Episode.67
間を置かずに急迫する相手にFN Five-seveNを向けて引き金を絞る。
相手は射線を読んで体を逸らし、そのまま俺の腕を跳ね上げてきた。
顔面への頭突きをくらう。
咄嗟にねじ込んだ腕が衝撃を緩和するが、痛みがないわけではない。
視界を阻まれたまま、たたらを踏む。
相手が俺の腕と胸ぐらを掴み、背負い投げの要領で投げようとしてきた。掴まれた腕の方にFN Five-seveNがあるため、引き金を絞って牽制しても意味がない。
俺は咄嗟に相手のベルトを痛みが続くもう片方の手で掴み、同時に両足を相手の足に絡めることで背負い投げを中断させた。
投げるのが無理だと判断した相手は後方に体重を預け、そのまま俺を下敷きに倒れこもうとする。
その瞬間にFN Five-seveNを奴の顔に近づけて引き金を絞った。
銃口は明後日の方を向いている。
しかし、小口径ながら発した乾いた銃声は、奴の鼓膜を十分に刺激して束の間の隙を生んだ。
もう片方の手をベルトから離し、指を相手の目に刺しこむ。
あまり体感したくない生々しい感触が指先に走るが、死ぬよりはマシだ。
咄嗟に相手は俺を振り払い、自ら前方へと離脱した。
俺は間合いをとり、動画を視て身につけた構えをとる。
「⋯ふざけているのか?」
俺の構えを見てそう思ったのか、相手はそう言い放った。
どうやら、この格闘技を奴は知らないらしい。
両手で頭を抱え込み、腰を落としてポージングするような独特の構え。
近年のハリウッド映画で使用されて話題となった格闘技である。ストリートファイトや対複数人を相手どるために生まれたKFM。
何事も初見ならば対応しにくい。
奴の反応を見て、これで攻めてやろうと思った。
俺は軍隊に長年従事してきたわけでも、プロの格闘家でもない。
ただ、相手が人間離れした殺戮兵器でもなければ、ハッタリとフィジカルで戦う術は持っていた。
様子伺いのジャブが放たれた。
体をわずかに逸らすことでかわす。
間合いを詰めてくる相手に、こちらも同じように詰めていく。
風切り音を出す右ストレートを左腕ではじき、そのまま相手の顔に肘を打ちつける。
頬骨に直撃。
大したダメージではないだろう。
お次は左膝を突き上げてきた。
そこに右手に持ったFN Five-seveNの銃把を叩きつける。
苦痛に顔を歪めた相手の胸に銃口を向けた。
手で逸らされたが、それは囮だ。
左の肘を斜め上方に突き上げて顎を打つ。
仰け反ってふらつく相手の喉にFN Five-seveNを向けて発射した。
KFMの構えは独特だ。
頭を抱え込むのは、頭部をガードして視界を広くとるためである。さらに近接戦での肘は凶悪な武器となり、投げや絞め技を防ぐ手立てにもなった。KFMとはそういった格闘技なのだ。
俺のフィジカルが強いのは能力によって身体に負荷をかけることができ、その結果として体幹や筋力が鍛えられているからである。
自身の身体に物理的エネルギーを加えることで、ウェイトトレーニング以上の作用を促す。
幸いにも、その作用には検知に引っかかるような念動力は必要なかった。
俺は警戒を強めながら警備室での用を済ませ、10分後にはその場を後にする。
装備が充実したくらいで大した収穫はなかった。
ただ、濃い血の匂いに吐き気をもよおしそうになる。人の命を奪うなど、何度経験しても慣れないものだ。




