花壇
オレの妻は一年前から園芸にハマったらしい。
今の時期、庭を埋め尽くすのは百日草…… 様々な色合いを競うジニアという花だ。
長く咲き続けるという特性からの和名が百日草なのだ、と聞かされたものの、キレイだなと思う以上の感情は湧かない。
「あの子が好きだった花だから、たくさん咲かせたいの」
この花には「遠方の友を思う」という花言葉があるのだとか。
あの子というのは、結婚式で紹介された彼女の幼馴染みだ。
ピンクのドレスを着ていた色っぽいヒトだったけれど、最近見ないと思っていたら「遠くにいってしまったの」と聞かされた。
別に用もなくオレはなにも思わなかったが…… 彼女の心は揺れていた。
きっと悲しさ、さみしさを埋めるように、その頃から園芸を趣味として時間を費やしていたと思う。
広くもない一軒家の庭は、まるでカーニバルの衣装みたいに飾られて、赤、白、紫、オレンジ、彩りは目に痛いくらい。
特に花壇を満たして溢れるピンク色のジニアが彼女のお気に入りらしく、毎日その前に座って見ていた。
「キレイだね」
「でしょ。土が良いから花が元気」
やはり、純粋な彼女はさみしいのだろう。
だから会えない友だちをイメージする彩りを見つめていた。
「今日は病院で検査の日だよ」
「うん、はやく子供を生みたいわ」
「きっと良い方向へ進むさ」
どこへ行ったのか教えてくれないから、ひょっとしたらもう二度と会えないのかも知れない。
その思いを、園芸に注いで解消できるなら協力は惜しまないつもりだ。
「コレは強い花なのだけれど、病気にならないワケじゃないわ。だから毎日見ていたいの」
「手入れを怠りたくないのは解ったよ」
オレに対して注意喚起しているのかと思ったら、言外に「わたしがやるから触らないでね」という思いが解った。
ここ最近はジメジメとしてきたせいか庭の肥料などが少しにおうけれど、花々は夏の暑さを苦ともせず鮮やかに咲き誇る。
「長く咲き続けてくれるから、ずうっと楽しいの」
その笑顔に陰りがあるのを見逃すほど鈍くはないつもりだけれど。
四方八方へ伸びしげる花を手にした彼女の背中を、ゆっくり撫でた。
「あまり屈んだりはして欲しくないけど、楽しいのならいい」
その悲しそうな顔は、いつ変わるのだろう。
花壇の地面は、彼女が張ったマルチシートという地被材で病気と雑草を防いでいる。
土づくりから徹底しているのは細やかな彼女らしさだ。
早朝、朝食の用意のまえに水やりをするのも日課だそう。
覆われていない部分に見える土は黒々としていた。
「ええ、とっても楽しいわ。娘が生まれたらやり方を教え、一緒に花を育てたい」
その悲しそうな表情のまま彼女はピンクの花を一輪切り取ると、その瞬間だけ嬉しさをにじませた。
……やはり、さみしくて不安定なのかも知れない。
オレは肩を支えるように彩りの庭から彼女を引き戻し、幸福な日常へ歩むのだった。
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