない。

 写真と部屋を見比べる。写真の中と同じ景色が目の前にある。

 ふと奇妙な感覚に陥る。

 もしかしたら私たちも写真のように閉じられた世界で生きていて、別な存在に見られているのかもしれない。

 多重世界の一つ、小さな存在の私は写真の上に掌を置いて目を閉じる。

 世界の階層をすり抜けて真実に触れるために。

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