Episode.74
そうやって何か大事なものをなくし、心が少しずつ壊れていった。
しかし、ファーストは俺と違って他人を気づかう優しさを見せてくれている。そこに打算的な何かは見出せない。
『そんなに落ち込まないで。』
俺の表情がわかるのだろうか。
脳だけの状態で視覚があるとは思えない。
念視の類なのだろうか。
視界を閉ざされた俺には、周囲にいる存在をぼやっと知覚する程度のことしかできなかった。
『これは能力じゃないわ。ずっと何も見えないの。念視では存在はわかっても、表情を読むことはできない。だから空気とか雰囲気を感じるとでも言うのかな。もしかすると、人の心が何となく見えるのかもしれないけれど⋯』
人としての五感が閉ざされているのだ。
もしかするとファーストは、その分だけ第六感が優れているのかもしれない。
第六感とは視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚以外の感知能力をいう。霊感や超感覚的知覚とも呼ばれ、分類としては超能力という説もあった。
「ありがとう。思えばファーストにはずっと支えてもらっていたな。」
『そんなことはないよ。私の方こそ、あなたとの掛け合いは楽しいもの。勝手に友だちと思ってるし。』
「俺も大事な友だちだと思ってる。」
『本当?』
「ああ。」
目には見えないが不思議と可憐な少女の笑顔が思い浮かんだ。
『それじゃあ、治療の後にお願いを聞いてくれないかな。無理なら断ってくれてもいいから。』
「⋯わかった。」
ここで打算的なお願いをしてくれると気が楽だと思っている俺は、最低な奴かもしれない。
「ありがとう。」
眼も手も元に戻った。
傷や病気については、発病や受傷する前の状態に戻すという神業のような能力だ。いや、それよりも時間を操れるという能力は、それ以上に凄まじい影響力を持つ。
だからこそ今の状態で生命維持がなされ、惨い状態で生かされているということだ。
時間を操れるということは、予知能力以上に世界に大きな影響を与える。
『私の本名は山野・イリーシャ・アリス。だから以前はイーリスと呼ばれていたわ。言っとくけれど厨二病じゃないから。これでも北欧出身の母を持つハーフなの。小さい頃に友達から呼ばれていた愛称がイーリスだから。』
「そうか。」
『あと、ティーンエージャーよ。生きていたら⋯17歳のはず。』
生きていたら⋯か。
その気持ちはわからなくもない。
彼女にとって、今の姿は生きているとは言えないものなのかもしれない。
「それで、俺にお願いしたいことって?」
『ふたつあるのだけれど⋯』
「とりあえず聞かせてもらおうか。」
『あなたの本名を教えてくれない?』
「⋯路輝だ。佐藤路輝。」
『ロキ?』
「そうだ。」
苗字がありふれているからと両親が付けた名前だ。キラキラネームのようで好きじゃなかったが、エイトと呼ばれるよりもはるかに良い。
『そう、カッコイイわ。』
イーリスの言葉にからかうような語調はなかった。
「漢字で書いたら普通だけどな。」
『北欧神話の神の名前でしょう?』
「響きだけなら同じだな。それよりも、それが1つ目のお願いか?」
『うん。』
「もうひとつは?」
「それは⋯私を、殺して欲しいの。」




